hanyu | 人としての器 https://h-utsuwa.com Fri, 21 Aug 2026 09:46:02 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=7.1 https://h-utsuwa.com/wp-content/uploads/2023/04/cropped-1341aeb807d163f4102d2eae8683057f-1-e1682147545213-32x32.png hanyu | 人としての器 https://h-utsuwa.com 32 32 日本人材ニュースの書評コーナーに取り上げていただきました https://h-utsuwa.com/news/jinzainews2608 Fri, 21 Aug 2026 09:46:02 +0000 https://h-utsuwa.com/?p=7562 日本人材ニュースにて『【著者が語る】組織の器 なぜ「正しい」取り組みをしても人と組織は変わらないのか?』というタイトルで書評コーナーに取り上げていただきました。

以下のリンクよりご覧いただけます。

【著者が語る】組織の器 なぜ「正しい」取り組みをしても人と組織は変わらないのか? – 日本人材ニュースONLINE
人としての器羽生 琢哉 代表取締役社長 【PROFILE】人事分野の専門誌「労政時報」の編集者を経て、慶應義塾
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圧倒的成果をあげるカリスマリーダーのダークサイド――成功体験が組織の器を閉ざす https://h-utsuwa.com/outline/pseudo-transformational-leadership-dark-side Mon, 17 Aug 2026 07:44:32 +0000 https://h-utsuwa.com/?p=7406 あるカリスマ経営者のお話です。

その会社は右肩上がりに成長を続け、近年上場を果たしました。

崇高な理念を掲げ、メンバーは凄まじい行動量で成果を出し、業績の伸びに比例して待遇も悪くありません。

離職率は業界水準を下回り、外からは再現性の高いマネジメント手法として高く評価されています。

その経営者は、「当社は社員の幸福と人格的な成長を大切にしている。それを通じて、少しでも多く社会に貢献することが使命である」と力強く語りました。

さらに、「付加価値を生んで、顧客に貢献して、雇用を増やして、株主に適切に配当する。たくさんの税金を納めている事業家こそが、最も社会に貢献している」と言い切りました。

それ自体は、素晴らしいことですし、たしかに、そういった側面もあると思います。

それでも、私にはうまく言葉にできない違和感が残りました。

圧倒的な成果は出ている――。

しかし、本当に社員は幸せなのだろうか?
本当に社員は人として成長しているのだろうか?
本当に未来の社会にとって必要な付加価値を生んでいるのだろうか?

けれど、成果が出ている以上、こうした問いは不毛なものとして切り捨てられます。

そんな問いは、成果を出していない者の戯言である――と。

では、こうしたマネジメント手法に頼り続けて、組織として本当に健全な状態なのか。

そのことを慎重に検討する必要があります。

そこで今回の記事では、圧倒的成果をあげるカリスマリーダーのダークサイドを掘り下げます。


なぜカリスマリーダーの成功法則が圧倒的な成果を生むのか

まず、カリスマリーダーのマネジメント手法が、なぜこれほど機能するのかを整理します。

理屈は単純で、カリスマリーダーのマネジメントは基本的に次の3ステップで進みます。

①実績の提示

はじめに、カリスマリーダーが自分の成し遂げてきた実績を誇り高く語ります。

ここは抽象論ではなく、例えば以下の内容に関して、具体的なデータで語ることが重要です。

  • 右肩上がりに成果を上げてきた
  • 右肩上がりに仲間を増やしてきた
  • 多様な事業をつくってきた
  • 絶体絶命のピンチを乗り越えてきた
  • 優れた実績を表彰された


②成功法則の提示

次に、なぜこれほど成功を収めることができたのか、その理由として大事にしてきた価値観を明示します。

例えば、以下のような観点が挙げられ、これが成功法則としての拠り所となります。

  • 高い志を掲げる
  • 約束は絶対に守る
  • 何よりもスピードが命
  • 絶対に目標達成を諦めない
  • お役に立つことが喜び
  • 仕事の報酬は仕事
  • 人生の勝者になる
  • ブレない信念を持つ
  • 素直な人間になる
  • なんでも断らずに引き受ける
  • 圧倒的な行動量をこなす
  • 批判者ではなく、実行者であれ


③成功法則を理念にして浸透させる

そして、上記の成功法則を毎日社員に唱和させ、それがどれほど実現できたかを週次で振り返らせ、リーダーにレポートさせる仕組みをつくります。

実際に成功した人には高い報酬で報いて、ドーパミンの分泌を刺激します。

成功しない人には、なぜ成功できないかを成功法則に照らして反省させ、改善させるように促します。


このようにして、圧倒的な成果を生む「ドーピング組織」ができあがります。

もし、楽をしよう、さぼろうとする社員がいれば、「高い志を掲げる」「約束は絶対に守る」「何よりもスピードが命」「絶対に目標達成を諦めない」をもとに問いただします。

もし、エンゲージメントが下がっている社員がいれば、「お役に立つことが喜び」「仕事の報酬は仕事」「人生の勝者になる」「ブレない信念を持つ」をもとに奮起させます。

反論したり異を唱えたりする異分子がいれば、「素直な人間になる」「なんでも断らずに引き受ける」「圧倒的な仕事量をこなす」「批判者ではなく、実行者であれ」をもとに異論を退けます。

これにより、成功法則を根拠にしながら社員のマインドをコントロールし、「思考を止めて全力で走り続ける社員」が育成され、組織として優れた成果を生み続けることが可能になるのです。


疑似変革型リーダーシップという補助線

この手法の問題点をより深く理解するために、リーダーシップ研究における疑似変革型リーダーシップ(pseudo-transformational leadership)という概念を用いて考えてみます。

本来の変革型リーダーシップは、道徳的ビジョンを掲げてメンバーを鼓舞し、メンバーの自律的な思考や成長を促すことで、組織をより良い方向へ導くマネジメントスタイルです。

しかし「疑似」変革型リーダーシップは、表面上は本物の変革型リーダーシップと非常によく似ていながら、まったく異なるメカニズムで動いています。

この概念を4つの要素として整理した Christie et al. (2011) は、疑似変革型リーダーが、変革型リーダーシップを構成する要素のすべてを、利己的な方向に反転させて使っていると説明します。

1. ビジョンを自己利益のために使う(理想化された影響力の歪み)

