第55話「金線の影」
つぎっぴーは、海外のアートセンターの大ホールに立っていた。
スポットライトが金線に反射し、取材陣のフラッシュが絶え間なく光った。
「つぎっぴーさん! こっち向いて! 『世界がつながるKINTSUGI』について語ってください!」
観客は千人を超え、オンライン配信では十万人以上が視聴していた。
――つぎっぴーは今、『KINTSUGIという概念を世界の共通言語にした器』として、空前の人気を誇っていた。
KINTSUGIはオックスフォード英語辞典にも掲載され、メディアもSNSも『Resilient Beauty(しなやかな美)』として絶賛した。
国連文化機関との共同プロジェクト。
「KINTSUGI for Peace~壊れた世界をつなぐ~」と大きなロゴがステージに映し出されていた。
ぼく……ほんとに、ここまで来たんだ……
胸の奥がじんわりと熱くなった。
◆世界中が求めている『希望の器』
講演が終わると、若手スタッフたちが駆け寄ってきた。
「つぎっぴーさん! 今日のパフォーマンス、鳥肌が立ちました!」
「『欠けても強くなる』というメッセージ……世界中の傷ついた人たちに届いています!」
「本当に……KINTSUGIの象徴です!」
「えへへ……そんなに言われると照れるなぁ……」
金線は明るく輝き、つぎっぴーは誇りで胸が満たされた。
ぼくの『痛み』や『失敗』が、こんなにも多くの人を励ましているんだ……
◆しかし、影は突然やってくる
ところが、記者会見用の器を手にした瞬間――
『ピリ』
指先がわずかに震えた。
……え?
金粉を扱う手が、ほんの少しだけ、揺れた。
スタッフが気づいて覗き込んだ。
「つぎっぴーさん、大丈夫ですか?」
「あ、うん……ちょっと疲れちゃっただけ、かな……」
しかしその言葉は、自分自身に対する『嘘』だった。
疲れ……? いや、違う。これは……違う……
金線の内側で、小さな暗い影が走った気がした。
◆夜、医師からの診断
ホテルの一室で、つぎっぴーは念のために検査を受けた。
修復を専門とする医師は表情を曇らせ、静かに言った。
「……指先の神経が弱っています。おそらく長年無理をしてきた結果でしょう。繊細な作業……とくに『金継ぎ』は、これから控えていただきたいです」
「……金継ぎが……できなくなるということ……?」
金線がかすかに揺れた。
「『やめる』という判断も……現実的に考える時期に来ています」
世界が、すっと遠ざかった。
――世界をつないできた器が、自分自身の『継ぎ目』を失い始めていた。
◆成功の光と、孤独の影
ホテルのバルコニーに出て、夜景を見渡した。
世界中の人たちが求めてくれた。
無数の拍手も声援ももらった。
国も、企業も、アート界も――つぎっぴーを輝かせた。
なのに。
金線が今、泣きそうに揺れていた。
「……ぼく……みんなをつないできたのに……ぼく自身の継ぎ目……守れなかったのかな……?」
その時、ふと頭に浮かんだ。
――〈ひとがま〉の光。
――ゆのみんの湯気。
――つぼるんの深い声。
――陶じいの火。
「ぼくの人生……本当に、幸せだったのかな……?」
金線がほろりと光って、涙が目じりから零れ落ちた。