第18話「あるいて届くところ」
昼下がりの山道。
土の匂いがゆっくりと空気に溶けていく時間だった。
ゆのみんは、ぽてぽてと小さな足で歩いていた。
湯気は弱くもなく、強くもなく、ちょうど『普通』の温度。
昨日より、胸が軽い気がする。
背後から、土を踏む静かな足音が聞こえた。
振り返ると、つぼるんが立っていた。
「……ゆのみん、散歩?」
「うん。歩きたい気分で」
つぼるんは迷ってから、少し距離を空けて横に並んだ。
「……ぼくも、歩こうかな」
ふたりのあいだに、小さな風が通り抜けた。
決して近くはないけれど、遠いわけでもない。
その『絶妙なすきま』が、今は心地よかった。
しばらく歩いていると、前方でひとつの影が跳ねた。
つぎっぴーだ。
とはいえ、跳ねたのはほんの一瞬で、すぐまたとことこ歩いてしまった。
あ……
つぼるんとゆのみんの胸が同時にざわついた。
つぎっぴーはふたりを見つけて足を止めた。
けれど、その表情は複雑だった。
「……散歩?」
「うん」
ゆのみんが言った。
つぼるんは言葉を探した。
いつものような『説明』をしないように、昨日ゆのみんに聞いた陶じいの言葉を思い出した。
言葉は……風だ。
そして、そっと言った。
「もし……よかったら、いっしょに歩かない?」
つぎっぴーは一瞬ためらった。
胸の金の線が、歩くたびにかすかに光った。
どうしよう……走りたい気持ちもあるし、まだちょっと痛い気もするし……
だけど、ゆのみんが小さく微笑んで手を振った。
「いそがなくていいよ。『歩くスピード』くらいで、大丈夫だから」
その言葉が、ふわっと胸の奥に届いた。
つぎっぴーの足が、ゆっくり動いた。
すぐ横ではなく、ゆのみんとつぼるんの『少し後ろ』。
でも、確かに近かった。
三人で歩きだした。
山道は、ところどころ石が転がっていた。
つぎっぴーが石につまずきそうになると、つぼるんが無意識に手を伸ばした。
「危ないっ――」
途中で気づき、手を引っ込めた。
つぎっぴーも同時に目をそらした。
ふたりとも、ちょっとぎこちなく笑った。
まだ、うまくできない。
でも……
ふたりの胸に、『戻りたいわけではないけれど、この距離でまた始められるかもしれない』という小さな芽が生まれた。
ゆのみんはその空気を感じて、そっと湯気を広げた。
「ふたりとも、歩くの速いなぁ」
軽い冗談のような声。
つぼるんとつぎっぴーが顔を見合わせた。
「いや、ゆのみんが遅いんだよ」
「うん、ぽてぽて歩きだもんね」
ふたりの声が重なった途端、三人の間の空気が少しだけ柔らかくなった。
風が山の斜面をすべり落ちた。
三人の影をゆっくり一つに近づけた。
歩幅はまだ揃っていない。
影もきれいには重ならない。
でも、『歩きながら届く距離』というものが、世の中には確かにあるのだ。
そんなことを、三人は気づいたかのように、ゆっくり進んでいった。