第56話「最後の金継ぎ」
世界的なKINTSUGI展。
巨大なホールの中央に、一つの器が静かに置かれていた。
『THE GOLDEN TRACE――世界がつながる傷』
それが今回の展示のテーマだった。
つぎっぴーが長年追い求めてきたもの。
世界中の欠けたものを『再び美しくつなぐ』という行為の集大成だった。
◆ステージ裏に漂う緊張
「つぎっぴーさん、準備は万全です!」
「今日のデモンストレーション、観客は満席です!」
「国連文化機関からも代表が来ています!」
「えへへ……ありがとう。みんなのおかげだよ」
でも、胸の奥には、先日の診断が重く沈んでいた。
『これ以上、金継ぎを続けるのは難しいかもしれない』
その言葉が、金線の中にひびのように残っていた。
今日が……もしかして、本当に……最後になるのかも……
◆特別な継ぎ目
ステージ上。
観客のざわめきが静まり、スポットライトがつぎっぴーを照らした。
つぎっぴーは器を両手で抱きしめ、深く息を吸った。
……今日だけは……震えないで……お願いだから……
金粉を持つ指先は、かつてなく慎重だった。
ひと粒ひと粒が世界中の傷ついた人の願いのように重かった。
「――欠けても、つながれば、もっと強くなれる」
その言葉に、観客の心がひとつに静まった。
◆金線が描く、最後の光
つぎっぴーは金粉をすっと走らせた。
その瞬間――金線が、今まででいちばん柔らかく、あたたかく、深く光った。
「わぁ……」
「美しい……」
「これが……つぎっぴー……!」
若手スタッフは涙を浮かべた。
国連の代表も深く感動していた。
……できた……本当に……集大成とも言える、美しい線が……
その金線は、つぎっぴーが積み重ねてきた痛み、失敗、希望、努力、すべての歴史が輝く『人生の総仕上げ』の光だった。
◆終わった瞬間、影が落ちる
展示の大成功に歓声が上がった。
拍手がホールを満たした。
しかし、つぎっぴーは、その歓声の中で、そっと背を向けた。
手が――また震え始めた。
最初より強く。
止められないほどに。
「……あ……れ……?」
会場の隅で膝をついた。
「つぎっぴーさん!? 大丈夫!? 手が……!」
震えは止まらない。
金線が、涙のように揺れた。
――終わったんだ。ぼくの……金継ぎの人生。
心に静かに落ちてきたその言葉は、恐ろしいほど冷たく、そしてなぜか少しだけ、どこか柔らかかった。
◆夜、ひとりで器に触れながら
ホテルに戻り、つぎっぴーは今日継いだ器をそっと抱えた。
指はもう、細かい線を引けない。
「……ねえ。ぼく、ほんとうに……終わっちゃったのかな」
器は何も言わない。
ただ、継いだ金線がやさしく光っていた。
……ぼくは……これからどうしたら……
ふと、〈ひとがま〉の仲間たちの顔が浮かんだ。
ゆのみんの湯気。
つぼるんの穏やかな顔。
陶じいのあたたかい火。
「……帰りたい。〈ひとがま〉に……帰りたい……」
涙が落ち、金線がその涙を吸い込むように光った。
――これが、つぎっぴーの最後の金継ぎだった。