本物のリーダーが全体の利益を最優先するのに対し、疑似変革型リーダーは自己利益と支配欲に突き動かされています。

リーダーが語るビジョンは、実際はリーダー個人の目的(絶対的な権力の誇示や自分の取り分の確保など)を達成するという裏の目的を隠しながら美化されており、最終的にメンバーの個人的な利益(自分らしい幸福の享受)を犠牲にする結果を招く懸念があります。


2. 欺瞞によって動機づける(鼓舞的動機づけの悪用)

本物のリーダーも偽物のリーダーも、未来の目標に向けて部下を熱狂させる力が高い点では共通しています。

しかし、疑似変革型リーダーのカリスマ性には「欺瞞」が伴います。

道徳的なビジョンを伴った成功法則は、実際は部下を啓発・成長させるためではなく、部下の認識を巧みに操作し、自分の代わりとなるように思い通りに動かすためのツールとして使われています。


3. 自律的な思考を抑圧する(知的刺激の反転)

本物のリーダーはメンバーに「自ら考えること」を求めます。

一方、疑似変革型リーダーにとって、メンバーが独自の思考を持ち、自分のビジョンに異を唱えることは邪魔でしかないと考えます。

そのため「素直であれ」「批判者になるな」といった成功法則を盾に、反対意見を封じ込めます。

この点は特に重要なポイントで、単なる放任型リーダーであれば、部下が自分で考えようが考えまいが関心を持ちませんが、疑似変革型リーダーは、部下が自分で考えはじめたり、自分のやり方に疑問を持ったりすると困るため、それを積極的に潰しにかかるという特徴があります。


4. メンバーを道具として搾取する(個別的配慮の反転)

本物のリーダーは一人ひとりの自分らしさに沿った成長の形に配慮しますが、疑似変革型リーダーはメンバーを「目的を達成するための道具」として利用できる範囲においてのみ、その成長を高く評価します。

さらに、メンバーの目標未達やモチベーションの低下は、すべて「成功法則からの逸脱」という自己責任にすり替えられ、徹底的に矯正すべき対象となります。


こうしたマネジメントの結果として、メンバーはリーダーに対して強い「恐怖」「服従」を抱くようになります。

次第にリーダーの意思決定に疑問を持たなくなり、異議を唱えた場合の否定的な反応を恐れて、盲目的に従うようになります。

「あのカリスマリーダーの言うことに従えば、私も人間的に成長し、成功できて、社会における立派な人間になれる…!」といった結果を招きます。

冒頭で書いた「本当に社員は幸せなのか、成長しているのか」という違和感の正体は、ここにあります。

メンバーは「自分が成長している」と感じていても、実際にはリーダーが求める成長の形に「依存」し、ルールから外れることへの「恐怖」に駆り立てられているだけ、という状況に陥っているかもしれません。


ただし、注意が必要なのは、上記の疑似変革型リーダーシップの理論では、リーダーが利己的に自己利益を優先していることを前提に置いています。

けれども現実には、リーダー本人が、まっすぐに「社員の幸せ」や「社会への貢献」を願っていて、必ずしも自己利益を優先しているとは言えないものの、その信念が強すぎて問題を生じさせているケースも多々あります。

ただ、そのようなケースであっても、なお、上記と似た構造(メンバーのリーダーに対する恐怖と服従)が生まれることがあります。

いや、むしろ厄介なのは、そうしたケースのほうかもしれません。

悪意は簡単に疑えますが、善意は疑いにくいからです。

「あなたの成長や幸福のため」「社会への貢献や利他のため」という純粋な大義名分は、それが善意であるほど、反論しようとするメンバーに強い罪悪感を抱かせて、「反論するほうがおかしいのではないか」という自責へと追い込みます。

同時に、リーダー自身からも「自分が間違っているかもしれない」という自省の機会を無意識に奪ってしまいがちです。

善意によって確立された成功法則は、いったん組織の理念として掲げられると、異論を選別する機能を持ち始めるようになります。

仮にリーダーが心の底から社員の幸福を願っていたとしても、「素直な人間であれ」「批判者ではなく、実行者であれ」という言葉は、それを受け取る部下にとっては、等しく反論を封じる圧力として作用していきます。

つまり異論をふるいにかけているのは、リーダーの善意でも悪意でもなく、成功法則というルールの構造そのものなのです。

だからこそ、リーダー個人がどれほど善意で行っていたとしても、このマネジメントスタイルに頼った構造は、本人の意図を離れて自動的に負の側面が動き続けてしまうことになります。


カリスマ神話の崩壊:「魔法」が解けた人から、去っていく

では、この「ドーピング組織」は、いつまで機能し続けるのでしょうか。

事実、短期的には、リーダーの目が届く範囲において、きわめて有効に機能することのほうが多いと言えます。

しかし、その効き目は、ある条件を境に消えることになります。

Lin et al. (2017) の研究によれば、本物の変革型リーダーも疑似変革型リーダーも、似たような行動をとることから客観的に見分けることは難しいものの、部下側がそこに「操作的意図(manipulative intention)」――結局はリーダーの独善的なエゴではないか、という匂い――を嗅ぎ取ったときに、カリスマリーダーの神話が崩壊すると指摘します。

どれほど「社会貢献」や「社員の幸せ」という大義名分で綺麗に包み込んでも、日常のふとした意思決定や、業績が悪化したときの振る舞いのなかに、その独善的な匂いが漏れ出ることがあります。

そう感じられた瞬間、メンバーのなかで魔法が解けていきます。

上記の研究では、操作的意図を強く感じている部下ほど、リーダーの働きかけが組織への一体感につながらなくなり、「この会社のために自発的に頑張ろう」という、求められた以上の貢献も引き出されなくなることが示されました。

