第47話「夢が残した温度」
青い窯の朝は、ゆっくりとした霧の中から始まった。
つぎっぴーは、いつものように金線を光らせて元気に若手たちに声をかけようとした。
……が、声が少しかすれていた。
昨日……変な夢を見たんだよね……ゆのみんとつぼるんが出てきて……
あれが……あれが本当に、ぼくを支えてたんだ……
そう思うと、胸の奥がすこしだけあたたかくなった。
けれど現実は、そのあたたかさを維持させてくれなかった。
◆プレッシャーの朝
窯の主・マルタが声を張った。
「つぎっぴー!来月の展示会、オファーが増えてるよ!」
若手たちが一斉に振り返った。
「つぎっぴーさん、すごいじゃないですか!」
「世界デビューですよね?!」
「つぎっぴーさんの金継ぎ、絶対注目されますよ!」
つぎっぴーの金線がぴくりと震えた。
すごい……はずなのに……なんでこんなに……苦しいの……?
明るく笑おうとするが、金線の奥に、小さな痛みが走った。
「え、えへへ……とりあえず……やってみよう……かな……」
声が震えていた。
誰も気づかない――と思ったそのとき。
マルタが静かに言った。
「ツギ……大丈夫か?」
つぎっぴーは反射的に笑った。
「だ、大丈夫だよ! ぼく、昔から挑戦するの得意だし!」
でも、それは『本当の声』じゃなかった。
◆試作台での『崩れ』
昼、つぎっぴーは展示会用の器の修復に取りかかっていた。
欠けている部分に金粉をのせ、細い筆で丁寧につないでいった。
ここは、こうして……この角度でつないで……
む、むずかしいな……若いころなら、勢いでいけたけど……
集中しようとするほど、金線がざわついていった。
ぼくの技術……本当に世界に出せるの?
ぼくみたいな、おっちょこちょいが……もう一度、走り出せるの?
手が震えた。
筆がかすかに滑った。
――『ピシッ』
つぎっぴーの器の縁に小さなヒビが入った。
「……あ」
たった一瞬。
けれど、その音は胸をえぐるほど大きく聞こえた。
ぼく……本当に……ダメなんじゃ……
金線が、曇った。
◆夕方。助けを求められるのに、自分は折れそう
若手のひとりが駆け寄ってきた。
「つぎっぴーさん! すみません、また欠けちゃって……見てもらえませんか?」
……今のぼくに……? 誰かをつなげる力……あるのかな……
でも、つぎっぴーは笑ってしまった。
癖のように。
「だいじょうぶだよ! 欠けても、つながれば……」
声が止まった。
……つながる? 今のぼくに……そんな言葉……言える……?
若手は不安そうに見上げた。
つぎっぴーは気づいた。
『励まし』が『重荷』になっていることに。
ぼく……なんで……こんなにしんどいの……?
◆夜。夢が残した『言葉の温度』
夕食後、つぎっぴーは窯の前に座り込んだ。
火が揺れるたび、昨日見た『夢のぼんやりした声』が耳に残響した。
「まずは一息いれよっか」(ゆのみんの声)
「焦らず、いったん内省しよう」(つぼるんの声)
つぎっぴーは思わず、胸に手を当てた。
あれ……夢だったけど……本当に聞こえた気がする……
ぼく、誰かを励ます前に……まず……自分をつながなきゃ……
火の奥で、小さな『ぽっ』という音がした。
まるで金線が再び光を取り戻すための合図のように。
つぎっぴーは、震える声でつぶやいた。
「ぼく……もう一度……『やってみたい』んだよ……」
「でも……『とりあえずやってみよう』じゃなくて……」
「うまくできなくてもいいから……ちゃんと……自分の足で、自分の手で、やってみたい」
金線がふわりと光った。
さっきまでの曇りが少しだけ晴れた。
そうだ……夢でもなんでもいい……ぼくを支える声があるなら……もう一度、進める……
夜風が、金線をそっとなでていった。