<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?><rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	>

<channel>
	<title>書評 | 人としての器</title>
	<atom:link href="https://h-utsuwa.com/category/review/feed" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>https://h-utsuwa.com</link>
	<description></description>
	<lastBuildDate>Mon, 29 Dec 2025 15:01:00 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>
	hourly	</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>
	1	</sy:updateFrequency>
	<generator>https://wordpress.org/?v=6.9.4</generator>

<image>
	<url>https://h-utsuwa.com/wp-content/uploads/2023/04/cropped-1341aeb807d163f4102d2eae8683057f-1-e1682147545213-32x32.png</url>
	<title>書評 | 人としての器</title>
	<link>https://h-utsuwa.com</link>
	<width>32</width>
	<height>32</height>
</image> 
	<item>
		<title>【書評】『「人の器」の磨き方』――「器とは何か、どう育むのか」を問い直す一冊</title>
		<link>https://h-utsuwa.com/review/developing_personal_capacity</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[hanyu]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 29 Dec 2025 15:01:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[書評]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://h-utsuwa.com/?p=4950</guid>

					<description><![CDATA[「あの人は器が大きい／小さい」「組織はリーダーの器で決まる」――私たちは日常的にこうした表現を使います。 しかし、「器」とは何かとあらためて問われると、明快に答えるのは意外と難しいものです。 スキル獲得や成果創出に駆り立 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>「あの人は器が大きい／小さい」「組織はリーダーの器で決まる」――私たちは日常的にこうした表現を使います。</p>



<p>しかし、「器」とは何かとあらためて問われると、明快に答えるのは意外と難しいものです。</p>



<p>スキル獲得や成果創出に駆り立てられる現代だからこそ、あえて目に見えない「器」への注目が集まっており、その象徴とも言える一冊として『「人の器」の磨き方――リーダーシップ・コーチングと成人発達理論による人間力の変容プロセス』（加藤洋平・中竹竜二 著／日本能率協会マネジメントセンター）が刊行されました。</p>



<p>本書は、加藤洋平さんによる成人発達理論やダイナミックスキル理論といった発達心理学の知見と、中竹竜二さんの豊富なリーダー開発・コーチングの実践経験を融合させ、「器」という抽象的な概念に具体的な輪郭を与えようとする意欲作です。</p>



<p>実は、本書の執筆過程において、中竹さんから「人としての器」研究に関するヒアリングを受ける機会がありました。</p>



<p>完成した本書には、私たちが研究・提唱してきた概念と深く通底する方向性が示されており、学術的・実践的な観点からも、このテーマへの探求がより本質的な次元へと深まるとともに、このような形で「器」への注目が広がっていくことに心より感謝します。</p>



<p>総じて良書であることに疑いの余地はありませんが、本書の読解をさらに深め、さらに議論を進展させるために、あえて一歩踏み込んだ書評として今回の記事を提示できればと思います。</p>



<p></p>



<ul class="wp-block-list has-watery-yellow-background-color has-background is-style-blank-box-orange has-border is-style-icon-list-check has-list-style">
<li><strong>本書に基づいて対談されたPIVOTの動画も素晴らしかったので、ぜひこちらもあわせてご覧ください　</strong><a rel="noopener" href="https://pivotmedia.co.jp/movie/13817" target="_blank">https://pivotmedia.co.jp/movie/13817</a></li>
</ul>



<p><br></p>



<h6 class="wp-block-heading">本書の概要：器を育てる3つのフェーズ</h6>



<p>本書は全9章構成（序章＋7章＋終章）で、大きく二部に分かれています。</p>



<p><strong>序章</strong>では、スキル偏重の現代を振り返りながら、AIが進化する時代だからこそ「人の器」が問われることを指摘します。</p>



<p><strong>第1部「人の器を知る」（第1〜2章）</strong>では、器の定義と自己理解がテーマとなります。</p>



<p>第1章では「人の器とは何か」という根本的な問いに向き合い、器を育てる3つのフェーズ（①知る・味わう、②磨く・強くする、③大きくなる）が示されます。</p>



<p>第2章では、成人発達理論を参照しながら、自分の器を理解する方法が探求されます。</p>



<p><strong>第2部「人の器を磨き、強くする」（第3〜7章）</strong>では、器を成長させるための具体的な方法が多角的に論じられます。</p>



<p>逆境や越境体験（第3章）、他者との関わり（第4章）、組織としての器（第5章）、内省と自己開示（第6章）、AI時代における器のあり方（第7章）と、視野を個人から組織、現代社会へと広げていきます。</p>



<p><strong>終章</strong>では、「器は完成しない」というメッセージのもと、問い続けることの大切さが説かれます。</p>



<p>本書の魅力は、理論と事例のバランスが絶妙なことに加え、内容が非常にわかりやすく、新書のような感覚でさらさらと読めるため、まさに「器」を考える入口として最適な一冊と言えます。</p>



<p><br></p>



<h6 class="wp-block-heading">本書の5つの特筆すべき視点</h6>



<p>本書には、私たちが研究してきた「人としての器」の思想と深く響き合う記述が多くありました。特に印象的だったものとして、以下の5点を挙げます。</p>



<p style="text-decoration:underline"><strong>①「器は完成しない」という考え方</strong></p>



<p>本書では、上述の3つのフェーズを示しながらも、核心的なメッセージの一つとして「器に完成はなく、一生成長し続ける」（P.39）と述べており、「完璧である必要はない」という考えを大切にしています。</p>



<p>終章でも「器は完成するものではありません。私たちが生きているかぎり、問いと共に育ち続けるもの」(P.292)と強調されています。</p>



<p>この考え方は、老子の「大器晩成」の本来の意味――器は死ぬまで完成しない――と通じるものがあります（<a href="https://h-utsuwa.com/outline/laotzu" target="_blank">こちらの記事</a>をご参照ください）。</p>



<p>また、「『器』とは静的なサイズのことではなく、構造、意味、関係性、そして再構成の柔軟性を備えた動的プロセス」（P.69）という記述は、器の本質を突く重要な指摘です。</p>



<p>器を固定的で測定可能な「サイズ」ではなく、変わり続ける「プロセス」として捉える視点は、私たちの器研究の知見と照らしても、妥当性の高い捉え方と言えます。</p>



<p>ちなみに、私は、これを「現状の許容量」（＝Capacity）と「変容可能性・伸びしろ」（＝Capability）という二重構造によって説明しています（<a href="https://h-utsuwa.com/outline/capacity_capability" target="_blank">こちらの記事</a>をご参照ください）。</p>



<p>Capability（変容可能性）の視点から眺めると、器が大きいと言われる人がなぜ「私の器なんてまだまだです」と謙遜しがちなのかに合点がいきます。</p>



<p>器が大きい人は、死ぬまで器は完成しないと理解しながら、変わり続けるプロセスに重心を置いており、たえず器を作り続けているからこそ「まだまだ」と思っているのです。</p>



<p><br></p>



<p style="text-decoration:underline"><strong>②結果として「大きくなる」という姿勢</strong></p>



<p>本書では、器を育てる第3フェーズ「大きくなる」について、「&#8221;大きくする&#8221;ことを意図的な目的とせず、第1フェーズと第2フェーズの結果として自然に起こるもの」（P.41）と位置づけています。</p>



<p>「器が成長した人々に共通するのは『大きくする』ことを目指したのではなく、目の前の課題に真摯に向き合い続けた結果として器が成長した」（P.174）という指摘は、プロセス重視の姿勢として、非常に説得力があります。</p>



<p>そのうえで「器を大きくしたいという焦りは、むしろ成長を妨げる」（P.175）という警鐘も重要です。</p>



<p>上述のニュアンスを踏まえると、大きな器とは明確な型があるわけではなく、なんとなく「ぼんやりとしたもの」として存在しているのかもしれません。</p>



<p>明確な型があれば、それが達成すべき目的となり、到達できないことへの焦りが生まれてしまいます。</p>



<p>しかし、「ぼんやりとしたもの」という抽象的な世界観に立てば、器は日常のあらゆる出来事と関連づけられるようになります。</p>



<p>「大きな器」という画一的な基準で一喜一憂する必要はなく、目の前の出来事に誠実に向き合う中で自分なりの器を少しずつ見出していく姿勢――それによって「器が大きくなった」と実感したり、「いや、まだまだだった」とわからなくなったりを繰り返すことこそが大切と言えるでしょう。</p>



<p><br></p>



<p style="text-decoration:underline"><strong>③他者との関わりが「器」を映し出す</strong></p>



<p>第2章では、自分の器の理解を深める方法が述べられています。</p>



<p>「器の限界は、自分では気づきにくい場面にこそ、はっきりと現れる」（P.117）、「自分の器がどのようなものかを知るには、他人との関りや周りの環境からの反応（フィードバック）を受けることで、はじめて『本当にそうなのか？』と見直すことができる」（P.117）という指摘は、まさに核心を突いています。</p>



<p>私たち研究チームが「器物語（いれものがたり）」として実践している「ぐるぐるチャート」に基づく対話も、他者との対話を通じて自分の器への理解を深める営みと位置づけられます（<a href="https://h-utsuwa.com/outline/guruguru-chart" target="_blank">こちらの記事</a>をご参照ください）。</p>



<p>他者と話しているうちに、自分が心の奥底で感じていたこと、あるいは相手が心の奥底で感じていたことが少しずつ見えてくる――この相互的なプロセスこそが、器を知り、磨いていくことの本質ではないかと思います。</p>



<p>関連して、第4章・第5章で展開される「他者との関わり」と「組織としての器」の議論は、本書の見どころの一つです。</p>



<p>ここでは器を成長させるには、「他者の視点を理解し、異質な存在と向き合い、共に成長していくプロセス」（P.204）が重要と述べられています。</p>



<p>そして組織の器に関して、「組織の発達とは、一つの段階に達することではなく、異なる段階が共存しながら、それぞれの限界と可能性を開き合う空間（コンテナ）を醸成していく動的なプロセス」（P.213）、「組織を成長させるというよりも、成長し続ける土壌をつくることに焦点を置く必要がある」（P.213）という記述は示唆に富んでいます。</p>



<p>この「土壌」という考え方は、個人へのアプローチに偏りがちな能力開発の限界を乗り越えるための、重要な鍵となります。</p>



<p>リーダーがメンバーに画一的な発達を要請する機械論的なコントロール（制御）の働きかけではなく、リーダー自身が器を磨き変容に向かうことで場としての変化の空気が生まれ、メンバーそれぞれの間でも多様な成長を受け入れられるようになる――そうした土壌・場づくりが重要と言えるでしょう。</p>



<p><br></p>



<p style="text-decoration:underline"><strong>④「器は空である」という東洋的な視点</strong></p>



<p>本書の白眉と言えるのが、第7章と終章で展開される東洋的な視点です。</p>



<p>「これからの人の器の形を考えるうえで大切なのは、『特定の理想像に収斂させること』ではありません。むしろ、多様な文脈やAIとの共存状況の中で、揺らぎを含んだまま自己と他者を活かし合える『開かれた構造』を育むことです。器とは静的な&#8221;形&#8221;ではなく、動的で可変的な&#8221;関係の場&#8221;です」（P.278）</p>



<p>ここでは、器を「スキル・能力」や「達成すべき状態（＝発達段階）」ではなく、「関係の場」として捉える視点が明確に示されています。</p>



<p>さらに終章では、「器は空（くう）である」という考え方が提示されます。</p>



<p>「器は常に他者や環境との関係性の中で生成される」（P.296）という記述は、東洋思想の深い洞察に基づいています。</p>



<p>実は、「うつわ」の「うつ」は、もともと「空（うつ）」を意味します。</p>



<p>器は「空白」こそが重要であり、その空白があるからこそ、さまざまなものを受け入れられるのです。</p>



<p>この東洋的な「空」の発想は、器の本質を理解するうえで欠かせない大切な視点であり、以前詳細に解説した<a href="https://h-utsuwa.com/outline/contents-idea" target="_blank">こちらの記事</a>をご参照いただけますと幸いです。</p>



<p><br></p>



<p style="text-decoration:underline"><strong>⑤「器絶対主義に陥らない」という注意喚起</strong></p>



<p>「おわりに」で中竹さんが書かれていた「器絶対主義に陥らない」（P.299）、「器の小さい人の存在も尊く、そんな出会いが、人生を豊かにしてくれた」（P.299）という記述も、見落とされがちですが、非常に重要な指摘です。</p>



<p>器が大きいことが絶対的に良いわけではありません。</p>



<p>また器が小さい人に出会うということは、相手を「器が小さい」と判断している自分自身――つまり、自らの器の限界――に出会うことでもあります。</p>



<p>そうした自分を見つめてこそ、人生が豊かになると言えるでしょう。</p>



<p>自分の器の小さなふるまいに対しては、恥ずかしく目をそむけたくなりがちですが、むしろそれが成長へのきっかけを与えてくれます。</p>



<p>こうした観点は、私たちが提唱するARCTモデルとも深く関連します（<a href="https://h-utsuwa.com/outline/process" target="_blank">こちらの記事</a>をご参照ください）。</p>



<p>ARCTモデルでは、経験の蓄積（A）、限界の認識（R）、ありたい姿の構想（C）、意識行動の変容（T）というプロセスを歩む中で、器がらせん状に成長していくと考えられています。</p>



<p>このモデルで重要なのは、まず経験の蓄積（A）として「器を使う」フェーズを意図的に設け、中身（器とは対極にある可視化できる実態）にも目を向けることにあります。</p>



<p>このように中身と器を行き来することで、器だけに固執する意識を防ぐことができます。</p>



<p>そして限界の認識（R）のフェーズに直面すると、自分の器の小さな側面が現れることになります。</p>



<p>つまり、器の成長プロセスを回すためには、器の小さな自分（＝自分の限界）に出会うことが必要なのです。</p>



<p>したがって、常に器の大きな状態であればいいわけではなく、あえて器の小さな側面が現れるような状況に身を置いていくことも大切になります。</p>



<p>こうした循環の中でこそ、本当の意味での器の成長が生まれるのではないかと思います。</p>



<p><br></p>



<h6 class="wp-block-heading">さらに深掘りして考えてみたいこと</h6>



<p>本書が「器」という掴みどころのない概念に理論的枠組み（足場）を作ってくれたおかげで、私たちはさらにその先の景色について議論することが可能になります。</p>



<p>ここからは、本書の功績を前提としたうえで、あえてその奥にある「器」の本質について、私たちの研究視点から思考を巡らせてみたいと思います。</p>



<p style="text-decoration:underline"><strong>①「フェーズ（段階）」という枠組みについて</strong></p>



<p>本書では器を育てる3つのフェーズとして「①知る・味わう」「②磨く・強くする」「③大きくなる」が提示されています（P.41）。</p>



<p>これに関して、著者は「3つのフェーズ（5つのプロセス）を順繰りにこなしていくというより、器の成長という全体像の中で、ときに現在地を確認する程度で活用してみてください」（P.39）と注意を促しています。</p>