さらに、部下はリーダーの利己的な姿勢そのものを学習する、とも指摘されています。

崇高な理念はいつしか建前になり、社内には「いかにカリスマリーダーに従順なふりをして、自分の身を守るか」という空気が広がっていく懸念があります。

そうした空気が蔓延すれば、「このやり方は、どこかおかしいのではないか」と声を上げることは構造的に困難となります。

短期の指標では成果が出ている以上、そうした異を唱える主張は、個人の人格の問題(成功法則を体現していない問題児)として処理されます。

「あいつは否定的だ」「覚悟が足りない」「評論家だ」など、成功法則に背く発言として、片づけられてしまうのです。

このようにして、徐々に、異なる意見や問いを立てること自体にリスクやコストが発生するようになります。

そして、リスクを取って、そのコストを払えるような、健全な思考・判断ができる人から順に、組織を離れていくことになります。

結果として、残るのは、この手法と相性のよい共依存的な人たちだけです。

彼らにとって組織は本当に居心地がよく、自らの価値観と重なっている限り、異論など生まれるはずがありません。

つまり、離職率の低さは、それだけでは健全さの証明になりません。

異議を唱える人が先に抜けたあとの、同質的な価値観が凝縮された結果かもしれないからです。


異論が届かなければ、徐々に組織の器は凝り固まっていく

成果が何よりも優先されるというフェーズがあることは、事実です。

そもそもカリスマリーダーは、当初は、必要に迫られてこの手法を採ったのかもしれません。

問題は、この依存的に成果を生み出すマネジメント手法からの降り方です。

この手法は、成果が出なくなるまで、やめる理由が生じません。

そして環境変化に伴い、成果が上がらなくなったとき、誰の目にも明らかに失敗だったと気づく頃には、たいてい手遅れになってしまいます。

なぜ「手遅れ」になるのでしょうか。

それは業績という結果に表れた時点で、立て直しに必要な組織の基礎体力がすでに喪失しているからです。

危機を救うはずの「自律的に考え異論を唱える人材」はすでに組織を去り、長年の同調圧力によって残されたメンバーで自律的な思考や率直な対話を行う筋肉は退化しています。

さらに、成功法則が道徳として深く刷り込まれているため、過去の成功体験を手放す「アンラーン(学習棄却)」ができず、焦ったリーダーが「まだまだ理念の浸透が足りない」とさらにアクセルを踏み間違え続けることで、組織崩壊への進行は免れなくなります。

だとすれば、この手法への依存を抜け出すためには、たえず外からの異論に耳を傾けるしかありません。

すなわち、「このやり方は、もう必要ないのではないか」「異論を封じ込めて、社員を思考停止させるのは、よくないのではないか」というフィードバックへの開放性です。

ところが、それはまさに前提そのものを問い直すような発言にほかなりません。

そして、この手法の拠り所となる成功法則では、その種のフィードバックを綺麗に濾過するようにできています。

この手法から抜け出すための唯一の理由となる異論が、構造上、リーダーのもとには届かないのです。

しかも、受け取る側のリーダーからすれば、異論がないことと、異論が言えない雰囲気ができていることの区別がつきません。

反対意見の出ない会議は、合意の取れた会議と見分けがつきません。

組織の頂点にいるリーダーほど、届く情報は、リーダーに届く前にすべて都合よく濾過されています。

だからこそ、トップに立つリーダーこそが、日々「器」を磨いていくことが重要になります。

自分の判断がどこまで適切なのか、視野狭窄に陥っていないか――自らの器の限界は、他者との摩擦によってしか気づくことができません。

とりわけ、自分とは異なる前提に立つ他者からのフィードバックが、自らの器の輪郭を教えてくれます。

強烈な成功法則が異論を綺麗に濾過してしまえば、器の限界をたしかめる術(すべ)も失われます。

かつては見えていた自分の限界が、成功を重ねるたびに、少しずつ見えなくなっていく。

そして最終的に、自らの成功体験から降りるという判断が、取り返しのつかないタイミングがくるまで、できなくなってしまうのです。


おわりに

正しいこと(大義名分)を武器にして人を動かす手法は、事業を急拡大させるフェーズでは特効薬になります。

問題は、それが効きすぎてしまうくらいに効いてしまい、気づかぬうちに依存的にのめり込んでしまうことです。

効くからやめられず、やめないから、やめどきを教えてくれる異論の声もかき消されていきます。

リーダーの器を閉ざすのは、失敗ではなく、むしろ成功のときかもしれません。

失敗は、自分の限界を教えてくれますが、成功は、自分に課題などないかのように、盲目的に心地よくしてくれます。

そしてリーダーの器が閉じたとき、組織の器も、そこで止まります。

こうした組織では、成功法則をなぞる都合のいい兵隊/経営者のコピーは育っても、リーダーの思考の枠を超えて新しい価値や異論を生み出せる人材は育ちません。

次第に、異なる考えを持ったユニークなメンバーが次々と去り、大きな環境の変化に耐えきれず、新しい時代の流れに取り残されることになります。

だからこそ、リーダーは異論が届く経路を常に用意しておくことが必要です。

問題が起きてからでは、手遅れで、リスクマネジメントとして、組織の健全性や持続可能性を高めるためにも、リーダーには常に器を磨き続ける姿勢が必要です。

大がかりな制度でなくてもかまいません。

利害関係のない相手からの率直なフィードバック。
会社を辞めていこうとしている人からの正直な言葉。
まったく違う前提に立つ社外の人との本音の対話。

冒頭の経営者に本当に必要なのは、「社員の幸福を大切にしている」「税金を納めて誰よりも社会に貢献している」と言い切ることではなく、「私の言葉を、社員は反論できずにただ受け止めているだけではないか」「私のせいで異論が封じ込められてはいないか」と内省してみることかもしれません。

どれほど圧倒的な成果を上げていても、成果の量は器の大きさの証明にはなりません。

器の大きさを本当に証明するのは、成果を出してもなお、自分にとっての異分子を招き入れられるかどうかです。

だから、もしあなたが組織のリーダーなら、異論がないのは、本当の合意なのか、それとも言えないからなのか、を謙虚に問い直す必要があります。

もしあなたが組織のメンバーなら、リーダーに対して率直に異論を言うことができるかどうか、またリーダーに操作的意図が感じられないか、このリーダーの下でほかならぬ自分らしい幸福を追求できているか、を真剣に問い直す必要があります。

こうした問いを忘れずに抱えながら、目先の成果の裏で、いつの間にか失われている大切なものについて、今一度、立ち止まって考えてみる必要があるのではないでしょうか。


●参考文献

Christie, A., Barling, J., & Turner, N. (2011). Pseudo-transformational leadership: Model specification and outcomes. Journal of Applied Social Psychology, 41(12), 2943–2984.

Lin, C.-S., Huang, P.-C., Chen, S.-J., & Huang, L.-C. (2017). Pseudo-transformational leadership is in the eyes of the subordinates. Journal of Business Ethics, 141(1), 179–190.

