第33話「ゆのみんの涙」
朝の光がカーテン越しに差し込み、ゆのみんの陶肌を照らした。
「ゆのみん、おはよう~!」
子どもが布団に飛びのってきた。
「おはよ~、まずは一息いれよっか」
ゆのみんはいつもの決まり文句を言い、ぽわん、と湯気を出した。
しかし――その湯気はいつもより、ほんのすこし『軽い』ように見えた。
◆日常は、変わらないはずだった
朝食、送り出し、家事、お茶入れ。
どれも『これまで通り』。
でも、いくつかの場面で、ゆのみんは小さく胸を押さえた。
……なんだろ。ちょっとだけ、呼吸が浅い。
その違和感に気づいても、ゆのみんはすぐに打ち消した。
大丈夫。わたしは、やらなきゃ。
湯気が、努力するように立ち上った。
◆午後――気づかれないように
その日の午後、ゆのみんは子どもと折り紙をしていた。
「ねぇ、ここ、どうやるの?」
「うん、ここね~折って、ひらいて……」
言葉はあたたかい。
湯気もあたたかい。
でも、ふと。
「ゆのみん、聞いてる?」
「あっ、ごめんね~、聞いてるよ~!」
ゆのみんは慌てて湯気をふくらませた。
でも……なんだろ。
時々、すっと意識がどこかに飛ぶ。
けれど、子どもに不安な顔は見せたくない。
そう考えた瞬間、湯気が少し強くなった。
『演じる湯気』
誰にも気づかれないし、ゆのみん自身も、まだそれを『演技』だとは思っていない。
◆夜――電話の向こう
夕飯を終え、子どもが寝静まったころ。
つぎっぴーからメッセージが届いた。
『今日ね! 新しい市場でのお仕事が決まりそうなの!』
ゆのみんはすぐ返信した。
『すごいね~! がんばってるね~!』
その後、つぼるんからもメッセージが届いた。
『地域フォーラムの準備が大変でね……でもまあ、なんとかやれてるよ』
ゆのみんはまた、ぽわんとした絵文字と励ましを送った。
ふたり、頑張ってるなぁ……わたしが弱音なんて言えないよね。
わたしの疲れなんて、たいしたことないし。
スマホ画面の光が消えると同時に、ゆのみんの湯気も少しだけ弱まった。
◆自分を見つめる暇がない
就寝前、ゆのみんは鏡の前に立った。
陶肌に疲れは出ない。
湯気も薄いが、かろうじて出ている。
……大丈夫。大丈夫。明日も、ちゃんとできる。
念じるように言うと、わずかな湯気が立ち上った。
ただ、その湯気は、誰かをあたためるためのものではなく、自分を支えるための『必死の明かり』になりつつあった。
その瞬間、鏡越しに映る自分の目から不意に涙をこぼれ落ちたのを、ゆのみんは目撃した。