第57話「帰還の器」
展示会から数日後。
アトリエでは、スタッフ全員がつぎっぴーの『成功』を祝う準備でにぎわっていた。
だが、つぎっぴーの金線は、どこか疲れたように揺れていた。
……みんなの笑顔が、今日はまぶしすぎる……
若手の一人が、そっと近づいてきた。
「つぎっぴーさん……手のほう、どうですか?」
「うん……まあ、なるべく動かさないようにしてるよ。だいじょうぶだよ……たぶん」
笑ったが、金線は笑っていない。
若手Bが勇気を振り絞って声を出した。
「……ぼくら、つぎっぴーさんが残してくれた『KINTSUGIの心』をちゃんと広げていきます。だから……」
何かを言いかけて、唇を噛んだ。
「……『だから、無理しないで』って、言いたいんでしょ?」
若手たちは黙ってうなずいた。
◆キャリアを手放す瞬間
つぎっぴーは、アトリエの中央に置いてある『金継ぎの道具箱』を見つめた。
何十年も寄り添ってきた仲間。
自分の人生そのもの。
そっと手を伸ばした。
しかし――触れた瞬間、指が震えた。
もう……ぼくの手じゃ……継げないんだ……
目の奥が熱くなった。
若手Cが、震える声で言った。
「つぎっぴーさん。あなたの金線は……もう世界中に走っています。今度は、ぼくらの線をつないでいきます……。これからも、一緒に見守ってくれませんか……?」
つぎっぴーは、静かに、深くうなずいた。
「……うん。『継ぐ』のは、もうきみたちの番だ」
その瞬間、道具箱の金具がかすかに音を立てて閉まった。
――キャリアの終わりを告げるように。
◆ひっそり決めた『帰国』
その夜、ホテルの窓から街を見下ろしながら、つぎっぴーはひとりでチケットを予約した。
行き先は――日本。
「……帰ろう。ぼくのはじまりの場所に」
金線が、わずかに明るさを取り戻した。
◆飛行機の中で
雲の上を飛ぶ機内。
つぎっぴーは窓に映る自分の姿を見つめていた。
世界の舞台に立って、みんなにつながりを届けて……それでも……いちばん帰りたかったのは……『みんなのところ』だったんだな……
胸がじんと温かくなり、金線がほろりと揺れた。
それは、涙でもあり、希望でもあった。
つぎっぴーは、穏やかな心に包まれながら、いつものより深く、静かに眠りについた。