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【YouTubeアーカイブ】『”人の器”は、科学だった。──経営学が解き明かす、これからのリーダーの育て方』(やさしいビジネスラボ主催) https://h-utsuwa.com/event/7-24_yasabi_live Mon, 03 Aug 2026 13:09:42 +0000 https://h-utsuwa.com/?p=7245 「スキルは十分なはずなのに、なぜかリーダーとして一歩足りない」
——頭ではわかっていても、その”何か”を言葉にできずにいませんか。

その正体は、リーダーの「器」かもしれません。
しかも近年、”器の大きさ”は感覚の話ではなく、研究に裏づけられた理論として語れるようになってきています。

今回のライブでは、やさビ学長・中川功一が聞き手となり、「人としての器」を研究する羽生琢哉氏・高橋香氏をお迎えしました。
前半は「人の器を科学する」とはどういうことか、後半は「では、器はどう磨くのか」を、実際のワークを交えて体験形式でお届けします。

管理職の育成に関わる人事・経営の方、そしてこれからのリーダー像を考えたい方へ。
当日ご覧になれなかった方は、アーカイブでぜひご覧ください。

2026年7月24日(金)20:10〜(約60分)/YouTubeライブ
 中川功一(やさしいビジネスラボ)× 羽生琢哉・高橋香(人としての器)

▼アーカイブ動画はこちらから

▼当日の資料ダウンロードはこちらから

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法人向け「マネジメント実践プログラム 〜技を学び、器を磨く〜」を開発しました https://h-utsuwa.com/service/yasabi_program Sat, 18 Jul 2026 10:11:46 +0000 https://h-utsuwa.com/?p=7023 このたび、株式会社やさしいビジネスラボ(代表:中川功一)と共同し、企業の管理職を対象に、マネジメントの理論・スキル(技)と、リーダーとしての人間的な器(心)を、現場での実践(体)とともに半年かけて育てる「マネジメント実践プログラム 〜技を学び、器を磨く〜」を開発しました。

なぜ、このプログラムをつくったか

管理職は、「成果を出す」と「人を育てる」の間で板挟みになりがちです。

スキルや知識を学んでも現場の悩みは消えず、「何をするか」の前に「どうあるか」が問われる場面が増えています。

一方で、これまでの管理職研修は理論やスキルの習得に偏りがちで、「人としてのあり方・器」を正面から扱うものはほとんどありませんでした。

このプログラムは、経営学と「人としての器」の研究知見を掛け合わせ、その空白に応えます。

プログラムの特徴
  • 経営学 ×「器」の科学 … 経営学者・中川功一のマネジメント理論と、「人としての器」の研究に基づく器理論・診断・対話手法を組み合わせた、両社でしか実現できない設計です。
  • 心・技・体は不可分 … 「心(器)」「技(マネジメント)」「体(現場実践)」を切り離さず、各回で「理論を学ぶ→職場で試す」までをセットに、半年をかけて一体で高めます。
  • 成長を可視化 … 器診断で自分の現在地を把握し、最終発表会で半年の変化を言葉にします。全8回・約半年・個社型(1社の複数部署から参加)で実施します。

開講は2026年10月を予定しています。詳細はプレスリリースをご覧ください。
お問い合わせはこちらから。

▶ プレスリリース全文:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000027.000107365.html

▶ やさビのサービス紹介ページ:https://yasabi.co.jp/20260713_corporate_training_practical_management/

経営学 ×「人の器」の科学で、管理職の”技”と”器”を半年で育てる 法人向け共同プログラム「マネジメント実践プログラム 〜技を学び、器を磨く〜」を2026年10月に開講
株式会社やさしいビジネスラボのプレスリリース(2026年7月13日 13時00分)経営学 ×「人の器」の科学で、管理職の”技”と”器”を半年で育てる 法人向け共同プログラム「マネジメント実践プログラム 〜技を学び、器を磨く〜」を2026年1…
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心理学ワールド第114号にてコラムを掲載いただきました https://h-utsuwa.com/news/psych_world_column Sat, 18 Jul 2026 08:50:43 +0000 https://h-utsuwa.com/?p=7021 日本心理学会が刊行している心理学ワールド第114号に『古くて新しい概念「人としての器」の探究』というタイトルでコラムを掲載いただきました。

以下のリンクよりご覧いただけます。

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WEB労政時報にて『組織の器』の書評を掲載いただきました https://h-utsuwa.com/news/rousei-review Sat, 18 Jul 2026 08:43:27 +0000 https://h-utsuwa.com/?p=7019 WEB労政時報にて『組織の器 なぜ「正しい」取り組みをしても人と組織は変わらないのか』のBOOK REVIEW(書評)を掲載いただきました。

以下のリンクよりご覧いただけます。

『組織の器 なぜ「正しい」取り組みをしても人と組織は変わらないのか?』|WEB労政時報
人事パーソンへオススメの新刊をご紹介。毎月第2・第4金曜日に更新いたします。

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日本の人事部主催「HRカンファレンス2026夏」の8月27日に登壇します https://h-utsuwa.com/event/hr-conference-202608 Thu, 09 Jul 2026 08:52:14 +0000 https://h-utsuwa.com/?p=6885 「人が育たない、でもすぐに成果を出さなければならない」

——こうしたジレンマを抱える人事担当者は少なくありません。

成果を急ぐほど育成は即効性のあるスキル習得に偏り、リーダーが自らの「器」を育てる余白が失われ、人が育たないまま短期成果に頼り続ける悪循環に陥りがちです。

本講演では、対話を通じてリーダー個人が「器」を磨くアプローチと、人材戦略・データ分析・評価制度の設計など「組織の器」を広げる仕組みづくりの両面を解説します。

後半のディスカッションでは、自社の課題を持ち寄り、他社の知見を交えながら具体策を共に探っていきます。

リーダー育成の課題に向き合うヒントを、ぜひ持ち帰っていただければ幸いです。

  • 講演タイトル:
    成果偏重と疲弊の悪循環を断つ『組織の器』の広げ方――リーダーの「器」を磨き、人が育つ組織をつくるには
  • 日時:2026/08/27(木) 12:50-14:10
  • 場所:ベルサール東京日本橋 4F(〒103-6005 東京都中央区日本橋2丁目7-1)

お申込みはこちら:https://jinjibu.jp/hr-conference/202608/program.php#E-5

プログラム一覧|日本の人事部「HRカンファレンス2026-夏- in 東京」
8/26(水)・27(木)、ベルサール東京日本橋で開催。講演リストはこちらをご覧ください。


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森保監督の「器の大きさ」――人が育つチームづくりの秘訣 https://h-utsuwa.com/outline/poichi Tue, 30 Jun 2026 02:22:48 +0000 https://h-utsuwa.com/?p=6787 2026年のワールドカップ。惜しくも決勝トーナメント1回戦で日本代表は敗れましたが、その戦いぶりを見ながら、森保一監督の「器」について考えてみました。

