第24話「沈黙の競争」
春の雨が、〈ひとがま〉の屋根をやさしく叩いていた。
その音は穏やかで、けれど人の胸の奥を少し冷やす不思議な響きだった。
三人は、雨宿りのように陶房の土間に集まっていた。
陶じいは外に出ていて、今日は三人だけだった。
雨の音だけが、静かに続いていた。
◆ゆのみん
湯気は控えめで、胸のあたりが少し重かった。
わたし……あの家庭に迎えられるのかな。
『癒す』って、ただそこにいるだけでいいのかな……
ふたりはもう行く場所があって……
わたしだけ、形になってない気がする。
湯気は出ているはずなのに、なぜか胸の温度があがらなかった。
◆つぎっぴー
窓際で外を見ていた。
海外……本当に行けるのかな。
やってみたらいいって、陶じいは言ったけど……
ぼく、できるのかな……
金継ぎの線が、雨を受けた窓の反射で揺れて見えた。
つぼるんはもう大人の場所で働こうとしてて、
ゆのみんは家庭で役割を持とうとしてて……
ぼくだけ、なんにも保証がない。
走り出したいのに、足は止まったままだった。
◆つぼるん
土間の隅で考え込んでいた。
公共の仕事……責任が重い。
本当に、ぼくなんかが役に立つんだろうか。
ふたりのように『気持ちを伝える力』がないのに。
胸の奥で、不安がわずかに鳴った。
……ふたりは、もう自分の役割を見つけかけているのに。
考えてはいけないと思いながら、比べてしまった。
◆言葉の前に生まれる『差』
雨音だけが響く土間で、三人は同じ場所にいるのに、まるで別々の方向を見ていた。
ゆのみんが、そっと口を開いた。
「ねぇ……ふたりはすごいよ。ちゃんと進もうとしてて」
つぎっぴーは驚いた顔をした。
「えっ? すごくなんかないよ! ぼくなんて、不安ばっかり……!」
つぼるんも苦笑した。
「ぼくだって……自信なんてない。ただ、誰かから声をかけられただけで……」
三人は互いの言葉を否定しようとしたが、その言葉の奥で、それぞれ別の痛みを感じていた。
つぎっぴーは、
ゆのみんには『安心感』があっていいなと思い、
ゆのみんは、
つぼるんは『知性』があっていいなと思い、
つぼるんは、
つぎっぴーは『行動力』があっていいなと思っていた。
しかし、誰も口に出さない。
でも、胸の奥で響きあっている。
雨脚が少し強くなった。
◆心が勝手に走り出す
沈黙が落ちた。
つぎっぴーの胸がうずいた。
ぼく……一番遅れてる?
いや、走ってないだけ?
いや……ふたりのほうが大人なのか……?
ゆのみんの胸もざわついた。
ふたり……もう背中が遠い。
わたしはただの『家庭の器』でしかないのかな……?
つぼるんは、思わず立ち上がった。
「……ごめん、ちょっと外の空気吸ってくる」
その声には、かすかに焦りが混じっていた。
つぎっぴーも言った。
「ぼくも……ちょっと、走りたい気分で」
ゆのみんは、静かに頷くしかなかった。
三人は言葉を交わさず、静かに土間を離れ、それぞれ別の方向へ歩いた。
◆でも、絶対に離れない『一点』
夕方、雨が上がったあと、三人は偶然にも陶房の前に戻ってきた。
つぎっぴーは、少し息を切らして。
つぼるんは、土の匂いをまとって。
ゆのみんは、少し濃い湯気とともに。
重たい空気を察したゆのみんが、すこしだけ勇気を出して言った。
「ねぇ……わたしたち、ちょっと比べちゃってたのかもしれないね」
つぎっぴーもうつむいた。
「うん……勝手に走って、勝手に焦って……」
つぼるんは静かに続けた。
「勝手に考えて、勝手に落ち込んでた……」
三人はしばらく黙っていた。
でも、不思議と苦しくはなかった。
ゆのみんがふわっと湯気を広げた。
「……でもさ。比べちゃうのって、側にいたいって気持ちの裏返しなんじゃないかな」
その言葉に、つぎっぴーの金継ぎがやわらかく光り、つぼるんの陶肌の影が少し浅くなった。
三人は、静かに並んで夕空を見た。
歩幅はちがう。
方向もちがう。
スピードもちがう。
それでも、帰ってくる場所は――ずっとひとつだった。