第37話「欠けが恥に見える夜」
朝の市場は、いつもより熱気に満ちていた。
色とりどりの布が風に揺れ、香辛料の匂いが天井近くまで漂った。
つぎっぴーは店の前で深呼吸した。
今日は……ぼくが一人で店番だ……! よし、やってやる……!
金継ぎの線が、少しだけ緊張したように光った。
◆小さな『言い間違い』
観光客の夫婦がやってきた。
「Hi! This is beautiful. How much?」(美しいわ、これ、いくら?)
つぎっぴーは、昨日マルタに教わった通りの英語を思い出しながら答えた。
「えっと……This is cheap! Very cheap!!」(とても安いよ!)
夫婦は笑った。
「Oh, is it cheap? I wonder if the quality is any good?」(あら、安いの? 品質大丈夫?)
つぎっぴーは慌てた。
あっ……!違う違う!『安い』じゃなくて、『お得』って言いたかったのに!
しかし言い直すタイミングを逃し、夫婦は去ってしまった。
胸の奥がズキンと痛んだ。
まぁ……まだ大丈夫……!次がある……!
◆運搬で起きたミス
別の客が大きな陶器を購入した。
「Careful, Tsugi. This one is fragile.」(慎重にな、ツギ。これは割れやすい)
「うん!任せて!」
つぎっぴーは慎重に持ち上げた……つもりだった。
しかし、市場の床の凹みに気づかなかった。
『ガタッ。』
「わ、わっ……!」
『ガシャン!!!』
陶器が大きな音を立てて割れた。
周囲が一瞬静まった。
観光客の男性が怒った顔で言った。
「What are you doing!? I paid for that!」(なんてことを!もう金払ったんだぞ!)
つぎっぴーは必死で頭を下げた。
「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!!」
金継ぎの線が震えていた。
◆仲間の視線が変わる
騒ぎを聞きつけ、マルタが駆け寄ってきた。
「Tsugi!? Why didn’t you call me?」(ツギ!? なぜ俺を呼ばなかった!?)
つぎっぴーは言葉が出ない。
「I told you it’s fragile. You should’ve asked for help.」(割れやすいって言っただろ。助けを呼べばよかったんだ)
店の奥では別の仲間がひそひそと言う。
「ちょっと金線が多すぎるんじゃない?」
「いつも壊してばかりなんんだよ、あいつは」
その言葉が、つぎっぴーの胸をグサッと刺した。
……ぼく……壊れやすい……?『いつも』って……?
視界が揺れ、金線がほの暗く曇り始めた。
◆午後、つぎっぴーの力が抜けていく
市場の喧騒が遠く感じた。
時間がゆっくり崩れていった。
ぼく、ここで……役に立ててない……?
がんばっても……また失敗するんじゃ……?
『とりあえずやってみよう』って……本当に言えるのかな……?
心の奥で、『何か大切なもの』がカラリと落ちた。
その瞬間、つぎっぴーの肩の金線が――『ピシリ』と音を立てて割れた。
かつてない大きなヒビだった。
◆夜、ひとりの屋台の影で
仕事が終わり、つぎっぴーは市場の裏に座り込んだ。
仲間は誰も声をかけない。
マルタも、今日は黙って立ち去った。
どこまでも静かな夜だった。
ぼく……どうして……こんなに弱いんだろ……
金継ぎされても、また割れるんじゃ……意味ないじゃん……
つぎっぴーは、今日初めて『自分の存在』が怖くなった。
胸の金線を指で触れた瞬間、ポロリと土の欠片が落ちた。
「……っ!」
声が出なかった。
ゆのみん……つぼるん……会いたいよ……
夜風だけが答えた。
つぎっぴーは、ひとりで傷を抱えたまま、暗い市場の端で震えていた。