森保監督については、これまでさまざまな評価がなされ、監督就任当初から「選手任せで戦術がないのではないか」「リーダーシップがなく、前に出ていないのではないか」「もっと細かく指示すべきではないか」といった声も少なくありませんでした。

しかし、選手たちの声を聴くと、かつてないほど、チームワークがいいと口々に語ります。

もちろん、強くなった要因として、個人のレベルが上がった点もありますが、明らかにチームの雰囲気がいいのが特徴です。

今回、その秘訣を探ろうと、森保監督に関する3冊の書籍(『日本のために!』『逆転監督 森保一』『プロサッカー監督の仕事』)を読み込み、森保監督の考えやチームづくりに関する記述を分析することにしました。

なお、このうち『プロサッカー監督の仕事』は、まだサンフレッチェ広島を率いていた頃の自著で、日本代表監督になる前の記述ですが、当時の考え方は立場の変わった今もほとんど揺らいでいないように思えました。

分析を通じて、森保監督の「器」の核にあるものとして見えてきたのは、批判の的になりがちな「指示を出さない」「リーダーシップがない」「前に出ない」「選手に任せる」という姿が、むしろ器の大きさの表れなのではないか、という見方です。

以下では、チームづくりの基本機能である「①信念」「②採用」「③組織づくり」「④人材育成」「⑤日常の関わり」に沿って、森保監督の「器」のポイントをひも解いていきます。


① 信念:「自分」を後ろに置くリーダー

まず土台となるのが、森保監督自身が何を大切にしているかという「信念」です。

森保監督の意識は、「自分」よりも「チーム全体」へと、一貫して向けられています。

たとえば、リーダーとしての「自己」について、次のように語っています。

「大きな目標があって組織がどう向かっていくかを考えれば、自然にリーダー自身の『自己』はどこかへ飛んで行くのかなと。最終的にリーダーの『自己』はなくなると思います」(『逆転監督』p114)。

また別の場面では、こうも語っています。

「私は日本代表の勝利と日本サッカーの発展のために監督をやっていて、それがひいては日本のためになると思ってやっています。その原理原則を持っていれば、自分のプライドはどうでもいい」(『逆転監督』p98)。

「リーダーの自己はなくなる」「自分のプライドはどうでもいい」といった言葉から、森保監督の価値観の根幹には、自分を中心に置かず、より大きなもののために動かされているように見受けられます。

なぜ、このような形で「自己」を前面に出さずに、自然と背景に置けるのでしょうか。

その手がかりは、若い頃の経験にあるのではないかと考えられます。

森保監督は、選手としては決して「天才」と呼ばれる存在ではありませんでした。

高校卒業後、マツダ(現サンフレッチェ広島)に入団したのは、長崎日大高校時代の監督とマツダの今西和男総監督に繋がりがあったことがきっかけで、新人5人枠のうちの特例の6人目の選手、すなわち「ビリ」だったという回想が語られています。

それゆえに、こだわるべき自己流もなく、当時のオランダ人指導者だったオフト氏の言うことを素直に受け入れ、すべて吸収しようとしたという原体験がありました(『逆転監督』p46)。

プライドが邪魔をして助言を受け入れられない選手が少なくないなかで、当時の森保氏にはそれがなく、当時の関係者は、彼を「吸収の天才」と評していたと言います(『逆転監督』p47)。

自分を「空」にして、素直に人から学ぶ姿勢。

この習慣づけが、「自己」を後ろに置ける現在の姿につながっているのではないかと考えられます。


② 採用:「チームのために」を基準に選ぶ

『逆転監督』の中では、中学時代の森保氏は、仲間を大事にしていて、常に周りに人が集まっていたというエピソードが語られています(『逆転監督』p20)。

中学2年生だった森保氏の仲間のひとりが、3年生のグループに暴力を振るわれたとき、森保氏は燃え上がり、仲間を集めて殴り込みを決意するほど、仲間想いで正義感が強かったとのことです。

そして、「仲間のために動けるかどうか」という自身が大切にしてきた価値観を、選手を迎えるときの採用基準にも置いているように考えられます。

クラブ監督時代の森保監督が求めていたのは、「チームの一員として献身的にプレーできる人間性を持った選手」でした(『監督の仕事』p65)。

突出した個の力よりも、チームのために戦い、その輪に溶け込める人。

いわゆる「チームのために(for the team)」という姿勢を重視しています。

代表監督としても「チーム一丸」を大切なスローガンに掲げ、一人ひとりが個を出しながらも、利他の姿勢を持つことこそがチームを強くするのだと語っています(『日本のために!』p26, p63)。

しっかりした個がありながら、驕らず他者の違いを尊重できる。そのうえで「和」を大事にするといった考えが、採用基準にも反映されているのです。


③ 組織づくり:相反するものをあわせて抱える

森保監督の組織づくりに関する記述を読んでいて興味深く感じたのは、相反することを、どちらか一方に振り切らずに成り立たせている点でした。

ひとつ目は、「任せること」と「責任を負うこと」の関係です。

森保監督は、クラブ時代から、練習メニューを専門家であるコーチに信頼して任せて、できるだけ口を挟まない、というスタイルを貫いてきました(『監督の仕事』p39)。

この権限委譲の姿勢は代表監督でも変わらず、練習は基本的にコーチ陣に委ね、自分は一歩引いた場所から全体を見る、スタンスを取っているとのことです(『逆転監督』p131, p138)。

一方で、コーチには「最後の責任は僕がとるので、自由にやってください」(『監督の仕事』p40)と言い、選手がコーチのやり方に反発したときには、選手に「コーチの考えはオレの考えと同じだから」と伝えているようです。

コーチの言葉の責任を、すべて自分が引き受ける。

そうすることで、コーチが自信をもって思い切り仕事をできる体制を整えているのです。

目指すべき大きな方針だけは示し、具体的な進め方に関する権限は手放すけれども、最終的な責任は手放さない。これが、いわゆる「丸投げ」とは異なる任せ方として実践されています。

ふたつ目は、「自由」と「規律」の関係です。

森保監督が目指すのは選手が過度に萎縮しないチームであり、細い道を神経質に歩かせるのではなく、一定の許容範囲があって、自由にリラックスして動けるチームでありたい、と語っています(『日本のために!』p37)。