<p>ただ、循環モデルでない形で「フェーズ」という言葉を用いているがゆえに、どうしても段階的に先に進んだほうが良い（優れている）というニュアンスが含まれやすくなります（なお、P.41の表頭には「段階」と書かれています）。</p>



<p>特に第3フェーズ「大きくなる」は、そうなったほうが望ましいという印象を与えかねません。</p>



<p>しかも成人発達理論という段階モデルを理論的立脚点とすることで、このニュアンスはさらに強調されてしまいます。</p>



<p>著者の意図としては「器に完成はなく」「順番通りではなく」「結果的に表れるもの」と述べられていますが、フェーズという枠組みを用いることで、その意図と異なるメッセージとして伝わる可能性も感じられました。</p>



<p>個人的には、「フェーズ」ではなく「モード（mode）」や「側面（aspect）」など別の言葉を用いたほうが、「（結果として）器が大きくなる」という状態に内包された&#8221;理想的な到達点&#8221;というニュアンスを和らげることにつながったのではないかと思います。</p>



<p>また、目次構成を見ると、第1部「人の器を知る」、第2部「人の器を磨き、強くする」という構成で、第3フェーズ「大きくなる」は独立した章として展開されていません。</p>



<p>終章がそれに対応するのかもしれませんが、終章の「問いと共に生きる」という内容と、P.41の表にある第3フェーズの「多様な価値観を受け入れられる」「視野の拡大・視点の多様化」「自分のためからみんなのためへ」「他者や異質なものへの包容力が高まる」がどう対応するのかは、私には十分に解読できませんでした。</p>



<p>もしかすると、第3フェーズが章として存在しないのは、著者が意図的に「大きくなることは目的化できない（語り得ない）」と判断した結果の構成なのかもしれません。</p>



<p>その構成自体が「器は結果である」というメッセージを体現しているとも読めますが、入門書としての分かりやすさを考えると、「3つのフェーズ」という枠組みを期待した読者が戸惑わないよう、その意図への解説がもう少し加わるとよかったのではないか、というのが正直な感想です。</p>



<p>少なくとも、第3フェーズは第1・第2フェーズの&#8221;連続的な延長&#8221;で語られる内容ではないように感じられますし、それにもかかわらず、この3つを同じ「フェーズ」という言葉でくくることには疑問が残るように思いました。</p>



<p><br></p>



<p style="text-decoration:underline"><strong>②器は「能力」なのか</strong></p>



<p>本書では、器を「能力」や「力」として定義している記述が随所に見られます。</p>



<p>「複雑な状況を受け止め、多様な視点を統合し、他者と共に意味を創造していく『器』。これこそが、人間にしか育むことのできない<strong>能力</strong>といえる」（P.36）、「成熟したリーダーの器とは、複雑な現実の中で人々と共に問い続け、共に意味を生み出していく<strong>能力</strong>そのものです」（P.106）といった記述です。</p>



<p>成人発達理論に立脚するなら、器を「能力」として捉えるのは正当なのかもしれません。</p>



<p>しかし、器は本当に「能力」なのでしょうか。</p>



<p>ビジネスの現場に「器」という概念を実装するために、あえて「能力」という言葉を用いる著者の戦略的意図は十分に理解できますし、実際にそれは多くの読者にとって、取り組みやすさを高める一助となる効果もあるでしょう。</p>



<p>しかし、「能力」とりわけ「力」という言葉には、強弱・優劣のニュアンスが伴います。</p>



<p>器を磨くという実践が進むにつれて、「能力」としての正当性が強化されるほど、優劣を形作る「能力主義」に結びつきやすくなり、かえって生きづらさを生む負の側面も懸念されます（能力主義については『「能力」の生きづらさをほぐす』（勅使川原真衣、どく社）という良書をご参考ください）。</p>



<p>すると、本来、多様で異質なあり方を受け入れる概念である「器」が、「能力」という枠組みに回収されて優劣の基準を形作り、その本来的な受容の意味合いを自己否定しかねないという矛盾に陥る懸念もあります。</p>



<p>これに関して、本書冒頭で紹介される中竹さんの大学時代の同期・本田さんのエピソードからも考えてみたいと思います。</p>



<p>本田さんは中竹さんのために大学の単位を取ってくれ、情に深くて思いやりのある人物として描かれています。</p>



<p>そんな彼の「器の大きさ」を、「捉え方の豊かさ」や「多視点的・抽象的な能力の高さ」に着目することで十分に説明できるでしょうか。</p>



<p>もちろん本田さんはそうした能力を持っていたかもしれませんが、彼のケースは「能力」というよりも「あり方・姿勢」に近いものではないかと推察します。</p>



<p>「能力」が個人の中に安定的に蓄積された強弱を伴う所有物であるのに対し、「あり方・姿勢」は、目の前の相手や状況に対してどう向き合うかという、その都度生じる関係性に焦点が当たるため、この言葉を用いることで強弱や優劣の発想と距離を取れるようになります。</p>



<p>このように器を「あり方・姿勢」として捉えれば、本書後半の「器は常に他者や環境との関係性の中で立ち現れる」という考え方とも整合し、動的なプロセスに着目した器の本質により近づくのではないかと思いました。</p>



<p><br></p>



<p style="text-decoration:underline"><strong>③認知的な定義の限界</strong></p>



<p>本書では、全体を通して、器を「ものの捉え方の豊かさ」として定義づけ、認知的な側面から捉えようとする傾向が見受けられます。</p>



<p>「『人の器』とは、スキルの中でも特に『<strong>多様な視点</strong>を柔軟に取り入れ、それを統合できる力』として捉えることができる」（P.48）、「『人の器』とは、<strong>自分の視点</strong>や<strong>思考の枠組み</strong>を疑い、そこから一歩引いて<strong>多様な視点</strong>を取り入れ、意味付けの仕組みそのものを柔軟に再構築していく力」（P.52）といった記述がこれに該当します。</p>



<p>認知（視点、思考を含む概念）は人間活動において土台となる、重要な要素です。</p>



<p>しかし、認知的な側面だけで「器」の全体像を捉えきれるでしょうか。</p>



<p>先述の本田さんのエピソードに立ち返ると、彼が持っていたのは認知の豊かさというより、他者への思いやり、優しさ、そして行動に移す勇気だったのではないかと推察できます。</p>



<p>器という概念には、認知（頭で考えること）を超えた要素――感情、思いやり、優しさ、社会性など――も含まれているように思います。</p>



<p>例えば、頭で多角的に複雑に考えて決断するというよりも、なんとなく相手の力になりたいという純粋な動機が、これに該当します。</p>



<p>私たちの「人としての器」研究では、こうした観点を包括的に捉える枠組みとして「感情」「他者への態度」「自我統合」「世界の認知」という4象限モデルを提唱しています（<a href="https://h-utsuwa.com/outline/components" target="_blank">こちらの記事</a>をご参照ください）。</p>



<p>一側面として「認知」が重要であることに異論はありませんが、同様に「他者への態度」「感情」「自我統合」の重要性も押さえておく必要があるでしょう。</p>



<p>なお、著者は「人の器の定義は固定されたものではありません。私たちの成長に合わせて常に更新が必要」（P.93）と述べており、この開かれた姿勢は非常に大切だと感じました。</p>



<p>その多義性を認めつつ、認知的側面に偏らない余地を残している点に、「器」という概念が持つ深遠さを感じられるのではないかと思います。</p>



<p><br></p>



<p style="text-decoration:underline"><strong>④意味を急がなくてもいい</strong></p>



<p>本書の終盤、スザンヌ・クック=グロイターの理論に触れながら「器の成長とは、『強さ』や『正しさ』に固執することではなく、むしろ『内なる複雑性』と『関係の網の目』に居場所を発見し、そこに<strong>意味を見出す</strong>存在へと変容していく過程である」（P.286）と述べられています。</p>



<p>この記述の主旨には共感しますが、「意味を見出す」ことについては少し立ち止まって考えてみたいと思いました。</p>



<p>これまで見えていなかった側面に意味を見出そうとする姿勢は確かに重要です。</p>



<p>しかし、そもそもすべての事象に意味を見出す必要があるのでしょうか。</p>



<p>むしろ、意味なんか見出せなくてもいい、無理に意味を求めすぎる必要もない、という姿勢も大切ではないでしょうか。</p>



<p>困難や居心地の悪さを前にして、「ここから意味を見出したほうが素晴らしい／意味を見出さねばならない」という強迫観念は、時に私たちを苦しめたり、時に思考停止へと導くこともあります（それらは得てしてカルト的な洗脳につながることもあります）。</p>



<p>そうではなく、現時点ではわからない「意味の不在」をそのまま引き受けることも大切になるでしょう。</p>



<p>現時点では明確な意味がわからなくても、それ自体になんとなく惹かれて、なんとなく豊かで、心が躍ったり美しいと感じられたりすること。</p>



<p>「意味は、きっと後からついてくる」という感覚が大事で、こうした「意味を急がない」姿勢もまた、成熟した器の一つの形ではないかと考えます。</p>



<p>「意味を見出す」ことを強調すればするほど、「意味を見出したほうがいい」というニュアンスが強化される側面も否定できません。</p>



<p>むしろ器とは、意味を見出すことへの執着から離れて、どんな意味が生まれるかはわからないけれど、何かが起こるかもしれない可能性にかけてみることではないでしょうか。</p>



<p>意味を先取りしようとせず、事後的に満ちてくる可能性を待てるようなタイムラグ（余白）の許容――これこそが器という概念が持つ深遠さのようにも思います。</p>



<p><br></p>



<h6 class="wp-block-heading">まとめ</h6>



<p>近年出版された「器」や「成人発達理論」関連の書籍はハードカバーで難解なものが多くありました。</p>



<p>それに対して本書は、学術的な枠組みを用いながらも、実践的な事例を多く交えることで読みやすさを失わず、「器」について考える入門書として非常に優れた構成になっています。</p>



<p>「器」という概念の裾野を広げ、多くの人がこのテーマに触れるきっかけを与えてくれる一冊と言えるでしょう。</p>



<p>特に「器は完成しない」「結果として大きくなる」「開かれた構造」「器は空である」といった核心的なメッセージは、器について考えるすべての人に重要な示唆を与えてくれます。</p>



<p>一方で、器を「能力」として定義することの限界、認知的側面への偏り、「意味を見出す」ことへの問いなど、さらなる探究を促す論点も残されています。</p>



<p>しかしそれは、この領域の探究がまだ発展途上にあることの証であり、本書はその探究を前に進めるための重要な足がかりを提供してくれます。</p>



<p>終章で著者は、「問い」と共に生きることの大切さを説いています。</p>



<p>「問」という漢字は、口という神聖な器を通じて神に祈りを捧げる行為に由来するという説もあるようです（※口はもともと「サイ」という祝禱のウツワをあらわしていました）。</p>



<p>そもそも器が空（くう）であるのならば、すべてを明確に形にする（言語化する）ことはできません。</p>



<p>しかし、明確にできないからこそ、そこにはまだ見ぬ可能性が潜んでおり、そこに向き合うプロセスを通じて新たな問いが生まれ、それを他者と共に考え続けられるような余白が残されているとも言えます。</p>



<p>本書は、リーダーシップに悩む管理職の方、組織開発に携わる人事担当者の方、そして自分自身の成長と向き合いたいすべての方に、新たな視座を提供してくれるでしょう。</p>



<p>みなさんが自らの「器」と向き合いたいと思ったとき、ぜひ本書を手に取っていただければ幸いです。</p>



<p><br></p>


<div id="rinkerid4955" class="yyi-rinker-contents  yyi-rinker-postid-4955 yyi-rinker-img-m yyi-rinker-catid-8 ">
	<div class="yyi-rinker-box">
		<div class="yyi-rinker-image">
							<a rel="nofollow" href="https://hb.afl.rakuten.co.jp/hgc/g00q072g.1j6xl492.g00q072g.1j6xmf3e/Rinker_i_20251229181434?pc=https%3A%2F%2Fitem.rakuten.co.jp%2Fbook%2F18436622%2F&#038;m=http%3A%2F%2Fm.rakuten.co.jp%2Fbook%2Fi%2F21792010%2F&#038;rafcid=wsc_i_is_1045469803602008354"><img decoding="async" src="data:image/svg+xml,%3Csvg%20xmlns='http://www.w3.org/2000/svg'%20viewBox='0%200%20128%20128'%3E%3C/svg%3E" data-src="https://thumbnail.image.rakuten.co.jp/@0_mall/book/cabinet/3870/9784800593870_1_6.jpg?_ex=128x128" width="128" height="128" class="yyi-rinker-main-img lazy" style="border: none;"></a>					</div>
		<div class="yyi-rinker-info">
			<div class="yyi-rinker-title">
									<a rel="nofollow" href="https://hb.afl.rakuten.co.jp/hgc/g00q072g.1j6xl492.g00q072g.1j6xmf3e/Rinker_t_20251229181434?pc=https%3A%2F%2Fitem.rakuten.co.jp%2Fbook%2F18436622%2F&#038;m=http%3A%2F%2Fm.rakuten.co.jp%2Fbook%2Fi%2F21792010%2F&#038;rafcid=wsc_i_is_1045469803602008354">『「人の器」の磨き方』 加藤 洋平 (著), 中竹 竜二 (著)</a>							</div>
			<div class="yyi-rinker-detail">
							<div class="credit-box">created by&nbsp;<a rel="nofollow noopener" href="https://oyakosodate.com/rinker/" target="_blank" >Rinker</a></div>
										<div class="price-box">
							<span title="" class="price">¥2,090</span>
															<span class="price_at">(2026/05/01 17:00:12時点&nbsp;楽天市場調べ-</span><span title="このサイトで掲載されている情報は当サイトの作成者により運営されています。価格、販売可能情報は、変更される場合があります。購入時に楽天市場店舗（www.rakuten.co.jp）に表示されている価格がその商品の販売に適用されます。">詳細)</span>
																	</div>
						</div>
						<ul class="yyi-rinker-links">
									<li class="freelink1">
						<a rel="nofollow" href="https://amzn.to/49m6y4W" class="yyi-rinker-link">Amazon</a>					</li>
																									<li class="rakutenlink">
						<a rel="nofollow" href="https://hb.afl.rakuten.co.jp/hgc/39d18ad9.297ef2e0.39d18ada.dd2a8e35/Rinker_o_20251229181434?pc=https%3A%2F%2Fsearch.rakuten.co.jp%2Fsearch%2Fmall%2F%25E3%2580%258C%25E4%25BA%25BA%25E3%2581%25AE%25E5%2599%25A8%25E3%2580%258D%25E3%2581%25AE%25E7%25A3%25A8%25E3%2581%258D%25E6%2596%25B9%2F%3Ff%3D1%26grp%3Dproduct&amp;m=https%3A%2F%2Fsearch.rakuten.co.jp%2Fsearch%2Fmall%2F%25E3%2580%258C%25E4%25BA%25BA%25E3%2581%25AE%25E5%2599%25A8%25E3%2580%258D%25E3%2581%25AE%25E7%25A3%25A8%25E3%2581%258D%25E6%2596%25B9%2F%3Ff%3D1%26grp%3Dproduct" class="yyi-rinker-link">楽天市場</a>					</li>
								                											</ul>
					</div>
	</div>
</div>



