第68話「名もなき器」
土を前に座る三人。
窯の火は静かに揺れ、まるで陶じいが後ろから見守っているようだった。
◆1.『こねる』ことは、過去を混ぜること
つぼるんは深く息を吸い、ゆっくりと土をこね始めた。
「……柔らかい。けれど、芯に強さがある」
「わたし、湯気、少し多めに送るね」
湯気がふわりと土を包んだ。
そのたびに土は、まるで小さく息をしているように形を変えた。
つぎっぴーも手を伸ばした。
小さく欠けた部分が、土に触れると金線の光が土粒の間に溶け込んでいった。
「ぼくの『痛かったところ』も……土の一部になるんだね」
「痛みだけじゃない。ゆのみんのあたためてきた時間も、ぼくが悩んできた深さも、全部……この土に折り込んでいく」
「三人の人生が……土の中で混ざるのかな」
そう言ったゆのみんの湯気は、少し涙のような香りがした。
◆2.形にならない『ふくらみ』
土をこねていくと、だんだんと『器のようなもの』が現れ始めた。
でも、壺か茶碗か、皿か急須か……どれにもはっきりしない。
「……不思議な形だね」
「なんていうか……わたしの丸みもあるし……つぼるんの深さもあるし……つぎっぴーの線の流れもある」
「あえて曖昧でいい。ぼくらも今、『名づけられない時期』を生きてるのだから」
名づけられない器は、ゆっくりと丸みと深さを持ち始めていた。
◆3.つぎっぴーの影と、光
土をこねる途中で、つぎっぴーがふと手を止めた。
「つぎっぴー?大丈夫?」
「……うん、大丈夫。ちょっと……息がしにくくなっちゃって」
「休もう。無理は禁物だ」
つぎっぴーは笑おうとしたが、金線の下で少しだけ震えていた。
ゆのみんはつぎっぴーのかけた部分にそっと触れた。
「大丈夫。三人の想いは折り込んだから……あとは完成を待つだけだよ」
「……うん。ありがとう」
そう言った時、金線がふっと強く光った。
それはまるで、『まだ消えるわけにはいかない』と伝えているようだった。
◆4.ゆのみんの湯気が、外へにじみ出す
器を少し高く持ち上げた瞬間、ゆのみんの湯気がふわりと広がり、窓の外へとにじんでいった。
「……ゆのみん、湯気が……」
「えっ? ほんと? なんか、今日はちょっと……軽いの」
「窓の外まで届いてるよ!」
確かに湯気は、春の風に溶けながら外に向かって伸びていった。
まるで、『外から誰かを呼ぶ』ように。
「――誰か、来る予感がする」
「えっ……誰が?」
「分からない。でも、湯気が外に出るのは……『ひとがま』が少しずつ世界とつながり始めた証拠だから」
三人は胸の奥にひそかな期待を抱いた。
◆5.そして、土はひとつの輪郭を示し始める
最後に、つぼるんが掌で器の内側をゆっくり整えた。
すると器の真ん中に、光の筋がすっと通った。
「あ……光……!」
「ぼくの金線が……土の奥でつながってる……?」
「いや……これは三人の火だ」
名づけられない器は、確かに存在し始めていた。
器はまだ未完成。これから焼く必要もある。形も途中。
だけど――これは三人の『第二の人生』そのものだった。
「……完成したらさ……どこに置こうか?」
「ひとがまの真ん中だよ。わたしたち、三人の帰る場所なんだから」
「そうだね。ここが……ぼくらの、『名のない居場所』になる」
三人は小さく笑い合った。
そして器の表面に、春の光がそっと落ちた。