第17話「風の中のことば」
朝の〈ひとがま〉に、弱い風が吹いていた。
昨日までの澱んだ空気を、そっと流していくような風だった。
ゆのみんは、陶房の裏にぽつんと座り、湯気を少しずつためては吐き出していた。
そこへ、つぼるんが静かにやって来た。
「……ゆのみん、ここにいたんだ」
「うん」
ゆのみんは湯気を揺らしながら答えた。
「つぼるんも、さがしてた?」
つぼるんは少し迷ってからうなずいた。
「えっと……話したいことがあって」
ゆのみんの目が細くなった。
「話したいこと?」
風がふっとふたりの間をすり抜けた。
その一瞬、つぼるんは胸の奥で何かが押されたように、思わず口をひらいた。
「ぼく……つぎっぴーに言った言葉、気になってる。あれ、ただの正しさじゃなくて、たぶん……ぼくの『こわさ』だった」
ゆのみんの湯気がふっと揺れた。
「こわさ……?」
つぼるんはゆっくりと続けた。
「転び続けるつぎっぴーを見ると、なんだか胸がざわつくんだ。ぼくは、あんなふうに動けないから……。ああやって走るのが、うらやましいのかもしれない」
言い終えた。
胸が軽くなったような、それとも苦しくなったような、不思議な感覚が残った。
ゆのみんは湯気を優しく広げた。
「……つぼるん。そんなふうに思ってたんだね」
「うん。でも、どう言えばよかったのかわからなかった」
しばらく沈黙が続いた。
すると、遠くから足音が聞こえた。
つぎっぴーが、ゆっくりゆっくり、坂を降りてくる。
今日は走っていない。
金継ぎの線が夕日にも朝日にも染まらない、ただの『きれいな線』として光っていた。
ゆのみんはつぼるんを見た。
ほんの少しだけ背中を押すように頷いた。
つぼるんは深呼吸した。
胸の黒土が、ぐっと熱くなった。
「つぎっぴー!」
つぎっぴーが振り返った。
その表情には、まだ戸惑いが残っていた。
つぼるんは続けた。
「この間は……ごめん。正しいふりをして、君を守れた気になってただけだった」
つぎっぴーの目が揺れた。
金の線がかすかに震えた。
「……ぼくも、『大丈夫』って言うのがこわい時があるよ」
風が、三人のあいだをゆっくり横切った。
ゆのみんがそっと言った。
「ことばって……風みたいだね。ふわって来たり、すーっと逃げたり。でも、ちゃんと胸に触れる」
つぼるんが頷いた。
「うん。今日の言葉は……逃げなかった気がする」
つぎっぴーも小さく笑った。
「ぼくも。いつもみたいに『とりあえずやってみよう!』って言えなかったけど……。今は、それでいいのかも」
三人の影が、風の上で少しだけ重なった。
言葉はまだ不器用で、伝わらない部分もたくさんあって、心のズレは完全には解けていない。
けれど――今日は、三人とも『風に言葉を乗せる』ことができた。
その小さな一歩が、10代の彼らにとって、大きな前進だった。