<p></p>



<p><br></p>



<p></p>



<p>………………………………………………………………………</p>



<p>本記事を読んでのご意見・ご感想がありましたら、ぜひ<a href="https://h-utsuwa.com/contact" target="_blank">お問合せフォーム</a>からお送りください。<br>また、パートナー協力の依頼やご相談についても随時お受けしていますので、お気軽に、ご連絡いただけますと幸いです。</p>



<ul class="wp-block-list is-style-icon-list-info has-list-style">
<li><strong>「人としての器」最新のイベント情報は<a href="https://h-utsuwa.com/news/info" target="_blank">こちら</a></strong></li>
</ul>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>【書評】『Calling』から読み解く、内なる呼びかけに共鳴する「器」</title>
		<link>https://h-utsuwa.com/review/calling</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[hanyu]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 31 Jul 2025 01:33:06 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[書評]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://h-utsuwa.com/?p=3628</guid>

					<description><![CDATA[キャリアや人生の岐路に立った時、私たちはつい急いで不安を解消しようと、外の世界に「正解」を求めてしまいがちです。 昇進を目指してがむしゃらに働いたり、誰もが羨むような有名企業への転職を試みたり、市場価値の高い資格の取得に [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>キャリアや人生の岐路に立った時、私たちはつい急いで不安を解消しようと、外の世界に「正解」を求めてしまいがちです。</p>



<p>昇進を目指してがむしゃらに働いたり、誰もが羨むような有名企業への転職を試みたり、市場価値の高い資格の取得に奔走したり――。</p>



<p>しかし今回取り上げる書籍『Calling』（垂水隆幸著、かんき出版）では、そうした考え方に一石を投じ、指針は「外」ではなく、私たち一人ひとりの「内」にあると教えてくれます。</p>



<p>それでは、どうすればその&#8221;内なる指針&#8221;を見つけられるのか。</p>



<p>その鍵こそが、本書における核となる概念「Calling（コーリング）」です。</p>



<p>Calling（コーリング）は、「呼びかけ／呼び声」を意味しますが、英語圏では「神による召喚」から転じて「天職」という意味でも用いられます。</p>



<p>ただし、本書では、特定の職業を指した固定的な「天職」ではなく、自身の内側から湧き上がる「こうせずにはいられない」という衝動や、かすかだけれど確かな感覚をコーリングとして捉えます。</p>



<p>内側から湧き上がる感覚を頼りに、「私はなぜこれをやりたいのか」「どんな価値を世の中にもたらしたいのか」という根源的な問いを自分に投げかけ、他者との関係の中でその問いを探究していく――。</p>



<p>このように、人生をかけて大切にしたい「問い」を追求し続ける動的な姿勢こそが、コーリングの本質だと著者は述べます。</p>



<p><br></p>



<h6 class="wp-block-heading">本書の概要：理論から実践へ</h6>



<p>本書は全8章の構成ですが、実質的な観点からまとめ直すと大きく二部構成（＋最終章）であり、コーリングの基礎から実践に向けて読者を段階的に導きます。</p>



<p>本書の全体像を各章の概略とともに見ていくと、以下のとおりです。</p>



<p><strong>第1部（第1〜3章）：コーリングとは何か？（基礎編）</strong></p>



<p>第1部では、コーリングという概念の輪郭を捉えていきます。</p>



<ul class="wp-block-list">
<li><strong>第1章「道標」</strong>は導入的な位置づけで、コーリングの根幹である「内なる声に耳を澄ます」という考え方が提示されます。混乱の時代の中では、自分らしさを保つ軸としてコーリングに光を当てることがますます重要になります。</li>



<li><strong>第2章「軌跡」</strong>では、歴史上の偉人たちの軌跡を紐解き、コーリングがどのように現れるかを具体的に探ります。ここで強調されるのは、コーリングが「他者との深い関係性」の中で発見され、磨かれるという点です。</li>



<li><strong>第3章「発見」</strong>では、内なる声を掘り起こす具体的な方法として、「至高体験の解剖ワーク」や「ライフラインチャートの活用」などが紹介されます。</li>
</ul>



<p><br></p>



<p><strong>第2部（第4〜7章）：コーリングをいかに育むか？（実践編）</strong></p>



<p>第2部では、発見したコーリングを現実世界でいかに育み、活かしていくかに焦点が移ります。</p>



<ul class="wp-block-list">
<li><strong>第4章「試練」</strong>では、コーリングをかき消す最大の障壁として、社会の期待に合わせて作り上げた「ペルソナ」の存在が指摘されます。「社会的な成功基準」や「どうせ無理」といったペルソナ（内なる制約）を超える鍵として、マインドフルネスなどの内面観察の技法が示されます。</li>



<li><strong>第5章「挑戦」</strong>では、「ラクダ・ライオン・子ども」というニーチェの思想を援用したコーリングの成長モデルが示されます。周囲から学ぶ「ラクダ期」、葛藤しながらも自己の軸を築く「ライオン期」、そして遊ぶように価値を創造する「子ども期」――この3ステップの成長モデルが、自身の現在地を確かめるための地図となります。</li>



<li><strong>第6章「鍛錬」</strong>では、成長の過程で壁にぶつかった時の支えとなる4つの要素「HOME」――Harmony（他者との関係性）、Ownership（内発性）、Mastery（成長実感）、Endurance（粘り強さ）――を念頭に、困難を乗り越えるための再挑戦を後押しする具体的な実践・アクションが提示されます。</li>



<li><strong>第7章「拡張」</strong>では、視点が個人から組織レベルへと広がります。人々が対話し、アイデアを試す中で新しい価値を生む活動（＝行為：Action）を組織内に広げることの重要性が説かれます。また、コーリングを表現する「余白」を組織内に取り戻すために、組織の古い慣習や不要な管理をゆるめていく方法が提案されます。</li>
</ul>



<p><br></p>



<p>最終章は、これまでの章と位置づけが異なり、コーリングを扱う際の留意点が、あらためて問い直されます。</p>



<ul class="wp-block-list">
<li><strong>第8章「帰還」</strong>では、自分のコーリング探しを一巡した私たちが、平穏な日常に戻り、いかに他者や社会と関わっていくかを問いかけます。ここでは、コーリングが単なる自己実現のツールではなく、「人間の尊厳」そのものであると位置づけ、他者のコーリングをも尊重し、互いに磨き合う世界の理想像が描かれます。</li>
</ul>



<p><br></p>



<h6 class="wp-block-heading">「人としての器」思想と響き合う点</h6>



<p>本書におけるコーリングの概念は、「人としての器」の思想と、いくつかの点で深く響き合います。<br>以下、コーリングの理解を深めるうえで重要な観点を、器の概念と重ね合わせて考察します。</p>



<p><strong>①コーリングを「問い続ける」動的な姿勢</strong></p>



<p>本書の優れた点は、コーリングを個人的な自己実現の動機にとどめず、社会的な視点や人権思想にまで接続させていることにあります。</p>



<p>コーリングを磨くうえでは、他者との深い関係を築いたうえでの対話が求められるという指摘に加えて、最終章では他者と相互にコーリングを受け止め合い、励まし合うような世界観が示されます。</p>



<p>このように異質な他者を包摂しようとする姿勢は、まさしく器の考えと共鳴しています。</p>



<p>さらに、「コーリングを見つけることがゴール化すると圧力になる」と警鐘を鳴らし、それは「問い続けるもの」だと強調する姿勢は、器の思想における「完成された器はない」という考え方と通底します（<a href="https://h-utsuwa.com/outline/laotzu" target="_blank">こちらの記事</a>の老子の「大器晩成」の記述もご参照ください）。</p>



<p>本書の中ではコーリングは直感的な衝動であり、簡単に言語化できず、むしろ曖昧にしておくことが大切だと述べられており、それゆえの果てしなく探究し続ける動的なプロセスを重視する姿勢は、「中身」ではなく「器」を重視する発想と大きく重なります（<a href="https://h-utsuwa.com/outline/contents-idea" target="_blank">こちらの記事</a>をご参照ください）。</p>



<p><br></p>



<p><strong>②外部の正解ではなく内から湧き上がる声</strong></p>



<p>第3章や第4章で述べられている「外部の正解に合わせるのではなく、内から湧き上がる声を大事にする」という視点は、<a href="https://h-utsuwa.com/outline/systems_theory" target="_blank">前回の記事</a>で取り上げた「オートポイエーシス・システム」の概念と深く通じます。</p>



<p>コーリングは、生命が自らを維持・創出し続ける動的なシステム（オートポイエーシス）の営みによって生じていると言えるかもしれません。</p>



<p>それは、外部の期待や成功基準に従って自分を形作るアロポイエーシス（他律）的な生き方とは対照的です。</p>



<p>著者が指摘する「ペルソナ」がコーリングをかき消す現象は、まさにアロポイエーシス的な力学が、本来の生命活動としてのを阻害している状態とも捉えられます。</p>



<p><br></p>



<p><strong>③誰もが持つ「自分らしいコーリング」の発見</strong></p>



<p>本書では、「誰もが唯一無二の自分らしいコーリングを持っている」と述べており、器の思想と共通のスタンスがあるように思います。</p>



<p>器研究チームでは、やみくもに器が大きくなればよいというわけでもなく、また既製品の形の決まった器を目指せばよいわけでもなく、一人ひとりが持っている歪みやへこみを大切にしながら、自分らしい器をつくっていくことの大切さを強調しています。</p>



<p>この点に関連して、第3章のライフラインチャートを通じたコーリングの探求は、自身のユニークな人生の軌跡と対峙することで自分らしさを見出していくという方法論であり、私たちが提供する「ぐるぐるチャート」の活用と同趣旨の試みであるように思います（<a href="https://h-utsuwa.com/outline/guruguru-chart" target="_blank">こちらの記事</a>をご参照ください）。</p>



<p><br></p>



<p><strong>④「ラクダ・ライオン・子ども」3段階成長モデル</strong></p>



<p>第5章の「ラクダ・ライオン・子ども」という成長モデルは、器の成長プロセスを示したARCTモデルとの対応関係が見て取れます（ARCTモデルは、<a href="https://h-utsuwa.com/outline/process" target="_blank">こちらの記事</a>をご参照ください）。</p>



<ul class="wp-block-list">
<li><strong>ラクダ期 ⇔ A（Accumulation）：経験の蓄積</strong><br>周囲から素直に学ぶラクダ期は、多様な経験を積み重ねる（A）のフェーズに相当します。</li>



<li><strong>ライオン期 ⇔ R（Recognition）→C（Conception）：限界認識からありたい姿の構想へ</strong><br>既存のやり方に「NO」を突きつけて自分軸を築くライオン期は、現状の限界を認識し（R）、自分らしいありたい姿を構想する（C）プロセスに対応します。</li>



<li><strong>子ども期 ⇔ T（Transformation）：意識行動の変容</strong><br>遊ぶように価値を創造する子ども期は、構想した姿を実際の行動に移し、新しい価値を生み出す（T）のフェーズに重なります。</li>
</ul>



<p>外部の正解に依存せずに自分らしいコーリングを育むという観点で見ると、最も重要なのは、ライオン期、すなわち自分らしいありたい姿を構想する（C）プロセスではないかと思います。</p>



<p>そこでは、他者との衝突を前提に、自分の譲れない価値観も大事にしながら、対立ではなく建設的な衝突ができる関係をいかに築いていくかが求められ、この具体策に関する本書の記述はとても参考になります。</p>



<p>ちなみに、ARCTモデルには、「新たな変化や学びを拒む」「限界を直視しない」「その場しのぎの対処」「勇気のある一歩が出ない」という逸脱プロセスがあることが分かっています。</p>



<p>この逸脱プロセスをどのような観点で乗り越えていくかという点で、「ラクダ・ライオン・子ども」という成長モデルの重心を意識することは大きなヒントになると思います。</p>



<p><br></p>



<p><strong>⑤コーリングの成長を支える個人・組織リソース</strong></p>



<p>第6章の4要素「HOME」は、成長プロセスを回すうえで必要なリソースを考える際に、重要な示唆を与えてくれます。</p>



<p>本書では、これらの要素が個人レベルのリソースとして整理されており、一方で、第7章で触れられる組織レベルのリソース（＝コーリングを活かす舞台）では「試行錯誤や自由な対話を増やす工夫」といった提案がなされています。</p>



<p>このリソースの観点は、「人としての器」研究において十分に体系化できていなかったため、個人のリソース（HOME）と組織のリソース（対話の質、心理的安全性、実験機会など）を区別しつつ、成長支援の資源的な枠組みを整理する際の重要なヒントを得られました。</p>



<p>なお、「HOME」の4要素――他者との関係性、内発性、成長実感、粘り強さ――は、器研究チームの顧問・前野隆司先生が提唱している「幸せの4因子」（ありがとう、ありのままに、やってみよう、なんとかなる）とも連動しそうに思いました。</p>



<p>このように捉えてみると、幸せ（ウェルビーイング）は、成長プロセスを円滑に回すうえでの根源的なリソースと言えるかもしれません。</p>



<p><br></p>



<h6 class="wp-block-heading">さらなる探究を進めるための論点</h6>



<p>非常に示唆に富む本書ですが、さらなる探求を進めるうえで、いくつかの課題や論点も見受けられます。</p>



<p><strong>第一に、コーリングという言葉が持つ多義性です。</strong></p>



<p>語源（calling = 呼び声）に立ち返ると、コーリングの概念は、内なる声に「耳を澄まし、出会う」という受け取る側面（受動的）が中核にあるように思います。</p>



<p>一方で、その呼び声に応答し「育み、歩む」という創造する側面（能動的）に関しても、本書では厚く記述されています。</p>



<p>本書はこの両方をコーリングの範囲として扱っていますが、もともとの呼び声というイメージに照らすと、あくまでも前者のイメージが強いため、その声に応答することまでをコーリングの概念に含めてよいのかという境界については、慎重な議論が必要かもしれません。</p>



<p>もしかしたら、コール＆レスポンスという言葉があるように、コーリングはあくまで「呼び声」の範囲にとどめて、そこへの応答（レスポンス）という概念と区別しながら、コーリングとレスポンスの相互作用を説明することによって、この関係性をより明確にすることができるかもしれません。</p>



<p>上記に加えて、コーリングを「持つ」「携える」といった表現が、コーリングを静的な所有物のように感じさせ、本来の動的な性質を見失わせる懸念も感じました。</p>



