第35話「ゆのみんの本音」
山あいの道を、ゆのみんは、ぽてぽて、と歩いていた。
小雨が降ったあとで、土の匂いが強く香っていた。
……帰ってきた。
胸の奥の火は、まだ弱かった。
湯気もほとんど出ていなかった。
けれどその弱い火が、〈ひとがま〉の方へふわりと引き寄せられているのをゆのみんは感じていた。
◆〈ひとがま〉の戸を開けると
(ガラリ)
「ゆのみん!!」
最初に走り寄ってきたのはつぎっぴーだった。
眩しい金線を光らせて、全力の笑顔だった。
「だ、大丈夫!?欠けてない!?冷えてない!?」
ゆのみんは、思わず笑ってしまった。
「……うん。欠けてはないよ。でも、冷えちゃってた……。ところで、なんでつぎっぴーもいるの!?」
「つぼるんから、昨日、ゆのみんが大変だって、連絡があってさ。いてもたってもいられなくて、考えるよりも先に足が動いちゃったんだよ!」
ゆのみんは、思わず、つぎっぴーらしいなと、微笑んだ。
次に、つぼるんがゆっくり近づいてきた。
「来てくれてよかった。『辛い』って言ってくれたこと……嬉しかったよ」
ゆのみんの胸に、じん、と温かさが戻った。
その瞬間――奥の窯から声がした。
「おかえり」
陶じいが土のついた手で、ゆっくり手招きしていた。
◆窯の前で、ゆのみんは座り込む
「……すえじい……」
その声はかすれていた。
陶じいは、湯気の出ないゆのみんを見つめ、ただ一言、静かに問いかけた。
「火が出んようなったのはいつからじゃ?」
ゆのみんは、胸の奥に手を当てた。
「……わかんない……がんばろうとしたら……気づいたら、冷えちゃってて……」
陶じいはうなずいた。
「ようあることじゃ。器はな、人をあたためようとすると、自分の火を使いすぎることがある」
『トン。』と火箸で窯を叩いた。
「火はな、守るもんじゃなく、戻すもんじゃよ」
◆『火を戻す儀式』が始まる
陶じいはゆのみんのそばに小さな素焼き皿を置いた。
「目をつむってみぃ」
ゆのみんは言われた通りにした。
陶じいは続けた。
「自分の胸に……『ちいさな火が戻る場所』があるのを思い出すんじゃ」
ゆのみんの胸の奥が、かすかに熱を持ち始めた。
「そうじゃ……その火は、誰かのための火やない。おまえ自身のための火じゃ」
ゆっくりと、ゆのみんの陶肌からほんのすこしだけ湯気が立ちのぼった。
つぎっぴーが小声でつぶやいた。
「で……出た……!」
つぼるんも微笑んだ。
「戻ってきたね」
ゆのみんの目から、静かに涙が一筋落ちた。
……わたし……まだ、あたたかくなれるんだ……
◆火の前で語られる、ゆのみんの本音
ゆのみんは、胸に手を当てたまま、ぽつぽつと話し始めた。
「……本当はね……幸せになるのが、ちょっと重かったの」
「『わたしが頑張らなきゃ』って、気づかないうちにずっと思ってた」
「ふたりの前で、弱音を言うの……こわかった……」
つぎっぴーが胸を張って言った。
「言ってよ! だって……ぼくだって、けっこう弱いし!」
ゆのみんは吹き出した。
つぼるんも穏やかに続けた。
「むしろ弱さがある方が、ぼくらは、もっと繋がれるんじゃないかな」
二人の後に、陶じいが言葉を重ねた。
「器はな、欠けても冷えても、また火が通る。それが『成熟』じゃ」
ゆのみんは、胸の奥で火がゆっくり広がっていくのを感じていた。
湯気はまだ細いけれど、確かな温度を取り戻していた。
◆夜の〈ひとがま〉で、三人は静かに過ごした
火に照らされながら、つぎっぴーは旅の話をし、つぼるんは仕事の苦労を笑い話にし、ゆのみんは、ときどき湯気を出して笑った。
それは、『戻る』時間ではなく、『進みながら再び出会う』ような時間だった。
ゆのみんは思った。
……わたし、また頑張れる。
ひとりじゃないって、火が言ってる。
外には、夜風がそっと吹いていた。
その風が、ゆのみんの湯気を優しくゆらした。