「人としての器」は、私たちのあり方に常に影響を与えています。
他者と接するときや自身が行動を起こすときなど、その瞬間瞬間に、「人としての器」が体現される形で表れています。
しかし、この「人としての器」とは一体何を指しているのでしょうか?
「人としての器」の構成要素を具体的に明らかにするために、私たち研究チームはアンケート調査を実施しました。
その結果、「人としての器」の構成要素には「感情」「他者への態度」「自我統合」「世界の認知」という4つの領域があることがわかりました。
「人としての器」を学び、そして実践することは、今ここにある自分自身のあり方を、以下の四つの観点で見つめ直すことを意味します。
今、あなたはどのような「感情」を抱いていますか?
今、あなたはどのような「他者への態度」で接していますか?
今、あなたはどのような「自我統合」の過程にありますか?
今、あなたはどのような「世界の認知」を持っていますか?
今回は、「人としての器」を構成する4つの領域について概要を紹介していきます。
「感情」:左上象限
「感情」とは、私たちが経験する喜び、怒り、悲しみ、恐れなどの心の状態、つまり私たちの気持ちや情動を捉えたものです。
感情は、外からの刺激に反応して自分自身の中で発生するものです。
そして外側にも表出しやすいことから、他者からもそれを把握することができます。
また、感情は常に動いていて、その時々の状況によって変化しやすい傾向があります。
人としての器の観点では、冷静で動じないこと、心に余裕があること、感情面の豊かさがあることが構成要素にあります。
自分自身の感情を理解しコントロールしたり、豊かな感情表現で他者と気持ちを共有しあうことは、円滑な人間関係を構築するうえでも重要と言えます。
感情が安定したリーダーは、ハラスメントやメンタルヘルスの問題を防ぎ、より健全な職場環境を作り出すでしょう。
心の余裕や感情的な豊かさは、本人だけでなく周囲にもポジティブな影響を及ぼし、組織全体のウェルビーイングや健康の増進に寄与することが期待できます。
「他者への態度」:右上象限
「他者への態度」は他の人々や社会的な出来事に対する個人の反応やふるまいを表しています。
ここで定義される他者の範囲には、必ずしも人に限らず、生物や無生物(出来事、知識や技術など)を含めて想定されます。
態度は、外に向かって示されることに重心があり、その時々の状況やコンテクストによって変化するものと言えます。
人としての器の観点では、他者への思いやり、導き方、愛情と謙虚さ、そして大きな心で包み込むことが構成要素にあります。
この「他者への態度」は、多くの人がイメージする「人としての器」に最も近いものであると言えるでしょう。
他者に対する思いやり、成長に向けた導き、愛情や謙虚さを通じて相手を包み込むような態度は、人材育成やマネジメントにおいて重要な要素となります。
こうした態度によってお互いに通じ合ったり支え合ったりすることで、より強固なチームづくりにつながると言えます。
「自我統合」:左下象限
「自我統合」は、自分自身と共同体のすべてを受け入れ、人生に意味を見出し、主体的な姿勢で生きていくことと定義されます。
人としての器の観点では、自分らしさと社会性を統合させた信念に向かって、しなやかに挑戦・努力することが構成要素にあります。
重要なのは、自分らしさを大切にしつつも、それを利他や社会性と統合させながら、自らの生きる意味に関しても絶えず変容させていくようなチャレンジを行い続けることです。
こうした「自我統合」の観点は、経験を通じて蓄積・獲得されるもので比較的安定したものと言えます。
しかし、その人らしさや信念は、外からはなかなか見えづらいものであるため正確な把握は難しいという特徴があります。
また、自我統合によって、個々人が自分らしさと社会性を統合させ、信念に向かって柔軟に挑戦・努力する姿勢は、自律的なキャリア形成と関連すると考えられます。
自我統合が進めば、個人や組織が経験する閉塞感を打開し、新たな可能性を見出すきっかけとなるでしょう。
「世界の認知」:右下象限
「世界の認知」は、自身が存在する世界に対する理解と認識、そしてそれに基づいた思考や判断を表す領域です。
人としての器の観点では、広い視野・高い視座から物事を思考・判断することが構成要素にあります。
これは、複雑で動的な現実を丁寧に紐解きながら、それを基に深い思考や洞察を行うものと捉えることができます。
世界の認知もまた、外部からはなかなか認識されにくいものの、一度獲得すれば安定して発揮されると考えられます。
そして、広い視野・高い視座からの思考・判断は、創造的な判断・意思決定に結びつくと言えます。
それは短期的で表層的な問題解決ではなく、本質的な問題の治癒や持続可能なイノベーションを推進する力となると考えられます。
まとめ
これらの4つの領域は「表層-深層」と「内面-外面」の2つの軸で整理することができます。
表層に位置する「感情」と「他者への態度」は外から見えやすく、状況によって変化しやすい特性を持っています。
一方、深層に位置する「自我統合」と「世界の認知」は外から見えにくく、経験や能力として蓄積され、安定する傾向にあります。
また、「内面-外面」の軸では、「感情」と「自我統合」は自分自身(内面)を対象とするもので、自分の感情の状態や主体である自己のあり方を指しています。
こちらは「器を磨く」というイメージで捉えることができます。
一方、「他者への態度」と「世界の認知」は世の中(外面)を対象とし、世の中を包み込むような態度や認知の広がりを示しています。
こちらは「器で包む」というイメージで捉えることができます。
現代社会は対立・格差・不安などさまざまな問題にあふれていますが、一人ひとりが「人としての器」を意識してふるまうことができれば、多くの問題解決に貢献できるはずです。
4つの領域を日常生活の中で意識し、実践することで、自分に対しても他者に対しても優しい心で受け入れられるようになるのではないでしょうか。
私たち「人としての器」研究チームは、日常生活における自身のあり方を見つめ直し、新たな自己変容につなげていく実践の機会を提供していきます。
より詳しく「人としての器」を学びたい方は、金曜の夜は”いれものがたり”にご参加ください。
これまでの研究成果のエッセンスを紹介し、対話形式で理解を深める入門版ワークショップです。
「人としての器」の構成要素に関するアンケート調査の分析プロセスは、下記の学会発表原稿をご参照ください。
羽生琢哉,高橋香,前野隆司,「人としての器」に関する探索的検討,経営行動科学学会第25回年次大会,2022年10月