<p>コーリングとは、本来、それぞれの心の内側に隠れて存在しているものであり、それに耳を澄まして「気づく」「見出していく」ことが重要で、それが微かに聴こえてきたら「育む」「確かめる」という応答（レスポンス）的態度によって、その声を明確なものとして形作っていく（そして、結果として、コーリングを「持つ」「携える」ということになる）――という区別を丁寧に記述していくことで、読者の理解はより深まったのではないかと思います。</p>



<p><br></p>



<p><strong>第二に、偉人の事例が与える印象です。</strong></p>



<p>本書で取り上げられる偉人たちの物語は魅力的ですが、読み手によってはコーリングを「偉大な偉人の業績」と結びつけ、自分とは縁遠いものだと感じさせてしまうリスクも考えられます。</p>



<p>この点は第8章で「コーリングの有無が優劣を決めるわけではない」と補足されているのですが、偉人の事例のインパクトによって、意図とは異なるメッセージとして伝わることもありえるかと思いました。</p>



<p>コーリングという抽象概念を扱う難しさは、それがどの程度明確に「持って」いるかどうかは、厳密に妥当性のある測定ができないため、優れた業績を持つ偉人と容易く結びつけて説明できてしまうことにあると思います。</p>



<p>これは器の概念も同様で、優れた業績や成果を出しているから、あの人は器が大きかったと説明することが、後付けでもできてしまいます。</p>



<p>しかし、この場合には、結果が得られた後で仮説を立てて都合よく説明するという研究不正（HARKing）と同様に、分析者のバイアスが多分に含まれてしまう可能性があります。</p>



<p>そもそも、コーリングが明確な人ほど、優れた業績を持つ偉人のようになることが示唆されるのでしょうか？</p>



<p>逆に、優れた業績を持つ偉人は、みなコーリングを明確に持っているといえるのでしょうか？</p>



<p>言い方を変えれば、コーリングが明確でなければ、優れた業績を出すことはできないのでしょうか？</p>



<p>あるいは、コーリングが明確にもかかわらず、優れた業績を持たなかったという人はありえるのでしょうか？</p>



<p>この点が十分に吟味されたうえで、偉人の事例だけでなく、一般的な人の事例がまんべんなく取り上げられていれば、読み手は、コーリングを特別に崇高なものとして捉えずに、より自分ごとの身近なものとして感じられたのではないかと思います。</p>



<p><br></p>



<p><strong>第三に、最終章「帰還」の位置づけです。</strong></p>



<p>最終章（第8章）は、現在の記述では、コーリングを「人間の尊厳」として捉え直す哲学的な視点が中心となっています。</p>



<p>ただし、「帰還」というタイトルが示すように、自ら育んだコーリングの知見をもって、今度は他者のコーリングに手を差し伸べる「他者支援への展開」として、より明確に位置づけることができたようにも思います。</p>



<p>イメージとしては、<a rel="noopener" href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%81%E7%89%9B%E5%9B%B3" target="_blank">十牛図</a>の最後の「入廛垂手（にってんすいしゅ）」のように、コーリングの旅を終えた人が俗世間に戻り、周囲の人々のために働くような状況が当てはまるかと思います。</p>



<p>そうした位置づけで第8章を再構成したとき、第7章の「拡張」からどのように第8章に結びついていくのか、さらに「第1章」にループさせていくために具体的にどのように他者や社会と関わっていくのかという観点を、より明確に示すことができたかもしれません。</p>



<p>最終章は、自身のコーリングから離れて他者のコーリングに関わろうとするという点で、「器」という概念と最も関連性の高いテーマのため、自らのコーリングを活かしながら他者のコーリングとどう関わっていくかについて掘り下げがいがあります。</p>



<p>個人的には、この章こそ、たくさんの事例を基に、厚みを持った記述がなされると、本書の実践的な価値がより一層高まったのではないかと感じました。</p>



<p><br></p>



<h6 class="wp-block-heading">まとめ：コーリングと器の&#8221;共鳴&#8221;</h6>



<p>コーリングは、赤ん坊の産声のように、まだ名もなき存在がやむにやまれずに発する、か細くも確かな&#8221;叫び&#8221;のメタファーとしても捉えられるのではないかと思いました。</p>



<p>産声が肺という器官を開き、呼吸＝生命の営みを始めさせるように、コーリングが響くとき、私たちの「器」もまた開き、新しい人生が始まっていくと言えるでしょう。</p>



<p>ここでの「器」はコーリングを発現させる場であると同時に、その呼び声に応答して器そのものが開かれ、開かれた器がさらに新しいコーリングを響かせる――という循環的な関係が見て取れます。</p>



<p>この絶え間ない循環によって生じる共鳴を通じて、人生における豊かさが少し遅れて姿を現すことになるのではないでしょうか。</p>



<p>本書は、キャリアの転換期にいる人、今の仕事に言葉にできない物足りなさを感じている人、そしてメンバーとの関わりに悩むリーダーにとって、新たな「呼び声」を届けてくれます。</p>



<p>そのような状況にいる人こそ、「自分は一体誰なのか」「何のために生まれてきたのか」という問いに向き合えるタイミングにあり、その根源的な問いを抱えたまま、ときに迷い、ときに方向性を見失いながらも、それでもまた始まりの声を思い出しながら、それに応答して一歩を踏み出していくことになります。</p>



<p>その試行錯誤の歩みを進めるうえで、いかに自身のコーリングに関わっていくか、いかに他者のコーリングにも敬意を払いながら関わっていくかというヒントが、本書にはちりばめられています。</p>



<p>私たちが耳を澄ませながら本書をじっくりと読み込むことで、そこにある大切な「呼び声」に出会えるのではないでしょうか。</p>



<p><br></p>


<div id="rinkerid3638" class="yyi-rinker-contents  yyi-rinker-postid-3638 yyi-rinker-img-m yyi-rinker-catid-8 ">
	<div class="yyi-rinker-box">
		<div class="yyi-rinker-image">
							<a rel="nofollow" href="https://hb.afl.rakuten.co.jp/hgc/g00q072g.1j6xl492.g00q072g.1j6xmf3e/Rinker_i_20250729220316?pc=https%3A%2F%2Fitem.rakuten.co.jp%2Fbook%2F18239025%2F&#038;m=http%3A%2F%2Fm.rakuten.co.jp%2Fbook%2Fi%2F21613411%2F&#038;rafcid=wsc_i_is_1045469803602008354"><img decoding="async" src="data:image/svg+xml,%3Csvg%20xmlns='http://www.w3.org/2000/svg'%20viewBox='0%200%20128%20128'%3E%3C/svg%3E" data-src="https://thumbnail.image.rakuten.co.jp/@0_mall/book/cabinet/8168/9784761278168_1_5.jpg?_ex=128x128" width="128" height="128" class="yyi-rinker-main-img lazy" style="border: none;"></a>					</div>
		<div class="yyi-rinker-info">
			<div class="yyi-rinker-title">
									<a rel="nofollow" href="https://hb.afl.rakuten.co.jp/hgc/g00q072g.1j6xl492.g00q072g.1j6xmf3e/Rinker_t_20250729220316?pc=https%3A%2F%2Fitem.rakuten.co.jp%2Fbook%2F18239025%2F&#038;m=http%3A%2F%2Fm.rakuten.co.jp%2Fbook%2Fi%2F21613411%2F&#038;rafcid=wsc_i_is_1045469803602008354">Calling 「人生をかけて追求する問い」を見つける究極の思考基盤 [ 垂水隆幸 著 ]</a>							</div>
			<div class="yyi-rinker-detail">
							<div class="credit-box">created by&nbsp;<a rel="nofollow noopener" href="https://oyakosodate.com/rinker/" target="_blank" >Rinker</a></div>
										<div class="price-box">
							<span title="" class="price">¥2,200</span>
															<span class="price_at">(2026/05/02 09:58:12時点&nbsp;楽天市場調べ-</span><span title="このサイトで掲載されている情報は当サイトの作成者により運営されています。価格、販売可能情報は、変更される場合があります。購入時に楽天市場店舗（www.rakuten.co.jp）に表示されている価格がその商品の販売に適用されます。">詳細)</span>
																	</div>
						</div>
						<ul class="yyi-rinker-links">
									<li class="freelink1">
						<a rel="nofollow" href="https://amzn.to/4l2B4Ve" class="yyi-rinker-link">amazon</a>					</li>
																									<li class="rakutenlink">
						<a rel="nofollow" href="https://hb.afl.rakuten.co.jp/hgc/39d18ad9.297ef2e0.39d18ada.dd2a8e35/Rinker_o_20250729220316?pc=https%3A%2F%2Fsearch.rakuten.co.jp%2Fsearch%2Fmall%2Fcalling%2F%3Ff%3D1%26grp%3Dproduct&amp;m=https%3A%2F%2Fsearch.rakuten.co.jp%2Fsearch%2Fmall%2Fcalling%2F%3Ff%3D1%26grp%3Dproduct" class="yyi-rinker-link">楽天市場</a>					</li>
								                											</ul>
					</div>
	</div>
</div>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>【書評】『ロバート・キーガンの成人発達理論』から読み解く現代社会の精神的要求と「器」</title>
		<link>https://h-utsuwa.com/review/kegan-adt</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[hanyu]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 22 May 2025 08:44:44 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[書評]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://h-utsuwa.com/?p=2908</guid>

					<description><![CDATA[2025年4月刊行の『ロバート・キーガンの成人発達理論―なぜ私たちは現代社会で「生きづらさ」を抱えているのか』（英治出版）を、監訳者の鈴木規夫さんよりご恵贈いただきました。 監訳者のお一人である中土井僚さんによれば、本書 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>2025年4月刊行の『ロバート・キーガンの成人発達理論―なぜ私たちは現代社会で「生きづらさ」を抱えているのか』（英治出版）を、監訳者の鈴木規夫さんよりご恵贈いただきました。</p>



<p>監訳者のお一人である中土井僚さんによれば、本書の翻訳には実に7～8年もの歳月が費やされたとのことで、相当な労力をかけられた一冊です。</p>



<p>ロバート・キーガンはハーバード大学の教育学者であり、成人発達心理学の第一人者です。</p>



<p>原著『In Over Our Heads: The Mental Demands of Modern Life』は1994年に刊行。</p>



<p>本書の核心は、原題が示すとおり「現代社会の要求が多くの成人の発達段階を超えている（お手上げ／溺れそうな状態）」というミスマッチにあります。</p>



<p>キーガンは、現代社会が暗黙のうちに課す高度な「精神的要求（隠れたカリキュラム）」に対し、多くの成人がついていけず、家庭や職場、人間関係など様々な場面で困難を抱えていると論じます。</p>



<p>この問題提起は、私たちが日々感じる漠然とした「生きづらさ」や「要求の過剰さ」の正体を浮かび上がらせています。</p>



<p>では、この「ミスマッチ」とは具体的に何を意味し、私たちにどんな影響を与え、どのように向き合っていけばよいのでしょうか。</p>



<p>書籍を手に取った方ならお分かりのとおり、その答えは一筋縄ではいかず、本書は500ページを超える分量でこの問いに挑んでいます。</p>



<p>扱われる概念の深さ、緻密な論理、濃密な記述、そしてキーガン独特の婉曲的なストーリーテリングに、多くの人が戸惑い、途中で挫折したくなる気持ちも理解できます（実際、「プロローグ」でキーガン自身もそのことに自虐的に触れています）。</p>



<p>しかし、巻末に収録された鈴木規夫さんによる熱のこもった解説は、迷宮の暗闇を照らす光のように、本文を理解する大きな助けとなり、再びキーガンの思想の深遠に分け入るモチベーションを与えてくれます。</p>



<p>本書の全体像をつかむためにも、まず鈴木規夫さんの優れた巻末解説をお読みになることをお勧めします。</p>



<p>一方、本記事では、「人としての器」を研究してきた私の視点から印象に残った記述や疑問点を中心に深掘りしますので、皆さまの読解を半歩でも前に進める一助となれば幸いです。</p>



<p><br></p>



<h6 class="wp-block-heading">現代社会が暗黙に課す精神的要求と「器」のミスマッチ</h6>



<p>情報化やグローバル化、価値観の多様化が進む現代社会では、私たち大人に多くの要求が課されます。</p>



<p>たとえば「親として子どもを一人前に育て、家族を引っ張りなさい」「ビジネスパーソンとして責任を持ち、自発的に行動しなさい」「善良な市民として社会に奉仕し、文化や環境にも配慮しなさい」など、複数の文脈で多様な要求が挙げられます（本文P450-451を参照）。</p>



<p>ここでいう「精神的要求」とは、単なる知識やスキルの向上ではなく、より深い――世界や自分自身をどう理解し、関わるかという「質的な態度・能力」に関係するものです。</p>



<p>より具体的には、情報の本質を主体的に取捨選択し、曖昧さに耐え、多様な価値観を理解・統合し、自己を客観視し、複雑な人間関係を調整する――そうした「心のあり方（意味構築）」への高度な要求を指します。</p>



<p>現代社会は、こうした高度な精神的要求を暗黙のうちに課し、多くの成人がそれについていけず、親子・夫婦・仕事など様々な場面で困難を抱えています。</p>



<p>この状況は、「器（キャパシティ）」と「水（精神的要求）」のメタファーを通じて捉えることができます。</p>



<p>現代社会では、かつてないほど大量で複雑な「水」が私たちの「器」に注ぎ込まれていますが、多くの人の器は、その激しさや複雑さにうまく対応できず、結果として水があふれ「お手上げ／溺れそうな（In Over Our Heads）」状態に陥っているのです。</p>



<p>さらに、この要求に応えることには、&#8221;連鎖的な二重性&#8221;が内在していると考えられます。</p>



<p>一つは、社会構造や制度、文化や対人関係の中に客観的に存在する「実在論的な要求」です。<br>もう一つは、その要求を私たちが自身の「意識の秩序（発達段階）」を通じてどう知覚し、意味づけるかという「認識論的な要求」です。</p>