しかし、一方で、挨拶、時間を守ること、礼儀、SNSでの振る舞いなど、厳しくルールや規律を求めることもあります。

特に『チームを批判する人間』と『チームの輪を乱す人間』は厳として許さず(『監督の仕事』p57)、「内輪の問題は内輪で解決しよう」といった規律については、はっきりと線を引いています(『日本のために!』p60)。

自由にさせながらも、譲れない一線は守る。緩めるところと締めるところ、任せる部分と引き受ける部分を、どちらか一方に寄せるのではなく、バランスを見ながら、両方の矛盾をあわせて抱えようとしているのです。

みっつ目は、「グループありき」と「個性ありき」の関係です。

森保監督は「チーム一丸」というコンセプトを大切にしつつも、「最初からグループありきでチームづくりをしない。個性があって、その個性が融合してひとつのチームになる」と語っています(『逆転監督』p106)。

この「個性の融合」こそが、日本らしいサッカーの良さでもあり、型にはめてまとめるのではなく、余白を残しておき、そのなかで個性が混ざり合っていくことを大事にする点が、森保監督が理想とする組織観であると推察されます。


④ 人材育成:成長に向けた「問い」を渡す

森保監督の育成スタイルを一言で表すなら、「答えを教えず、自分で考えて判断させる」という点にあります。

選手にもスタッフにも「どうしたらいいと思う?」「どうだった?」と質問をし、仮に投げかけられた側に多少のストレスがかかったとしても、自分で考えてやった分は必ず身になる、という考え方を大切にしています(『逆転監督』p114)。

答えを与えれば、その場は早く解決します。しかしそれでは、選手が自分の頭で考えて判断する力を養うことには結び付きません。

特に試合中は、監督の指示を待っていたら判断が遅れてしまうため、自分自身で考えて状況に対応する必要が生じます。

だからこそ、答えではなく「問い」を渡して、考えてもらうことを重視しているのです。

この姿勢は、モチベーションの捉え方にも通じており、森保監督は、怒鳴ったりプレッシャーをかけたりして選手を奮い立たせることはほとんどしないそうです。

それは「モチベーションは自分で上げるものだ」と考えているからです(『監督の仕事』p79)。

檄を飛ばすような強い声がけがなくても選手自身が自分でやる気を高められる、そうした自己動機付けのできる「自律した集団」を、日々のトレーニングからつくろうとしているのです。

また、育成における森保監督の考え方がよく表れているのが、「失敗の扱い方」です。

森保監督は、挑戦には失敗がつきものだと述べています。

挑戦してうまくいけば最高だが、必ずしも成功をノルマにはしない。それどころか、成長のために「あえて失敗してもらう」というケースさえあると語っています(『逆転監督』p114)。

若手を起用してミスが出ても、それが成長の糧になるのなら構わない。もちろん、試合後に「お前のせいで流れが悪くなった」と厳しく指摘することもあるそうですが、そこには必ず「それはお前を使ったオレの責任でもある」という一言が添えられます(『監督の仕事』p122)。

たとえ失敗をしても、相手だけを責めるためではなく、自分にも非があるということを引き取ったうえで、その後の成長につなげるためのきっかけにつなげているのです。

成長につなげるうえでは、「怒る」と「指摘」の区別も大切になります。怒るというのは、伝える側の視点から感情やストレスを相手にぶつけてしまうことで、一方、指摘とはその人の成長のために良し悪しを伝えることです(『逆転監督』p119)。

感情をコントロールし、相手のために言葉を選ぶ姿勢は、逆境に立たされても取り乱さず、「前向きに倒れれば成長につながる」とどっしり構える点や(『逆転監督』p87)、連敗が続いても性急な判断に走らず、それまで「いい」と言ってきたことを急に「ダメ」とは言い出さない点(『監督の仕事』p16)にも表れています。

どちらも、その場の感情に支配されず、選手の成長に資するという一貫した軸から判断された関わりと言えます。


⑤ 日常の関わり:一人ひとりを観て、関わりを変える

日常における「個との関わり方」に関して、森保監督は選手を「観る」ことを重んじていると言います。

観てあげなければ、選手に何も言ってあげられない。だから、まずは何よりも個々人のプレーを観ることが大事だと語っています(『監督の仕事』p20)。

その際、自分ひとりの目だけでなく、コーチたちの目線を使って、レギュラー組・控え組という枠を設けずに、できるだけ多くのメンバーを観ようと心がけていします(『監督の仕事』p28)。

期間の限られた代表戦においても、個々の選手との対話に意識して時間をかけ、「関心を持って見ているよ」ということが伝わるよう、できるだけ一人ひとりに声をかける、と述べています(『日本のために!』p50)。

そして、観たうえで、一人ひとりの状況に合わせて関わり方を変えていきます。

たとえば、責任感が強すぎて力んでいた選手には「もう少し自然体で」と声をかけ、孤独を抱えていそうな選手には、早朝のジョギングにそっと付き合うといった感じです(『監督の仕事』p16, p18)。

「選手が置かれた状況やパーソナリティによって変わってくる。だから、誰ひとりとして同じ対応はありません」と語っています(『監督の仕事』p18)。

また、代表選手たちが海外のクラブへ戻るときには、たとえ深夜や早朝であっても、可能な限り見送りに行くといいます。

その理由は、日本のために戦ってくれた選手たちへの「感謝と敬意」を示したいからとのことです(『逆転監督』p112)。

ここまでの記述を踏まえれば、「指示を出さない」「選手に任せる」という一見すると、リーダーシップが弱いように見える森保監督のスタイルにも、明確な理由があることを理解できるのではないでしょうか。

トップである森保監督は、試合の流れやチーム全体を俯瞰して見ようとしており、だからこそ、その場で慌てて口を出すのではなく、冷静に気づきをノートに書きとめ、必要なところに後で伝えるようにしているのです。

指示が少ないのは、問題が見えていないからではありません。

むしろ、全体が見えているからこそ、余裕を持って問題に対処しようとしているのであり、最前線の選手たちの主体性を信頼し、選手が自分で判断する余地を残しているからこそ、あえて指示を出す必要がないと言えるのです。


まとめ:森保監督の「器の大きさ」とは何か

森保監督は、信念として「チーム一丸」を重視して「自己」を後ろに置き、採用では「チームに献身できる人」を選び、組織では「任せながらも、最終責任は自分で引き受け」、育成では「成長に向けた問いを渡し」、日常では「まず観て、一人ひとりの状況に寄り添う」ことを大切にしています。

