第25話「わかり合えない夜」
雨の気配が残る夕暮れ。
〈ひとがま〉の土間には、ひんやりした空気が漂っていた。
ゆのみん。つぎっぴー。つぼるん。
それぞれの旅立ちが迫ったこの日、三人の間には昨日までにはなかった『硬さ』があった。
◆ゆのみん
胸の奥に、まだ何か言えないもやがたまっていた。
ふたりは進んでるのに、わたしだけ『家庭』なんだよね……
でも、それって……ダメなことなのかな……?
湯気は弱くなく、ただ、落ち着かない揺れ方をしていた。
◆つぎっぴー
落ち着かずに、金継ぎの線を何度もさわっていた。
海外へ行く……本当は不安でいっぱいだ。
でも、止まっていたらもっとこわい。
ふたりは……ぼくの進路を応援してくれるかな?
それとも、無謀だって思うのかな?
胸がざわついていた。
◆つぼるん
膝の上の土のかけらを指先でずっとなぞっていた。
公共の仕事なんて……本当にできるのか?
ふたりみたいに『気持ち』で動けるわけじゃなく、一つ一つの責任が重たい。
でも……ぼくはぼくの正しさで進みたい。
ただ、その『正しさ』が、ふたりを傷つける気がしてこわかった。
◆きっかけは、ほんの小さな一言
つぎっぴーが勢いを抑えた声で言った。
「ぼく……やっぱり海外、行ってみようと思うんだ」
ゆのみんが息をのんだ。
「そんなに早く……決めるの?」
つぎっぴーは慌てて否定した。
「いや、早いとかじゃなくて……その、動かないとぼく……!」
つぼるんが言った。
「でも……海外ってそんな『やってみよう』で行けるものじゃ――」
その瞬間、空気がピン、と張った。
つぎっぴーの金の線がきしむように震えた。
「つぼるん……また『正論』で止めようとしてる?」
つぼるんは言葉を失った。
止めようとしてるわけじゃ……でも、危ない道を選びそうで……
ゆのみんが、小さくつぶやいた。
「ふたりとも……そんな言い方じゃ、伝わらないよ……」
しかし、その声もまたつぼるんとつぎっぴーの胸をかすかに刺した。
◆『わかり合えない』という感覚
つぎっぴーが、思わず口走った。
「ぼく……走りたいんだよ! 怖くてもいいから! 止まってるほうが、もっと怖いよ!」
つぼるんも声を荒げた。
「ぼくは……走る前に考えたいんだ! 間違えたら戻れないんだよ!」
ゆのみんの湯気が揺れた。
「わたしは……ふたりほど強く進めなくて……。でも、家庭で誰かをあっためたいって思うだけじゃ……だめかな……?」
三人の『正しさ』が一気にぶつかり合った。
雨が降り始めたような静かな音が、土間に響いた。
わかってほしい。
わかりたくないわけじゃない。
でも、どうしても伝わらない。
三人の胸に、同時に同じ痛みが走った。
それは――『わかり合えない』という現実に触れた痛みだった。
◆深夜のような沈黙
誰も泣かなかった。
誰も怒鳴らなかった。
ただ、三つの心が、三つの方向に向いた。
ゆのみんは湯気をしずめた。
「……今日は、これ以上話さないほうがいいかも」
つぎっぴーは視線をそらした。
「うん……なんか、胸が苦しい」
つぼるんは深く息を吐いた。
「……ごめん。でも、たぶん……今日は平行線だ」
三人は、それぞれ別の方向を見た。
距離がある。
壁がある。
影が重ならない。
でも――今は、それで良い気がした。
◆それでも残った『火』の残り香
帰り道、三人は別々の速度で歩いた。
ゆのみんはゆっくり。
つぎっぴーは早め。
つぼるんは一定の歩幅で。
しかし、〈ひとがま〉から少し離れたところで、ふと同時に立ち止まった。
同じ夜空を見上げていた。
何も言わないまま、同じ星を見つめていた。
……わかり合えない夜もある。
でも……離れたいわけじゃない。
三人の胸に、かすかな『火』がまだ残っていた。
その火は、今日の痛みの中で確かに揺れていた。