<p>たとえば、ガラスのコップに熱湯を注げば割れますが、熱に強い陶器なら対応できます。</p>



<p>仮に同じ「水（実在論的な要求）」が注ぎ込まれたとしても、器の材質や形状で受け止め方（認識論）は異なります。</p>



<p>つまり、私たちの認識論的な意味構築の姿勢（＝発達段階）が、要求の重みや対処可能性を左右するのです。</p>



<p>また、「連鎖的」という視点では、私たちが要求に応えきれないとき、器からあふれた水（要求）を他者にも課し、連鎖的に困難が増幅する現象が想定できます。</p>



<p>その結果、「お手上げ／溺れそうな」状態が社会全体に広がっていくのです。</p>



<p>だからこそ、私たちが成人発達理論を学び、高次の発達段階への変容を志向し、いかに精神的なキャパシティ（器）を広げていけるかが、本書の主題となっています。<br>（※ただし、この主張自体の妥当性については後述で検討します）</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img fetchpriority="high" decoding="async" width="1024" height="576" src="data:image/svg+xml,%3Csvg%20xmlns='http://www.w3.org/2000/svg'%20viewBox='0%200%201024%20576'%3E%3C/svg%3E" data-src="https://h-utsuwa.com/wp-content/uploads/2025/05/image-1-1024x576.png" alt="" class="wp-image-2917 lazy" data-srcset="https://h-utsuwa.com/wp-content/uploads/2025/05/image-1-1024x576.png 1024w, https://h-utsuwa.com/wp-content/uploads/2025/05/image-1-600x338.png 600w, https://h-utsuwa.com/wp-content/uploads/2025/05/image-1-768x432.png 768w, https://h-utsuwa.com/wp-content/uploads/2025/05/image-1-1536x864.png 1536w, https://h-utsuwa.com/wp-content/uploads/2025/05/image-1-120x68.png 120w, https://h-utsuwa.com/wp-content/uploads/2025/05/image-1-160x90.png 160w, https://h-utsuwa.com/wp-content/uploads/2025/05/image-1-320x180.png 320w, https://h-utsuwa.com/wp-content/uploads/2025/05/image-1-1320x743.png 1320w, https://h-utsuwa.com/wp-content/uploads/2025/05/image-1.png 1600w" data-sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<p><br></p>



<h6 class="wp-block-heading">多くの大人が留まる第3段階「環境順応」</h6>



<p>キーガンは5つの発達段階を定義しています（本書では「次元」と表現されていますが、本記事では「段階」で統一します。これについては鈴木規夫さんの巻末解説もご参考ください）。<br>※この5つの段階については、以前紹介した<a href="https://h-utsuwa.com/review/laske_mhd1" target="_blank">「オットー・ラスキー著『「人の器」を測るとはどういうことか』」の書評記事</a>もご参照ください。</p>



<p>重要なのは「第3段階：環境順応段階」と「第4段階：自己主導／自己著述段階」です。</p>



<p>多くの成人は第3段階に留まり、半数以上が第4段階の意識に十分に到達できないまま人生を終えると指摘されます。</p>



<p>なお、本書の構成は以下の4つのパートに分かれますが、大部分がパート2・3――つまり「第3段階から第4段階への移行」に割かれており、この点にキーガンの問題意識の強さがうかがえます。</p>



<blockquote class="wp-block-quote is-layout-flow wp-block-quote-is-layout-flow">
<ul class="wp-block-list">
<li><strong>パート1</strong>：10代の若者を主題に「第2段階から第3段階への移行」を論じる</li>



<li><strong>パート2・3</strong>：親子、夫婦、仕事、対人支援、学びなどを通じて「第3段階から第4段階への移行」を論じる</li>



<li><strong>パート4</strong>：ポストモダンという社会思想のパラダイムをテーマに「第4段階から第5段階への移行」を論じる</li>
</ul>
</blockquote>



<p>第3段階では、他者や社会の期待・規範に自己のアイデンティティを置き、それに適合することで安定を得ようとします。</p>



<p>このとき、しばしば、自分の外にある問題――組織的な課題やパートナーの不機嫌さなど――までも、自分の責任と感じて抱え込んでしまいがちです。</p>



<p>ただし、この第3段階は「他者とのつながりを重視する価値観」という単純な言葉では片付けられません。</p>



<p>私が本書で考えさせられたのは、この段階に対する捉え方の複雑さ・深遠さです。</p>



<p>たとえば「自律」は第4段階を象徴するキーワードですが、「自律すべき」という価値観自体が、実は社会や周囲からの期待を無批判に内面化した結果である場合も多くあります。</p>



<p>「自律が大事とされているから…」「会社や親が自律を求めるから…」と考えて、自律を志向する場合、その行動基準は依然として「外部」にあり、第3段階のパラダイムと言えるでしょう。</p>



<p>さらに、ややこしいことに、外部からもたらされた目標や使命感を自分自身のものと一体化させ、そこに向けてエネルギッシュに取り組みながらも、その「起源」への内省を欠くケースも見られます。</p>



<p>実際は第3段階の見方をしているにもかかわらず、自分は第4段階に立っていて第3段階より成熟していると思い込んでしまう「妄信的な自律」も、現代社会では珍しくありません。</p>



<p>なぜ多くの大人が第3段階に留まりやすいのか――それは、この段階で希求する所属感や安定感が、人間の根源的欲求に深く結びついているからでしょう。</p>



<p>しかし、その安定・安心の裏側では、自己の起源にある「本当の声」に蓋をして、外部の期待に振り回されてしまう苦悩が潜んでいます。</p>



<p><br></p>



<h6 class="wp-block-heading">第4段階「自己主導」に向かうには？</h6>



<p>第3段階の「外部への埋め込み」から脱却し、真の「自己主導性」を獲得するとはどういうことでしょうか。</p>



<p>これに関しては、いくら言葉で説明を費やしたからといって、たやすく実感できるものではありません。</p>



<p>まず、キーガンが提示する「第4段階：自己主導／自己著述段階」は、単なるスキルや学習スタイルの変化ではありません。</p>



<p>それは、「自分自身」「世界」「自分と世界の関係」の理解そのもの、すなわち「意識の秩序」が根本的に変容することを指します。</p>



<p>私が注目したポイントは、第4段階の人は「体系的思考（セオリー構築）」ができるようになるという点です（認知段階の発達に関しては、<a href="https://h-utsuwa.com/outline/sophia" target="_blank">こちらの記事</a>をご参照ください）。</p>



<p>たとえば、怒りの感情に飲み込まれる第3段階の人に対して、第4段階の人はその感情を客観視し、「なぜその心の状態が生まれたのか」を内省し、状況や関係性を広い文脈で捉え直すことができます。</p>



<p>そして怒りと距離を置き、「相手を変えるのではなく、自分自身を変える」という主体的な対処を選択できるのです。</p>



<p>また、第4段階への移行の鍵は「今まで一体化していたものを区別して捉える」こととも指摘されています。</p>



<p>たとえば「他者の考えを内面化した自分らしい考え」と「他の誰とも異なる自分らしい考え」の区別、「他者からの独立・分離」と「他者と深く関わりながらも自分がオーナーシップをとること」の区別など――。</p>



<p>このような「区別」によって、外部の権威や規範から距離をとり、内的な自律性を確立していくことができるようになります。</p>



<p>ただし、この移行は決して平坦な道ではなく、苦難もあり時間もかかるものです。</p>



<p>第3段階で築いてきた安心感やアイデンティティの基盤を揺るがし、社会的権威や所属への信頼が相対化されることには大きな不安や痛みを伴います。</p>



<p>この点は、私たちが器の成長プロセスモデルで述べる「限界の認識」と重なりますので、<a href="https://h-utsuwa.com/outline/process" target="_blank">こちらの記事</a>もご参照ください。</p>



<p><br></p>



<h6 class="wp-block-heading">「支援」と「挑戦」の絶妙なバランス感覚</h6>



<p>この困難な発達の旅路を進めるには、「支援」と「挑戦」の絶妙なバランスが不可欠であるとキーガンは説きます。</p>



<p>支援なく「挑戦ばかり」では人は不安に苛まれ、失敗を恐れて守りに入り、新しい挑戦を避けるようになります。</p>



<p>逆に、挑戦のない「支援だけ」では現状に安住し、成長の機会や動機づけを失ってしまいます。</p>



<p>しかし現代社会では、多くのことが要求される一方で、適切な「挑戦」も「支援」も、ともに不足しがちです。</p>



<p>適切な支援とは、大人として信頼され、真摯に認められることで、挑戦への心理的な土台や自己受容の感覚が得られる関わりを指します。</p>



<p>成果主義や効率優先のなか、「いたわり」や「思いやり」のような関わりが圧倒的に不足してはいないでしょうか。</p>



<p>適切な挑戦とは、現状の自らの「意味づけのシステム（意識の秩序）」では容易に対応できない、より複雑で高度な思考や行動を求めるような関わりを指します。</p>



<p>しかし現実には、組織・社会が規定する成果を優先し、そうした観点を達成ことを過剰に要求するばかりで、かえって現状の第3段階にとどめる傾向を強めてしまうことも少なくありません。</p>



<p><br></p>



<h6 class="wp-block-heading">なぜ本書は”あえて”難解なのか？</h6>



<p>ここまで述べてきたとおり、第3段階と第4段階の違いは単純ではありません。</p>



<p>むしろ「理解したつもり」になることで、私たちはすぐ第3段階の認知に引き戻されてしまいます。</p>



<p>この点、キーガンが指摘するとおり、「自己主導を目標にした教育・支援」と「自己主導を可能にする意識の促進を目指す教育・支援」は根本的に異なるということを、我々は理解する必要があるでしょう。</p>



<p>前者は表面的な「自己主導的に見える行動」を促し、第3段階的な「期待に応える姿勢」を強化することになります。<br>対して、後者は、内的な「意識の構造」そのものの変容に焦点を当て、時間をかけて自己主導性を育みます。</p>



<p>こうした文脈を踏まえると、キーガンが本書で「一見わかりづらい難解な説明」にこだわっているのは、読者に安易な答えを与えず、主体的な思考を促す「挑戦」の意図があるからではないかとも感じられます。</p>



<p>わかりやすい答えを与え、私たち読者がそれを単純な形で実践に結び付けてしまうことは、結局、第3段階の傾向を助長することになりかねません。</p>



<p>また、「第5段階：自己変容段階」について本書が詳しく触れないのも、読者の発達段階に合わない過度な挑戦を避ける意図があるのかもしれません。</p>



<p>「第5段階のすばらしさがどうあれ、人々の準備が整うまでは、ポストモダンカリキュラム（第5段階の要求）を課すべきではない」との一節は、とても重みのある指摘のように思います。</p>



<p>第3段階の傾向を持つ人が多数派である現代社会において、多くの人々は第5段階をより単純化した形で捉えやすく、その結果、安易な判断で自分は第5段階にいると思い込み、さらに第5段階を絶対的に素晴らしいものとして他者に要求してしまうかもしれません。</p>



<p>すると、多くの人々にとって不必要な混乱や抑圧を招き、かえって学習者の不安を高め、発達を阻害しかねません。</p>



<p>少なくとも、本書を通じて一定の知識を得たからと言って、第5段階を十分に理解できたと自惚れたり、またそれを一方的に教えたり求めたりするのは、慎重になるほうが望ましいかと思います。<br>（※ただし、私たちが研究する「器の思想」では、第5段階に相当するものを射程にいれています。キーガンの第5段階のより深い理解を得るためにも、<a href="https://h-utsuwa.com/outline/meta-modernism" target="_blank">こちらの記事</a>をご参照ください）</p>



<p><br></p>



<h6 class="wp-block-heading">私たちの内なる「情熱」に耳を傾ける</h6>



<p>本書の「エピローグ」の中で、キーガンは「情熱」について言及しています。</p>



<p>「情熱は、それ自体が目的だ」「新たな人生の可能性を予言する」といった言葉からは、それまで緻密に積み上げてきた重厚な論理を超えた、感情面の生命的なエネルギーの強さが伝わってきます。</p>



<p>この情熱こそが「変わりたい」「成長したい」という内発的動機であり、それは現代社会の画一的な要求とは一線を画し、私たち固有に自分らしい可能性をもたらしてくれるための起源と言えるでしょう。</p>



<p>「神でさえ私たち人間がどうなるかわからないのだから、人間が大きな要求で支配する必要があるのだろうか」というキーガンの問いからは、外的な要求を離れたところにある人間という存在の底知れない可能性を心から信じている姿勢が伺えます。</p>



<p>この指摘は、社会の要求を相対化し、より自由な自己創造に向かうことへの力強いメッセージのように感じられます。</p>



<p>社会の要求にただ適応するのではなく、「それは本当に正しいのだろうか」と飽くなき探究と対話を繰り返し、時には規範に抗いながら、内なる情熱に耳を傾けて自分を貫くことが、現代社会に生きる私たちに求められていることかもしれません。</p>



<p><br></p>



<h6 class="wp-block-heading">キーガンの「カリキュラム」を超えて ― 私たち自身の「器」を再構築する旅へ</h6>



<p>『ロバート・キーガンの成人発達理論』は決して易しい本ではありませんが、その奥には現代を生きる私たちの「生きづらさ」の根源と、そこから抜け出し成熟した自己へ成長していくための深い洞察が詰まっています。</p>



<p>ただし、その示唆を本当の意味で血肉化し、私たち自身の成長と社会の発展につなげるには、一つの重要な態度が求められるように思います。</p>



<p>それは、本書の内容を絶対的な「正解」として鵜呑みにせず、本書自体も含んで超える対象として捉え直し、キーガンの理論の限界や他の可能性を吟味しながら、自分ならではの視点でそれを再構築する必要があるという矛盾を含んだ態度です。</p>



<p>そこで、より深い本書の読解と実践にあたり、私自身が感じた疑問点・留意点を最後にまとめます。</p>



<p><br></p>



<p><strong>第一に、「段階」という捉え方の功罪について</strong></p>



<p>キーガンの段階理論（ステージモデル）は目指すべき発達の方向性として強力な枠組みを提供しますが、「段階」という言葉はあたかも一方通行の成長であり、そこに到達すれば常に「立派な人」でいられるという固定観念を植え付けかねません。</p>



<p>元教師であるキーガンが好んで用いる「カリキュラム」という言葉も、「（まるで競争に向かわせるような）唯一の正しいコース」というニュアンスを帯びており、段階の絶対性を強化する要素として働いている懸念があります。</p>



<p>もちろん、キーガン自身は「高次段階が絶対的に良いわけではない」と慎重な態度で述べており、社会環境のコンテクストに応じて、現在の段階に留まることも肯定しています。</p>



<p>それでも「段階」という強いイメージは、とくに第3段階に位置付けられる読者からは「より上位の第4段階こそ優れている」というメッセージに受け取られやすいように思います。</p>



<p>結果として、私たちは「発達」や「成熟」という言葉の持つ多義性やそのプロセスの非線形性や、キーガンのフレーム内に収まらない他の重要な観点がある可能性を見落としがちになってしまいます。</p>



<p>これに対して、私たちの「器」というメタファーは、ステージモデルのアンチテーゼとして、多様な形や材質の美しさを許容するニュアンスを持っています（器には東洋的な”空”の発想が土台にあります。詳しくは、<a href="https://h-utsuwa.com/outline/contents-idea" target="_blank">こちらの記事</a>を参照ください）。</p>



<p>段階理論は、発達という概念を精緻に理解する重要な手がかりである一方で、それがすべてではなく、一つの手がかりにすぎないというアンビバレントな態度が求められるのではないかと思います。</p>



<p>むしろキーガンの段階理論という下敷きがあったおかげで、我々は、その枠組みに安住せず、それを「含んで超える」器のあり方を構想することができるのだと思います。</p>