そのいずれもが、「リーダーである自分が中心になって、チームを引っ張る」という強いリーダー像とは、反対の方向を向いています。

だからこそ、「指示が少ない」「前に出ない」と見えてしまうのかもしれませんが、それは器が小さいのではなく、むしろ器の大きさの表れではないか、とも感じられます。

選手ら一人ひとりが自分の頭で考え、自分の力で動けるように、あえて余白を残す。

リーダーである自分のエゴを引っ込めて、主役である選手たちが育つ場所を空けておく。

相反するものを切り捨てず、両方の矛盾を抱える。

その場で沸き起こる感情に流されず、相手のために言葉を選ぶ。

こうした「受け入れる力」や「待つ力」こそが、人を育てるリーダーの器の大きさなのだと思います。

そして同時に、森保監督の視座は、目の前の戦いの勝敗を超えた先にまで広がっています。

サッカーを通じて、関わっているすべての人への感謝の気持ちを深め、日本人らしさへの誇りを育み、日本に、ひいては世界平和に貢献したい、という想いが語られています(『逆転監督』p136)。

自分のチームを超えて、その先の大きなものを見据えているからこそ、勝っても負けても、その戦いのプロセスは多くの人を勇気づけるのだと思います。

森保監督が積み上げてきたチームづくりの考え方は、サッカーや日本という枠にとどまらず、組織を率いる多くの人にとってヒントになるのではないでしょうか。


●参考文献

  • 森保一・山藤賢『日本のために!世界一に挑戦する日本人の「誇り」と「あり方」』(やまと出版)
  • 木崎伸也 『逆転監督 森保一』(文藝春秋)
  • 森保一『プロサッカー監督の仕事 非カリスマ型マネジメントの極意』(カンゼン)


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なぜ若者にメンタル不調が増えているのか――社会の要求水準の変化から考える https://h-utsuwa.com/outline/youth-mental-health-rising-standards Wed, 03 Jun 2026 04:17:18 +0000 https://h-utsuwa.com/?p=6681 「最近の若者はメンタルが弱い」「精神疾患が増えた」「発達障害も不登校も右肩上がりだ」――こうした主張を、よく耳にします。

2026年5月に発表された世界規模の研究(Santomauro et al., 2026)によれば、精神疾患を抱える人の数は、1990年の約6億人から2023年には約12億人となり、約30年間で2倍に増えました(人口増加を考慮しても実質24%増加)。
不安障害やうつ病などの精神疾患は、今や、生活への影響が最も大きい疾病と言われ、特に15〜19歳の若年層で深刻化する状況が示されています。

なお、上記の数字は実際に診断された人数を指しているため、診断には至らないけれど「何となくしんどい」「やる気が出ない」「人間関係が怖い」という状態まで含めると、実態としてはさらに大きな「リスク層」が存在していると考えられます。

メンタル不調の増加の背景については様々な見解があり、診断基準の拡張、社会的な認知の広がり、人口増加、コロナ禍の影響など、複合的な要因が重なっています。

一方、本記事では、その中核的な要因として「社会の要求水準」に焦点を当てて、若者のメンタル不調の問題を考えていきます。

これまでの時代においても、メンタル不調を抱える人は存在していましたが、全人口で見れば、マイノリティ(少数派)の人たちでした。

インターネットがまだ十分に普及していない30年前(1990年代後半)であれば、多くの人が社会の要求水準に適応でき、「リスク層」に入るのは統計的にもごく限られた人たちだったと考えられます。

しかし社会の要求水準が上がり続けた結果、それに適応する基準自体が全体的に押し上げられている状況となっています。

かつては少数派だった「リスク層」が、今や平均的な人にまで広がっている――そう捉えるほうが、メンタル不調が増加する現状に対する的確な理解につながると言えます。

したがって、「最近の若者はメンタルが弱い」と言われがちですが、実際には若者の脳や気質が変わったのではなく、社会が求める水準そのものが変化しているのです。

本記事では、これを「社会的要求の三大高度化」という視点から整理して解説します。

  1. タスク処理能力の要求基準の上昇―― 学校や社会が求めるインプットとアウトプットの基準が上がった
  2. 社会的魅力の要求基準の上昇 ―― 外見・コミュ力・才能など、他者から認められるために必要な水準が上がった
  3. 情報を見極める力(情報リテラシー)の要求基準の上昇―― 正しい情報を自分で選び取るために必要な力(情報リテラシー)の基準が上がった



要因1 タスク処理能力の要求基準の上昇

1990年代後半、いわゆる「ゆとり教育」が段階的に開始された時点と比べると、現在の小学校の教科書は全教科平均で1.5倍以上の厚さになったとも言われます。

さらには、英語やプログラミングといった新しい教科まで加わり、「カリキュラム・オーバーロード(教育内容の過密化)」と呼ばれる状況が起こっています。

注目すべきは、学ぶべき内容が増えているにもかかわらず、授業時間の枠組みはほぼ変わっていない点です。

つまり、情報が複雑化する社会において、短い時間の中で高い密度の情報を処理する必要性が増しているのです。

さらには、カリキュラムの量だけでなく、求められるアウトプットの性質も変わっています。

かつては「受動的に話を聞いて覚える」という単純な学び方が主流でしたが、今では「その場で考えを整理して、グループで話し合い、発表する」という形態が増えています。

これ自体は悪いことではありませんが、一人ひとりのペースが異なる中で、全員に同じスピードでの高いアウトプットを求めると、徐々に適応の格差が生まれていきます。

こうしたペースについていけない子の多くは、「じっくり考えればわかる子」や「自分の言葉にするのに時間がかかる子」です。

しかし、現状の価値基準では、そうした子は「うまく適応できない子」として可視化され、劣っているというレッテルを貼られます。

近年、発達障害の診断数が増えている背景には、診断基準の変化や認知の広まりという要因もありますが、こうした高負荷な環境に適応しにくい子が「見えやすくなった」という側面があるのではないでしょうか。

かつては「平均的な適応力」があれば十分だったものの、今は「より高い処理能力」が求められるようになったという点が、精神疾患のリスク層を広げる第一の要因に当たります。



