第26話「陶じいへの手紙」
夕方の陶房に、静かな光が差し込んでいた。
昨日の『わかり合えない夜』から一日。
三人は、それぞれの胸にまだ重いものを抱えていた。
だが同時に、胸の奥のどこかが『決まってしまった』ような感覚もあった。
◆ゆのみんの手紙(家庭へ迎えられる前夜)
ゆのみんは、小さな紙に向かっていた。
手を震わせながら、ぽてぽてと丁寧に文字を書いていた。
陶じいへ。
わたし、あの家庭に行ってみようと思います。
あの子が、わたしのそばにいると落ち着くって言っていました。
わたしにも『誰かの一部になる場所』があっていいのかなって思いました。
でも本当は少しこわいです。ふたりより遅れている気がして。
でも……心のどこかに『温度』が残りました。
また、〈ひとがま〉に帰ってきてもいいですか?
読み返すと胸が熱くなり、結局その手紙は折り畳んで湯気でふわりと温めただけで、出さずにしまった。
◆つぼるんの手紙(公共施設で働き始める前夜)
つぼるんは、固い紙に慎重にペンを走らせていた。
先生へ。
ぼくは、地域の学習センターで働くことにしました。
正直、胸の奥では不安のほうが大きいです。
ぼくは言葉が遅く、考えすぎてしまうところがある。
でも……そんなぼくでも、『考える火』を役立てられる場所があるのだと、先生が教えてくれたように思います。
ふたりのことを思い返すとき、胸の奥の黒土が静かに熱くなります。
ぼくも、ときどき、〈ひとがま〉に帰ります。
書き終えた紙を見つめると、胸が少しだけ軽くなった。
しかしその手紙も、ポケットにそっとしまわれた。
◆つぎっぴーの手紙(海外へ旅立つ前夜)
つぎっぴーは、金継ぎの線が光る小さな器のふちに寄りかかって座り、勢いよく書き始めた。
陶じいへ!
ぼく、海外へ行ってみるよ!
まだ何もわかってないけど……とりあえずやってみたい!
本当は怖くて震えそうだけど、隠しているともっと怖いから書きます。
ゆのみんも、つぼるんも、それぞれの道を見つけつつあるのに、ぼくだけ足りない気がして焦ってたけど……
それでも、ぼくはぼくのスピードで走ってみます。
欠けたら帰るし、欠けてなくても帰るからね!
読み返して、つぎっぴーは思わず照れくさそうに笑った。
ただ、その手紙も、結局陶じいに渡す勇気は出なかった。
◆三人は、同じ夜に別々の道を決めた
ゆのみんは家庭の灯りへ向かい、つぎっぴーは南欧の港町へ向かい、つぼるんは公共施設へ向かった。
三人は、同じ夜空の下でまったく違う方向に歩いていた。
でも――胸の奥には、『出せなかった陶じいへの手紙』がしまわれていた。
言えなかった気持ちは、一人ひとりの『これから』を静かに照らしていた。
◆陶じいは気づいていた
深夜、陶じいは土間で、三人が残した筆跡の気配を感じていた。
「……手紙を書いたな?」
ゆっくり土の床を撫でながらつぶやいた。
「出さんでもええ。気持ちは、声より先に届くもんじゃ」
その言葉は、三人の胸の奥まで静かに届いていた。
まだ彼らは何も知らないし、何もできていない。
でも、どんな未来がこようと、〈ひとがま〉は、これからもずっと、三人が『帰る場所』でありつづける。