<p><br></p>



<p><strong>第二に、「要求」に対する本書の視点の偏りについて</strong></p>



<p>キーガンは社会からの文化的な要求と個人の発達段階のミスマッチに光を当て、個人が発達段階を高めてギャップを埋める必要性を力説します。</p>



<p>しかし、その際、どうしても「社会からの要求は所与のもので、それに追いつくべき」という方向性が強調されがちです。</p>



<p>言い換えれば、「いかに高度な要求に応えるか」には光が当たる一方、「その要求自体は本当に妥当なのか、要求そのものを変えることはできないのか」という問いかけは相対的に弱い印象を受けます。</p>



<p>このことは、一見些細な問題に見えるかもしれませんが、実は深刻な帰結をもたらしうるものです。</p>



<p>なぜなら、「要求に応えるために発達段階を高める必要がある」という論理は、いつまでたっても私たちを「外部の期待に応えようとする」第3段階の渦の中から抜け出させなくする可能性に導くからです。</p>



<p>ただし、先述のとおり、キーガンは自身の記述の難解さを通じて、読者である私たちに「社会の本当の要求とは？」「私たちは本当にそれに応えるべきか？」といった根源的な問いを投げかけており、自分自身の頭で独自のセオリーを構築する「挑戦」を促している側面もあります。</p>



<p>このことを深読みすれば、要求に関する問題は、要求される側の発達段階の問題（それは往々にして要求に応えられない人を悪者にしてしまう）でなく、むしろ、要求する側の発達段階にも深く関わっていると言えるのではないでしょうか。</p>



<p>だからこそ、私たち読者としては、要求に応える側の姿勢を意識するだけでなく、（無自覚のうちに）要求を課している側の姿勢のほうに意識を向けながら、本書を読み込んでいく必要があるように思います。</p>



<p><br></p>



<p><strong>第三に、理論の信頼性と根拠について</strong></p>



<p>キーガンは第4段階の説明を通じて自己主導のセオリーを構築する重要性を説きますが、翻って、自身の理論に関しては、あたかも普遍的な真実であるかのように記述する箇所が随所に見受けられます。</p>



<p>私たちが、本書を読む際には、少なくとも同氏の研究が約30年前の、しかも主に欧米のエリート層を対象にしたものであるという限界を認識しておく必要があるでしょう。</p>



<p>また、巻末解説において鈴木規夫さんが、キーガン理論の重要な特徴である「一貫性（異なる文脈でも段階の傾向が安定して現れるという仮説）」に対して、現代の発達心理学の主流派である状況論的アプローチを踏まえたうえで、疑問を投げかけています。</p>



<p>こうした限界があるからといって、本書の内容が信頼に値せず、日本の現代社会にまったく適用できないと言いたいわけではありません。</p>



<p>むしろ、本書から得られる深い示唆は、現代の日本社会に十分に適用でき、大いに役立つ可能性があります。</p>



<p>ただ、それを適切に役立てるうえでも、知識・真実は、時代や文脈、関係性の中で常に問い直され、更新されていくものというスタンスが求められるように思います。</p>



<p>つまり、知識・真実に対するそうした慎重な吟味の態度――複雑な現実の問題に対して、特定領域の閉じたシステムの中で捉えるだけでなく、その現実が様々な立場からどのように見えるのかを俯瞰して問い直し、そのうえで自らが主体的な姿勢で知識・真実を吟味し、評価し、解釈し、判断を下そうとする態度こそが、本書の内容を真の意味での実践に結び付けるために必要になるのではないでしょうか。</p>



<p><br></p>



<p>本書が成人発達理論における重要な一冊であることに疑いの余地はありません。</p>



<p>ただし、それがどれほど伝統的あるいは先駆的で、現代でも色あせない示唆をもたらすものであっても、それを「教科書・バイブル」として受け取るだけでなく、あくまで「足がかり」として、自分自身の経験と問いを基に独自の「理論（セオリー）」を主体的に再構築することが大切になります。</p>



<p>そして、それこそが、キーガンの述べる「第4段階：自己主導段階」が持つべき態度そのものと言えるのではないでしょうか。</p>



<p>概念をただ受け入れるのではなく、自分自身の視点から、システム全体（文化・歴史・個人の文脈）を踏まえて深く吟味し、批判的に考え、新たな意味を創造していく――それこそ、まさしく新たな器づくりに向かう終わりのない旅を意味します。</p>



<p>そして、この旅は決して容易ではなく、たびたび困難に直面し、それでも前に進むためには、適切な「支援」と「挑戦」の環境が欠かせません。</p>



<p>だからこそ、そうした環境づくりを担う人事・組織開発や対人支援の専門家、親、上司、リーダー、そして自分自身と他者の成長を願うすべての人にとって、本書には一読の価値があるヒントであふれていると思います。</p>



<p>キーガンが本書で投げかけた最も深遠な「カリキュラム」とは、その「カリキュラム」自体を独自の方法で問い直して、個々人の情熱が湧き上がる形で再構築して、自分らしい可能性を探究することではないでしょうか。</p>



<p>その旅の困難を抜けた先で、お手上げ状態に見えたものが、実は「バンザイ」だったとわかるような希望にあふれる未来と出会うかもしれません。</p>



<p>そして、そこでは他者や自分自身への「いたわり」と「思いやり」に満ちた新しい関係性――器の響き合いが生まれていることでしょう。</p>



<p></p>


<div id="rinkerid2984" class="yyi-rinker-contents  yyi-rinker-postid-2984 yyi-rinker-img-m yyi-rinker-catid-8 ">
	<div class="yyi-rinker-box">
		<div class="yyi-rinker-image">
							<a rel="nofollow" href="https://hb.afl.rakuten.co.jp/hgc/g00q072g.1j6xl492.g00q072g.1j6xmf3e/Rinker_i_20250530164154?pc=https%3A%2F%2Fitem.rakuten.co.jp%2Fbook%2F18149542%2F&#038;m=http%3A%2F%2Fm.rakuten.co.jp%2Fbook%2Fi%2F21535129%2F&#038;rafcid=wsc_i_is_1045469803602008354"><img decoding="async" src="data:image/svg+xml,%3Csvg%20xmlns='http://www.w3.org/2000/svg'%20viewBox='0%200%20128%20128'%3E%3C/svg%3E" data-src="https://thumbnail.image.rakuten.co.jp/@0_mall/book/cabinet/2757/9784862762757_1_2.jpg?_ex=128x128" width="128" height="128" class="yyi-rinker-main-img lazy" style="border: none;"></a>					</div>
		<div class="yyi-rinker-info">
			<div class="yyi-rinker-title">
									<a rel="nofollow" href="https://hb.afl.rakuten.co.jp/hgc/g00q072g.1j6xl492.g00q072g.1j6xmf3e/Rinker_t_20250530164154?pc=https%3A%2F%2Fitem.rakuten.co.jp%2Fbook%2F18149542%2F&#038;m=http%3A%2F%2Fm.rakuten.co.jp%2Fbook%2Fi%2F21535129%2F&#038;rafcid=wsc_i_is_1045469803602008354">ロバート・キーガンの成人発達理論 なぜ私たちは現代社会で「生きづらさ」を抱えているのか</a>							</div>
			<div class="yyi-rinker-detail">
							<div class="credit-box">created by&nbsp;<a rel="nofollow noopener" href="https://oyakosodate.com/rinker/" target="_blank" >Rinker</a></div>
										<div class="price-box">
							<span title="" class="price">¥5,940</span>
															<span class="price_at">(2026/05/01 22:48:29時点&nbsp;楽天市場調べ-</span><span title="このサイトで掲載されている情報は当サイトの作成者により運営されています。価格、販売可能情報は、変更される場合があります。購入時に楽天市場店舗（www.rakuten.co.jp）に表示されている価格がその商品の販売に適用されます。">詳細)</span>
																	</div>
						</div>
						<ul class="yyi-rinker-links">
									<li class="freelink1">
						<a rel="nofollow" href="https://amzn.to/3HjBus0" class="yyi-rinker-link">amazon</a>					</li>
																									<li class="rakutenlink">
						<a rel="nofollow" href="https://hb.afl.rakuten.co.jp/hgc/39d18ad9.297ef2e0.39d18ada.dd2a8e35/Rinker_o_20250530164154?pc=https%3A%2F%2Fsearch.rakuten.co.jp%2Fsearch%2Fmall%2F%25E6%2588%2590%25E4%25BA%25BA%25E7%2599%25BA%25E9%2581%2594%25E7%2590%2586%25E8%25AB%2596%2F%3Ff%3D1%26grp%3Dproduct&amp;m=https%3A%2F%2Fsearch.rakuten.co.jp%2Fsearch%2Fmall%2F%25E6%2588%2590%25E4%25BA%25BA%25E7%2599%25BA%25E9%2581%2594%25E7%2590%2586%25E8%25AB%2596%2F%3Ff%3D1%26grp%3Dproduct" class="yyi-rinker-link">楽天市場</a>					</li>
													<li class="yahoolink">
						<a rel="nofollow" href="https://shopping.yahoo.co.jp/search?p=%E6%88%90%E4%BA%BA%E7%99%BA%E9%81%94%E7%90%86%E8%AB%96" class="yyi-rinker-link">Yahooショッピング</a>					</li>
				                											</ul>
					</div>
	</div>
</div>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>【詳細解説・書評】オットー・ラスキー著『「人の器」を測るとはどういうことか』（JMAM）</title>
		<link>https://h-utsuwa.com/review/laske_mhd1</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[hanyu]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 29 Mar 2024 02:06:49 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[書評]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://h-utsuwa.com/?p=1464</guid>

					<description><![CDATA[2024年2月末、オットー・ラスキー著『「人の器」を測るとはどういうことか』がJMAM（日本能率協会マネジメントセンター）から刊行されました。 監訳者の中土井僚氏によれば、発売開始3週間で重版が決まったとのことで、にわか [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>2024年2月末、オットー・ラスキー著『<a rel="noopener" href="https://amzn.to/3vxeJeE" target="_blank">「人の器」を測るとはどういうことか</a>』がJMAM（日本能率協会マネジメントセンター）から刊行されました。</p>



<p>監訳者の中土井僚氏によれば、発売開始3週間で重版が決まったとのことで、にわかに注目を集めています。</p>



<p>「人としての器」を研究する私たちから見ても、今後の「器」という概念の広がりを期待させるタイトル・内容であり、私は発売開始直後に一読し、少し時間をおいてから再読しました。</p>



<p>目に見える成果やスキル・テクニックばかりが評価されがちな現代社会に生じている様々な課題を克服するために、「器」という一見わかりづらいものを見ようとする姿勢は、今後、より一層に大切になると思います。</p>



<p>本書の所感を簡潔に言えば、<strong>気軽に読めるほど簡単な内容ではないものの、誰もが読むべき価値のある一冊</strong>です。</p>



<p>特に他者に影響を与える立場にあるビジネスパーソン――経営者、管理職、人事部、コーチ、コンサルタントなどに該当する方は、本書の内容を深く噛みしめることによって、自分を取り巻く世界や他者に対する向き合い方に大きな変容をもたらしてくれるのではないかと思います。</p>



<p>ただし、本書は実務書という位置づけであるものの、専門書に近い内容であり、前提知識がないと読み進めることが難しいかもしれません。</p>



<p>そこで、今回の記事では、以下の5つのトピックにより、本書を挫折せずに読み進められるようなガイドを提供できればと思います。</p>



<ul class="wp-block-list">
<li><strong>①ラスキー博士の略歴</strong></li>



<li><strong>②本書のあらすじと想定読者層</strong></li>



<li><strong>③書籍の構成と各章の要約</strong></li>



<li><strong>④本書で注目すべき5つのポイント</strong></li>



<li><strong>⑤本書を読む際の留意点としての5つのコメント</strong></li>
</ul>



<p><br></p>



<h6 class="wp-block-heading">①ラスキー博士の略歴</h6>



<p>ラスキー博士に関する出版社の著者紹介はこちらです。</p>



<blockquote class="wp-block-quote is-layout-flow wp-block-quote-is-layout-flow">
<p>米国マサチューセッツ州グロスター、インターデベロップメントインスティチュート（IDM）創設者兼ディレクター。社会科学の学者であると同時に、発達コーチ、チーム開発者/ファシリテーターとしても知られている。成人の発達、特に生涯にわたる成人の社会性と情動の発達、認知の発達に関する数冊の著書がある。また国際的な出版物やブログ（<a rel="noopener" href="http://www.interdevelopmentals.org" target="_blank">www.interdevelopmentals.org</a>）に掲載された多くの論文やCDF（Constructive Developmental Framework：構成的発達フレームワーク）の指導者としても知られている。社会科学の研究に加え、作曲家、詩人、ビジュアルアーティストとしても活動している。</p>
</blockquote>



<p><a rel="noopener" href="https://www.library.txst.edu/music/catalogs-and-databases/otto-laske.html" target="_blank">こちらの記事</a>も参考にしつつ、略歴をざっくりまとめてみると以下のとおりになります。</p>



<ul class="wp-block-list">
<li><strong>1936年4月</strong>にポーランドで生まれる（今年で<strong>88歳</strong>！）</li>



<li><strong>20代</strong>：ホルクハイマーやアドルノに師事し、弁証法を学び博士号を取得</li>



<li><strong>20代以降</strong>：詩や音楽をつくり続け、30代前半でボストン (米国) のニューイングランド音楽院に在籍し作曲の修士号を取得</li>



<li><strong>30～50代半ば</strong>：人工知能やコンピューターサイエンス領域の准教授や客員教授やコンサルタントとして活躍</li>



<li><strong>50代半ば以降</strong>：ハーバード大学教育大学院で発達理論を学び直し、さらにマサチューセッツ専門心理学校で臨床心理学を学び心理博士号を取得</li>



<li><strong>60代半ば以降</strong>：インターデベロップメントインスティチュート（IDM）を創設し、発達コンサルティングとコーチングの学術的・実践的な基盤を確立</li>
</ul>



<p></p>



<p>年齢を重ねても新しい分野に挑み続けて学び続ける姿勢が素晴らしいですね。</p>



<p>また特筆すべき点は、<strong>サイエンスとともにアートにも深い造詣がある</strong>ところです。</p>



<p>なお、本書の英語版のサブタイトルは「<strong>The art and science of fully engaging adults</strong>」とあり、直訳すると大人に十分に関わるためのアート（芸術的な技術）とサイエンスとなり、サイエンスだけでは捉えきれないものを大切にしているラスキー博士の意図を感じ取ることができます。</p>



<p>ちなみに、ラスキー博士の作品はこちらからご覧になれます。<br>・詩と曲：<a rel="noopener" href="http://www.ottolaske.com/homepage.html" target="_blank">http://www.ottolaske.com/homepage.html</a><br>・ビジュアル作品：<a rel="noopener" href="https://www.rockportartassn.org/otto-laske" target="_blank">https://www.rockportartassn.org/otto-laske</a></p>