要因2 社会的魅力の要求基準の上昇

1990年代後半まで、若者が自分の価値を確かめる場は、主にクラスや地域という限られたコミュニティ内でした。

その中で「足が速い」「絵が上手い」「面白いことを言う」といった小さな得意技があるだけで、自分の居場所を感じることができました。

比較の範囲が限られていたからこそ、多くの若者が何らかの形で「自分にも良いところがある」と感じられたのです。

しかし、現代ではその構造が大きく変わっています。

SNSを通じて、全国・世界中の同世代の姿が常に目に入る環境になりました。

しかも流れてくるのは、特に才能のある人、外見が洗練された人、充実した日常を送っているように見える人など、「特別な瞬間」を切り取ったものばかりです。

それが積み重なると、「自分は普通以下だ」「自分はなんてダメなんだ」という感覚が生まれやすくなるのも当然です。

かつては「健康で学校に通っていれば普通」だったものが、今では「コミュ力が高く、見た目も整っていて、趣味も充実している」のが”普通”のように思えてしまう。

その結果、客観的には何も問題がないはずの若者までが、「自分には何もない」という劣等感を抱えやすい状況に陥っています。

学校では高密度なカリキュラムを課されて、帰宅後の自宅ではSNSでの絶え間ない比較にさらされる――こうした状況が日常的に続けば、不登校の子供たちが増えている現状も理解できるのではないでしょうか。

比較対象の拡大に伴い”普通”であることの基準が上がり続ける中で、否応なしに他者と比較せざるを得ない状況に投げ込まれ、自己肯定感の低下を招いていくという点が、精神疾患のリスク層を広げる第二の要因に当たります。



要因3 情報を見極める力(情報リテラシー)の要求基準の上昇

1990年代後半、若者が悩みを抱えたとき、解決策を求めてアクセスする情報源はテレビや雑誌、書籍など限られたメディアが中心でした。

そこでは編集者や専門家によるチェックが入ることが多く、玉石混交ではあるものの、一定の質が担保された情報へのアクセスができるような環境があったと言えます。

これにより、実際に悩みを抱えていたとしても、効果が期待できる専門的な方法(認知行動療法や呼吸法などの実践方法)に、どうにかたどり着くことができました。

しかし、今はネットが発達し、誰でも情報を発信できるようになったため状況が変わりました。

ネット上には良質な情報も存在しますが、情報の総量が膨大になった結果、何が信頼できるのかを見極めることが難しくなっています。

しかも、ネット上のアルゴリズムが拡散しやすいのは、複雑な現実を単純化した「わかりやすいフィクション」です。

「生まれた環境がすべてを決める」「生まれつきの性格は変えられない」といった断定的な主張は、複雑な問題をシンプルに説明してくれるため広まりやすく、直観的にも受け入れられやすい側面があります。

一方で、本当に役立つ専門的な方法は地道な実践を伴うことが多く、短い動画やSNSでは伝わりにくいがために埋もれていってしまいます。

もちろん、困難な状況に直面したとき、「相性が合わないから関係を切る」「自分の性格だから仕方ない」とすぐに結論づけてしまうような対応は、自然な防衛反応であり必要です。

しかし、シンプルな答えばかりに触れてきた結果、それを盲目的に信じ込んで、地道に実践すれば効果が期待できる専門的な方法にたどり着くことが、かえって難しくなっている現状があるのではないでしょうか。

このように質の担保された情報を見極める力(情報リテラシー)が育たないまま、わかりやすい虚偽情報に振り回されて、かえって他者との対立を生じさせてしまう点が、精神疾患のリスク層を広げる第三の要因に当たります。



まとめ

ここまで見てきた「社会的要求の三大高度化」を整理すると以下のとおりです。

1990年代後半現在
① タスク処理能力(情報の複雑化)各自のペースで限られた内容をじっくり学ぶ膨大な内容を短時間で処理し、即座にアウトプットが求められる
② 社会的魅力(比較対象の拡大)身近なコミュニティで認められれば十分外見・才能・コミュ力で全国・世界と常に比較される
③ 情報を見極める力(虚偽情報の拡大)質の高い情報に自然にアクセスできた膨大な情報の中から自分で良質なものを選び取る必要がある

社会が求める水準が上がった結果として、かつては少数派だったリスク層が、現代では平均的な人にまでリスクが広がっている状況になっています。

こうした状況において、単に「社会構造のせい」と言うだけでは事態が解決に進みません。

個人としても社会としても、以下のような対処を考えていくことが必要です。

① 速さより、それぞれのペースを大切にする

情報が複雑になり、その対処に速さを求められる時代だからこそ、あえてタイパ・コスパに逆行する形で情報から距離を取って、立ち止まる時間が重要です。

意識的にスマホや通知から距離を置く時間、自然に触れる時間、何も詰め込まない余白など、そうした時間が、自分の考えを整理する土台になります。

これは個人の工夫であると同時に、学校や職場が「早く・たくさん」ではなく「それぞれのペース」を許容できるかどうかという、社会全体の意識の醸成が必要になります。

② 他者と比べるのではなく、「自分は自分」という感覚を育てる

他者との比較ではなく、自分自身のあり方に目を向けることも大切です。

ありのままの自分を大切に受け入れて、自分という存在そのものに価値があるという感覚を持つこと。

そして、外見や才能で優劣をつける価値観から離れ、それぞれの違いをお互いに認め合える関係を育てていくこと。

これは個人の心がけであると同時に、競争より共存を重視する価値観をいかに育んでいくかという社会全体の意識に関わる問題でもあります。

③ 情報を鵜呑みにせず、問い直し、対話する

「本当にそうなのか」と一度立ち止まる習慣が、情報の正当性を見極めるうえでの出発点になります。

そして、そうした態度は、一人で育てるものではなく、信頼できる人との率直な対話の中で育まれます。

答えをすぐに求めるのではなく、一緒にじっくりと対話をしながら考えてくれる人間関係――そうした「社会的なつながり」を豊かにしていくことが必要になります。


精神疾患・発達障害・不登校の増加を「若者が弱くなった」と語るのは、現象の一面しか捉えられていません。

むしろ、社会が求める水準が変わり、かつては少数だったリスク層が今や多数を占めるまでに広がっているという実態を押さえるべきでしょう。

そして、こうした事態において、マジョリティは限界を迎えており、個人の努力のみで解決を図ることは困難な状況になっています。

余白やそれぞれのペースを許容する教育、比較ではなくお互いの自分らしさを大切にする共存の姿勢、そして、知識の正当性を問い直す対話を支える人間関係――。

こうした「社会の器」を広げていくことこそが、若者を取り巻く深刻な現状を改善するために必要ではないでしょうか。


●参考文献

Santomauro, D. F., et al. (2026). Updated trends in the global prevalence and burden of mental disorders, 1990–2023: A systematic analysis for the Global Burden of Disease Study 2023. The Lancet, 407(10543), 2040–2064.


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