<p>なお、コーチ仲間の高橋美佐さんがラスキー博士について「<strong>88歳を超えてなお輝く、多才な学者の足跡</strong>」と素晴らしいイントロダクションをされていますので、<a rel="noopener" href="https://takahashimisa.jp/33-new-book-by-dr-laske/" target="_blank">美佐さんが書かれた記事</a>も併せてご覧くださいますと幸いです。</p>



<p><br></p>



<h6 class="wp-block-heading">②本書のあらすじと想定読者層</h6>



<p>本書の主題は「<strong>社会的・感情的発達</strong>」と呼ばれる領域であり、<strong>ロバート・キーガン</strong>の発達理論に立脚し、キーガンの測定手法をより実践的に洗練している点に特徴があります。</p>



<p>本書の表紙裏には次のような記述があります。</p>



<blockquote class="wp-block-quote is-layout-flow wp-block-quote-is-layout-flow">
<p>「多くの人たちは発達段階の評価・測定に関して、それらをテストのようなものとみなすような歪められた見解を持っているように思われます。しかし、実際の測定は、実証主義的なインタビュー・メソッドに基づいており、ある種の定性分析なのです」</p>
</blockquote>



<p>この記述の大意として、誰でもできるような再現性があって客観性も担保される手間のかからないテストのような形で発達段階の評価・測定は幻想であり、<strong>インタビューを通じた豊かな語りという定性情報</strong>を用いることで、初めて妥当性のある測定が可能になると指摘している点には強く賛同できます。</p>



<p>言い換えれば、本書では、<strong>一見わかりづらく曖昧にされていた人の発達（あるいは器）の概念を詳細に踏み込んで記述しており、さらにその測定に関するインタビューと分析の方法論を、精緻に解像度高く述べている</strong>ところが特徴です。</p>



<p>それゆえ想定される読者としては発達支援に携わる人、例えば、人材育成の専門家、組織開発の専門家、コーチ、プロセスコンサルタント、キャリアカウンセラーなど、またマネジメントの立場にある者、人事部、経営層、士業、親、先生・教育者など<strong>他者に影響を与える立場にある読者にとって、本書は重大な視点をもたらすと思います</strong>。</p>



<p>なお、序文では、本書が主として「<strong>社会的・感情的発達</strong>」の領域に焦点を当てた第1巻であり、あわせて「<strong>認知的発達（弁証法思考）</strong>」について詳述している第2巻を読むことで、はじめて人の発達を包括的に理解できると述べられている点にも留意が必要です。</p>



<p>ちなみにラスキー博士の発達モデルは、上記の2領域に加えて本書第十章で述べている「<strong>欲求／圧力分析</strong>」があり、さらに統合的な視点である「<strong>精神性（スピリチュアリティ）</strong>」の領域の合計4領域で発達のプロファイリングを行うとされます。</p>



<p>この点で、繰り返しになりますが、本書では「<strong>社会的・感情的発達</strong>」をメインに扱っているため、<strong>本書の内容だけで人の発達（あるいは器）を包括的に理解することはできない</strong>という点は心に留めておく必要があるでしょう。</p>



<p>上述の通り、「社会的・感情的発達」はキーガンの発達理論に立脚しています。</p>



<p>そのため、前提知識として、キーガンの発達理論に言及した加藤洋平氏や中土井僚氏が関わっている成人発達理論の関連書籍をあらかじめ読んでおくと、導入的理解として役立つのではないかと思います。<br>・『<a rel="noopener" href="https://amzn.to/4aeorBH" target="_blank">なぜ人と組織は変われないのか</a>』英治出版<br>・『<a rel="noopener" href="https://amzn.to/3vD2woE" target="_blank">なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか</a>』英治出版<br>・『<a rel="noopener" href="https://amzn.to/4awBgqW" target="_blank">なぜ部下とうまくいかないのか</a>』日本能率協会マネジメントセンター</p>



<p><br></p>



<p>詳細は本書をお読みいただければと思いますが、キーガンの発達段階モデルは「<strong>段階2：手段・道具的段階</strong>」「<strong>段階3：他者依存段階</strong>」「<strong>段階4：自己著述段階</strong>」「<strong>段階5：自己認識段階</strong>」の四段階で構成され、本書の中で繰り返し強調される表（本書のP35より、一部修正して引用）は次のとおりです。</p>



<p></p>



<div class="wp-block-columns is-layout-flex wp-container-core-columns-is-layout-28f84493 wp-block-columns-is-layout-flex">
<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow" style="flex-basis:100%">
<div class="wp-block-columns is-layout-flex wp-container-core-columns-is-layout-28f84493 wp-block-columns-is-layout-flex">
<div class="wp-block-column is-layout-flow wp-block-column-is-layout-flow" style="flex-basis:100%">
<figure style="font-size:16px" class="wp-block-table"><table class="has-border-color has-black-border-color has-fixed-layout" style="border-width:1px"><thead><tr><th class="has-text-align-center" data-align="center"><strong>発達段階</strong><br><strong>の変遷</strong></th><th>段階2<br>手段・道具的段階</th><th>段階3<br>他者依存段階</th><th>段階4<br>自己著述段階</th><th>段階5<br>自己認識段階</th></tr></thead><tbody><tr><td class="has-text-align-center" data-align="center"><strong>他者の捉え方</strong></td><td>自己の欲求を満たすための手段・道具</td><td>自己イメージを形成するために必要な者</td><td>協力者、同僚・仲間</td><td>自己の変容に貢献する者</td></tr><tr><td class="has-text-align-center" data-align="center"><strong>自己洞察</strong></td><td>低</td><td>中</td><td>高</td><td>とても高い</td></tr><tr><td class="has-text-align-center" data-align="center"><strong>価値観</strong></td><td>弱肉強食</td><td>コミュニティ</td><td>自己決定</td><td>人間性・慈悲心</td></tr><tr><td class="has-text-align-center" data-align="center"><strong>欲求</strong></td><td>他者の欲求を退けること</td><td>集団や組織に従属する</td><td>自分独自の価値観を求める</td><td>責任と限界を結びつけて自己を捉える</td></tr><tr><td class="has-text-align-center" data-align="center"><strong>支配欲求</strong></td><td>とても高い</td><td>中</td><td>低</td><td>とても低い</td></tr><tr><td class="has-text-align-center" data-align="center"><strong>コミュニ</strong><br><strong>ケーション</strong></td><td>一方向</td><td>1対1の交換</td><td>対話</td><td>真のコミュニケーション</td></tr><tr><td class="has-text-align-center" data-align="center"><strong>組織における</strong><br><strong>地位・役割</strong></td><td>出世第一主義者</td><td>善き市民</td><td>マネジャー</td><td>リーダー</td></tr></tbody></table></figure>
</div>
</div>
</div>
</div>



<p><br></p>



<p></p>



<h6 class="wp-block-heading">③書籍の構成と各章の要約</h6>



<p>500ページに迫るボリュームの本書は、全十一章から構成されます。</p>



<p>以下、各章をコンパクトに要約していきます。</p>



<p><strong>第一章：私たちはすでに成人以降の心の発達が何かを知っている</strong></p>



<ul class="wp-block-list">
<li>発達段階の理論的背景について述べています。</li>



<li>ここでは人間の心の隠された領域として、目に見える行動や意思決定の背後で意味構築活動を行う<strong>心の深くにある目に見えない意識構造</strong>に焦点を当てて、それを心の成長と表現しています。</li>



<li>この心の成長に「社会的・感情的発達」および「認知的発達」が該当します。</li>



<li>また、それらは非連続な動きで成長するものであり、単に学習（能力開発）をして発達するものではないと指摘されています。</li>



<li>コーチ・発達支援者はそうした目に見えない意識構造に踏み込む必要があり、その理論的なフレームワークとしてキーガンの発達段階モデルを理解することが有効と述べられています。</li>
</ul>



<p></p>



<p><strong>第二章：他者の話に耳を傾ける際に立てる仮説</strong></p>



<ul class="wp-block-list">
<li>発達論に基づいた傾聴・インタビュー方法について、「段階2：手段・道具的段階」を具体例に用いて述べています。</li>



<li>発達論に基づいた傾聴では、発話内容ではなく<strong>発話構造</strong>の理解に努める必要があります。</li>



<li>発話構造は簡単に特定できるものではないため、<strong>仮説を構築しながら、徐々に仮説を検証していく姿勢</strong>が必要になります。</li>



<li>例えば、発達段階2の特徴として「自己の欲求を満たすための手段・道具」として他者を捉えている点が挙げられます。</li>



<li>クライアント（発話者）が「困ったときに同僚に助けてほしい」というテーマで語っていたとき、その重心は自己の欲求を満たすことにあれば、それが依存的な語りであったとしても発達段階3で想定される「依存」と同じ意味ではないことに注意する必要がある、と述べられています。</li>



<li>一方で、「この発話構造は段階2である」という仮説を立てた場合、段階3や4であるという可能性を軽視しがちになるため、常に反論を形成しながら丁寧に仮説を検証する姿勢が求められます。</li>
</ul>



<p></p>



<p><strong>第三章：クライアントの意識構造はどの発達段階にあるか?</strong></p>



<ul class="wp-block-list">
<li>段階2・3・4・5の特徴と、こららの間の移行期における課題について詳細に説明されています。</li>



<li>各段階を要約すると、「<strong>段階2：自分の単一的な視点しかとることができない</strong>」「<strong>段階3：物理的および内面化された他者の期待によって自分を定義している</strong>」「<strong>段階4：自分独自の歴史・価値観によって自己を定義している</strong>」「<strong>段階5：過去の成功や失敗、自分の歴史などを超越し、もはや自分の特定の側面と同一視することはなく、他者を導くことができる</strong>」となります。</li>



<li>また、この章の重要なポイントとして、コーチ・支援者は、傾聴のスキル・能力よりも<strong>コーチ自身の発達度合い</strong>が重要であると指摘されています。</li>



<li>例えば、段階3のコーチは、クライアントから適切な距離を取ることができず、クライアントの発達構造の理解が不十分なまま効果的な支援を行うことができないため、<strong>コーチには段階4以上の成熟が求められる</strong>と言えます。</li>
</ul>



<p></p>



<p><strong>第四章：「単なる」傾聴から仮説に基づいた傾聴への移行</strong></p>



<ul class="wp-block-list">
<li>発達論に基づいた<strong>傾聴の技術</strong>について、より詳しく述べています。</li>



<li>先述のとおり、発達論に基づく傾聴は仮説が重要であり、実証的な証拠を得るための<strong>意識的な仮説構築と検証が求められます</strong>。</li>



<li>一方、発達測定のインタビューでは、クライアントの立場に寄り添ってクライアントの意識の重心構造を理解する必要があり、クライアントの発達段階を探求するうえで、相手の話を公平に聴き入れる<strong>器のような存在</strong>として必要な情報を引き出していくことが求められます。</li>



<li>そのインタビューの重要な四つのポイントは「<strong>クライアントの思考を決して妨げない</strong>」「<strong>コーチ自身の関心・解釈などを持ち込まない</strong>」「<strong>クライアントと同じ気持ちを感じることに躊躇しない</strong>」「<strong>インタビューでクライアントの発達段階を特定する情報を集められなければ、正しい分析結果を得られずに手遅れに終わる</strong>」と指摘されています。</li>
</ul>



<p></p>



<p><strong>第五章：発達リスクとポテンシャルの測定方法：移行段階の区別</strong></p>



<ul class="wp-block-list">
<li>主要な発達段階の<strong>移行段階の特徴</strong>について述べています。</li>



<li>発達段階を見ていくときには移行段階に着目し、意識の重心構造に加えて、<strong>退行リスクと現在の自己を超えていくポテンシャルを踏まえた範囲（レンジ）</strong>として捉えることが重要になります。</li>



<li>例えば、段階αと段階β（=α+1）の間には、α(β)、α/β、β/α、β(α)という四つの移行段階があり、その<strong>発達の過程で揺らぎながら葛藤や自己喪失を抱える</strong>ことになります。</li>



<li>このように移行段階を捉えていくと、段階2から段階5までの間に16個の発達段階を定義することができます。</li>



<li>そして、クライアントへのフィードバックは、現状の発達段階の揺らぎを考慮しながら、次の段階に向かうための支援を意識することが求められます。</li>



<li>そのため<strong>段階3と4の間にいるクライアントと、段階4と5の間にいるクライアントでは、フィードバックのやり方や方向性が根本的に大きく異なる</strong>という点に注意が必要です。</li>
</ul>



<p></p>



<p><strong>第六章：発達的葛藤をどのように理解するか?</strong></p>



<ul class="wp-block-list">
<li>移行期を含む16の発達段階が体系的に解説されています。</li>



<li>この章は、移行段階の詳細な解説を提供していますので、読みごたえのある記述が多くあります。</li>



<li>移行段階のポイントをざっくりとまとめますと次のとおりです。</li>



<li><strong>段階2から段階3の移行に当たっては「他者の視点の内面化」</strong>がキーワードで、自己の欲求・願望・自己イメージに関する自己開示を通じて、他者の期待や他者からの影響を把握することが重要です。</li>



<li><strong>段階3から段階4の移行に当たっては「自己理論（自分独自の価値観）の構築」</strong>がキーワードで、内面化された他者と距離を取り、他者を尊重しながら、自分の個性・独自性を構築することが重要です。</li>



<li><strong>段階4から段階5の移行に当たっては「自分の価値体系に囚われない新たな自己形成のプロセス」</strong>がキーワードで、自身を学習する組織とみなし、自分の限界を指摘してくれる信頼できる他者と深い関係性を結び、相互成長を志すことが重要です。</li>
</ul>



<p></p>



<p><strong>第七章：強力な会話の構造: 行間を読み取る聴き方</strong></p>



<ul class="wp-block-list">
<li>発達論に基づいたインタビュー技術について、事例を交えながら、より詳しく述べています。</li>



<li>発達測定インタビューには、「評価・測定メソッド」としての特徴と、「強力な会話を促す構造化されたインタビューとしての介入的手法」としての特徴を併せ持っています。</li>



<li>評価・測定メソッドとしては、<strong>クライアントの思考の流れに寄り添うこと</strong>が最も重要であり、その後、発達理論に基づいた仮説・検証を行って、クライアントの思考の活性化を促進することが求められます。</li>



<li>強力な会話を促す介入的手法に関しては、クライアントをより高次の発達段階に導く問いかけの具体的事例および留意点について記載しています。</li>



<li>ここでのポイントとして、<strong>コーチがクライアントよりも高度に発達していなければ発達支援は上手くいかず、自己流で発達測定インタビューの技術を習得することは危険である</strong>と指摘されています。</li>
</ul>



<p></p>



<p><strong>第八章：発達測定インタビューにおける仮説の検証方法</strong></p>



<ul class="wp-block-list">
<li>実際の発達段階の測定について、具体的事例を用いながら言及しています。</li>



<li>インタビュー事例の分析に関して、大きく五つのステップで記述されています。</li>



<li>①インタビュー事例の全体に目を通して、クライアントの発達範囲に関する仮説を立てる。</li>



<li>②インタビューの細部を読み込んで、初期仮説に対して批判的な観点を持ちつつ仮説を強固にしていく。</li>



<li>③インタビュアー（コーチ）の強み・弱みについても検討しておく。</li>



<li>④分析シートを用いて、分析対象のビット（切片）ごとに評価し、仮説の検証を行う。</li>



<li>⑤分析結果を基に、次なる発達に向けてどのようにコーチング・メンタリングを行うかを検討する。</li>



<li>実際の分析シートの例などがあり、本章を通じて、インタビュー分析の実務的な理解を深めることができます。</li>
</ul>



<p><strong>第九章：発達論に基づいたコーチング</strong></p>



<ul class="wp-block-list">
<li>この章では、コーチ自身を対象として、発達段階の視点からコーチングを捉えていく重要性について述べています。</li>



<li>コーチングレベルとして、<strong>段階3の他者依存段階のコーチ</strong>、<strong>段階4の自己著述段階のコーチ</strong>、<strong>段階5の自己認識段階のコーチ</strong>が想定されます（なお、段階2の道具主義的段階のコーチは、自分の欲求を満たすことに重心があるため、そもそも他者支援を行うコーチとしてふさわしくないと指摘されています）。</li>



<li>段階3のコーチは、他者の期待によって縛られているため盲目的にベストプラクティスを適用しがちで、必ずしも効果的な支援が期待できるとは限りません。</li>



<li>段階4のコーチは、自分独自のコーチングモデルを構築することができ、ややプロフェッショナルに近づきますが、自分のモデルに過度に固執してしまう懸念があります。</li>



<li>段階5のコーチは、自分の限界を相手にさらけ出し、クライアントとの相互発達を志向し始めて、「他者を支援する」という仮面を脱ぎ捨てた支援モデルを模索し始めます。</li>



<li>ただし、コーチが高い発達段階（＝段階5）にもかかわらず、対峙するクライアントの発達段階（＝段階3）と間のギャップが大きすぎる場合、クライアントにとって負担がかかりすぎてしまい、実際の行動変容に結びつかない懸念も想定されると指摘されています。</li>



<li>また、クライアントの発達段階よりもコーチの発達段階が低次の場合、むしろ発達的に有害・逆効果が生じる可能性があり、<strong>コーチ自身がプロフェッショナルになるためのメンタリングを受け続けて研鑽していく重要性</strong>が説かれています。</li>
</ul>



<p></p>



<p><strong>第十章：欲求／圧力分析</strong></p>



<ul class="wp-block-list">
<li>発達のもう一つの領域である「<strong>欲求／圧力分析</strong>」について、三つのケーススタディを用いて述べています。</li>



<li>欲求／圧力分析では、「自己の振る舞い」「職務に対する姿勢」「対人関係的側面（感情的知性）」の三つの側面に基づく18個の変数によってクライアントの行動的特性を分析します。</li>



<li>三つのケーススタディを通じて、クライアントの行動プロファイルを踏まえつつ、どのようにコーチング戦略を立てていくかが記述されていますので、詳しくは本書をお読みください。</li>
</ul>



<p></p>



<p><strong>第十一章：組織における発達的課題・問題</strong></p>



<ul class="wp-block-list">
<li>ここまで個人の発達段階に焦点を当てていましたが、本章では組織への活用を想定して、組織力学および人材管理における発達論的課題について述べています。</li>



<li>組織におけるメンバーの発達プロファイルを見ながら、メンバー間の発達段階の均衡がとれているのか、マジョリティが低次の段階に偏っているのか（ピラミッド型）、高次の段階に偏っているのか（逆ピラミッド型）という観点から組織を類型化し、誰をキーパーソンとして組織への介入を検討するかに関する視座を与えてくれる内容が記載されています。</li>



<li>また、職務の階層と発達段階が合致した組織を目指すことを理想としたとき、そのための組織のケイパビリティを測定・分析する視点も提供しています。</li>



<li>ただし、本章は応用的な視点であり、今後の発展性を含めた指摘にとどまっているため、本書に記された内容だけで、組織への適用を十分に腹落ちさせるのは難しいように思います。</li>
</ul>



<p><br></p>



<h6 class="wp-block-heading">④本書で注目すべき5つのポイント</h6>



<p>本書で注目すべき5つのポイントを挙げます。</p>



<ol class="wp-block-list">
<li>キーガンの理論モデルに関する段階2・3・4・5の特徴と各段階の限界、そして移行に関して、非常に解像度を高めることができます（詳しくは書籍を読んでくださいますと幸いです）。<br>この理論モデルを知っておくと、人間関係における意見の不一致の根源に関する共通言語を持つことができ、<strong>世の中に対する見え方が変わる</strong>とともに、<strong>自身の成長や相手の発達支援における道しるべを手にすることができる</strong>と思います。</li>



<li>コーチの傾聴姿勢について詳細に言及しており、特に支援者（インタビュアー）が行いがちな自身の好奇心や関心に基づく「なぜ」という質問形式は、発達論に基づくインタビューではあまり好ましくないという指摘は、個人的に大きな気づきとなりました（それによって、クライアントの現在の思考を妨げたり、思考の流れを断ち切ってしまう懸念があるとのことです）。<br>インタビュアーの解釈を基にして正解を提示するより、<strong>クライアント自身に探求させるというプロセス・コンサルテーション</strong>について、あらためて考えさせられました。</li>



<li>クライアントに適切な支援を行うには、少なくとも段階4が求められるという指摘が印象的でした（段階3ではクライアントに期待に応えようとしてしまい、過度にクライアントを喜ばせようとすることになるため、適切な支援ができないとされます）。<br>その意味では、<strong>コーチ・支援者側の発達段階の向上が重要</strong>であり、人に影響を与える立場にある人は、他者の発達を支援するよりも前に、むしろ自分の発達について向き合うことが重要と言えるかもしれません。</li>



<li>クライアントの移行段階を見極めて、その移行段階に応じた支援・フィードバックが必要になります。<br>それを区別せずに、誰に対しても画一的なやり方をとってしまい、段階を考慮した対応ができないと、むしろクライアントを現状の発達段階にとどまることを強化させたり、あるいは後退させたりする危険性もあります。<br>このことは多くのマネージャーにとって重要な示唆となり、<strong>発達段階の違うメンバーには、その段階に応じた関わりを工夫しながら育成を行っていく必要がある</strong>と言えます。</li>



<li>私たちは、つい人の発達（あるいは器）を評価・測定しようと思いがちですが、そもそも「評価する者」と「評価される者」という境界線をつくる発想が段階4にとどまっており、<strong>段階5では相互交流による相互成長を志向するようになり、自他の境界線がほぐれていく</strong>という指摘が重要と感じました。<br>そのような境涯に達しているコーチはレアだと思いますし、私自身も至らないところを日々振り返りながら、自分の成長を見つめ直し続ける必要があると考えました。</li>
</ol>



<p><br></p>



<h6 class="wp-block-heading">⑤本書を読む際の留意点としての5つのコメント</h6>



<p>最後に、本書の留意点として、いくつかの批判的なコメントを付け加えておきたいと思います。</p>



<ol class="wp-block-list">
<li>本書では高次の発達段階に進むときに低次の発達段階を超えて含むと表現されていますが、このときの<strong>&#8220;高低&#8221;の捉え方が過度な能力主義や優生学に結びつく懸念</strong>もあり注意が必要かと思いました。<br>さらに、段階理論（ステージモデル）はまるで退行がないような印象をもたらし、一度、段階5に到達・達成すれば、素晴らしく立派な人であるという固定的なラベリングを植え付けかねません。<br>本書では発達の範囲（レンジ）について言及をしていますが、実際は、置かれた状況や立場に応じて、本書で指摘されるよりもダイナミックに発達段階が動いている可能性があり、それは<strong>根本的に人格的な優劣や良し悪しを測るものではないという前提の認識を持っておくこと</strong>が重要ではないかと思います。</li>



<li>本書では、インタビューデータを数値化して、発達のリスクとポテンシャルを評価しています。<br>たしかに、本書の評価手法は作り込まれていますが、正確な測定には少なくとも1年半以上のトレーニングが必要とされ、本書を読むだけでは使いこなすのに不十分です。<br>組織への適用もかなり応用的で曖昧な内容あり、人の発達という相手の人生や人格形成に大きな影響を与えるコーチや支援者の職業倫理上、<strong>本書を読んだだけの中途半端な理解のまま、実際の発達支援の実務に持ち込もうとすることは副作用を及ぼしかねず、あまり望ましくない</strong>のではないかと思われます。</li>



<li>本書では、1時間のインタビューで発達段階を測定するという方法を述べていますが、そのやり方が本当に正しいのかは疑問です。<br>客観性や公平性を保つために第三者によるインタビュー調査を想定しているのだと思いますが、その分、インタビュー時間に制約が生じ、またクライアントから豊かな語りを引き出すための関係構築に関する問題も生じる可能性があります。<br>例えば、組織のメンバーの発達を考えるときには、管理職である上司が長期間一緒に仕事をする中で見えてきた豊かな情報があり、それに基づく直観のほうが案外正しかったりもするのではないかと思いました。<br>そういう意味では、外部コーチによる第三者的な介入だけがソリューションではなく、<strong>現場の上司が本書で述べられている成人発達理論を学び、自分自身の段階を成長させ続けるとともに、それによってメンバーの発達段階を見極められるようになること</strong>は、現実的には重要と言えるのではないかと思いました。</li>



<li>本書で述べられているとおり、段階2・3・4・5は隠れた意識の構造に関わるものですので、これを<strong>単に知識としてインプットしただけで、当人の重心にある意識の構造が変わるものではありません</strong>。<br>例えば、世の中のマジョリティである段階3の人が、今回の書籍を熱心に学んで、ラスキーモデルをベストプラクティスとして信奉し、そのやり方をマスターした気になって、これが正しい発達測定のやり方であると広めていくようなことをするかもしれません。<br>しかし、それでは真の意味で人々の発達を促すことにはつながらず、少なくとも段階4に到達していないと、本書で取り上げられたモデルを盲目的に信じたまま、モデルとしての正当性を振りかざし続けるという短絡的な行為を招いてしまいます。<br><strong>本書をどう読むか、本書を通じて何を得ようとするかは、読み手の発達段階に多分に影響を受けるため、常に自分自身のことを俯瞰的に見て、自分の発達段階を成長させようと思えるかどうか</strong>が非常に重要になると思います。</li>



<li>本書のタイトルが「人の器を測るとはどういうことか」ということもあり、<strong>過度に測定に対して注目が集まり、測定が目的化してしまいかねないことへの懸念</strong>があります。<br>もちろん測定を通じて段階を可視化することに一定の意味はありますが、測定ばかりに目を奪われると<strong>クライアントの発達に向けた変容を支援するという重要な目的を忘れてしまいがち</strong>になるため、注意が必要かと思います。<br>そもそも完全な妥当性を求めて、精緻に測定できるようになることは、どこまで必要なのでしょうか？<br>もし、クライアントの発達支援が目的であるならば、過度な妥当性追求や再現性への信奉は本来の目的を見失うことにつながりかねません。<br>したがって、<strong>コーチや支援者はプロフェッショナルを目指しながらも、その測定にはバイアスや間違いが常につきまとっているという認識を持ち続け、そのうえでクライアントに対して精一杯にできることをやろうとして臨む姿勢を持つことが現実的な落としどころではないか</strong>と思いました。</li>
</ol>



<p></p>



<p><br></p>



<h6 class="wp-block-heading">まとめ</h6>



<p>タイトルの「人の器を測るとはどういうことか」という問いに対する明確な回答は、本書では述べられていません。</p>



<p>「器」という言葉は、日本語で翻訳された際に当てられたものであり、私たち日本人が想定する「器」とラスキー博士の想定している4領域の発達モデルは完全に一致するものでありません。</p>



<p>日本語の「器」とラスキーモデルで提示された概念との間にどのような重なりがあり、どのように違うのかに関する詳細な検討は、今後、私たち「人としての器」研究チームに課せられた役目ではないかと思います。</p>



<p>また「測る」ということに関しても、本書では、とても精緻な測定手法が解説されていますが、誰にとっても手軽に客観性高く測れるものではないとも述べられています。</p>



<p>本書の主旨を汲み取ると、結局、<strong>測定の精度を高めるには、評価者であるコーチ自身が発達を志向し、成熟していくしかない</strong>ように思います。</p>



<p>そのために、<strong>自身の段階を定期的に見直していくような内省（リフレクション）を行い、より段階の高い人たちとの関わりや対話を通じて、自分の発達段階を引き上げていくような機会を持つことが大切</strong>になります。</p>



<p>そして、不思議なことに、<strong>段階5に至ると、「測る」という強権的な関わりを手放して、相互に学ぶという姿勢を持つようになる</strong>と考えられます。</p>



<p>この点が矛盾すると思われるかもしれませんが、<strong>本書の内容を十分に理解し、そのうえでキーガンのステージモデルもある種の幻想だとわかり、そもそも人の器は測ることもできないし、測れたとしても複雑な現実の一切れを見ているに過ぎないという限界が真に腑に落ちたとき、はじめて「人の器を測るとはどういうことか」という問いに対する回答が明確になるのではないか</strong>と思います。</p>



<p>長くなりましたが、多くの人にとって重要な示唆と問題を提起してくれる優れた書籍に違いありませんので、どうか手に取っていただき、わからないところは一緒に対話しながら理解を深めていければ、とても嬉しく思います。</p>



<p><br></p>



<p class="is-style-border-solid has-border is-style-information-box has-box-style"><strong><span class="marker-under">『「人の器」を測るとはどういうことか』（JMAM）出版記念イベントのレポート</span></strong><br><strong>第1回　2024年4月4日（木）ゲスト：中土井僚氏　レポートは<a href="https://h-utsuwa.com/event/raske-report1-nakadoi" target="_blank">こちら</a></strong><br><strong>第2回　2024年4月19日（金）ゲスト：羽生琢哉氏　レポートは<a href="https://h-utsuwa.com/event/raske-report2-hanyu" target="_blank">こちら</a></strong>　</p>



<p></p>



<p></p>



<p></p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
	</channel>
</rss>

<!--
Performance optimized by W3 Total Cache. Learn more: https://www.boldgrid.com/w3-total-cache/?utm_source=w3tc&utm_medium=footer_comment&utm_campaign=free_plugin

Disk: Enhanced  を使用したページ キャッシュ
遅延読み込み

Served from: h-utsuwa.com @ 2026-05-05 14:28:15 by W3 Total Cache
-->