第60話「灯を継ぐ器」
翌朝。
ひとがまの裏山から差す朝日が、窯の前に座るつぼるんの陶肌に静かに光を落としていた。
昨夜、陶じいの弱った背中を見たまま眠れなかった。
……あの火は……すえじいひとりで守れる火じゃない。
窯の中の火は、確かに弱ってきていた。
だがそれは、『消えそう』なのではなく――誰かを待っている火に見えた。
ぼくが……この火の前に座るべきなのだろうか……?
『知』の器に生まれたつぼるんでさえ、答えはまだ出なかった。
そのとき、背後からゆっくり足音が近づいた。
陶じいだった。
◆陶じい、つぼるんの迷いを見抜く
「……火と話しとるんか」
「……はい。でも……なにを言ってるのか、まだ……よく分かりません」
陶じいは窯の前に腰を下ろし、火の揺らぎをじっと見つめた。
「火はな……言葉じゃなくて、『影』で語るんじゃ」
「影……?」
「おまえの迷いも、わしの老いも、ゆのみんの痛みも……つぎっぴーの震えも……影はぜんぶを映す」
火が、『ゆらり』と上へ伸びた。
「そうやって器が出来上がるんじゃ」
◆『怖い』という本音をさらす
つぼるんは、しばらく黙って火を見つめた。
そして、小さく、震える声を出した。
「……怖いんです」
「うむ」
「ぼくに……この火を守れる気がしない。すえじいのようには……きっとできない」
陶じいは少し笑った。
「つぼるんや。『守れる気がするもの』が火を継いだら……火はすぐに割れるんじゃよ」
「え……?」
「自信はな……火から遠ざかっとる証拠じゃ。怖さを抱えたまま座れるものだけが……火に近づける」
火が波のように揺れた。
「おまえは……ずっと昔から、火のそばにいた」
ゆのみんが初めて湯気をたてた夜。
つぎっぴーが欠けて泣いた日。
三人が火の前で眠った夜。
「……たしかに……いつも、ここで……ぼくらは温まっていました」
「なら、火の言葉はもう知っとる。あとは……座るだけじゃ」
◆決意は、ゆっくり沈むように訪れる
つぼるんは窯の前に正座しなおした。
火の光が、ゆっくりと陶肌の中へ沁み込んでいった。
ぼくは……学習センターを失った。場所も役目も……すべて消えた。
でも……ここで……もう一度、根を張り直してもいいだろうか。
火が『応えるように』優しく揺れた。
「……すえじい」
「うむ」
「ぼく……この火の前に座ります。うまくできなくても……怖くても……ここにいます」
陶じいは、深くゆっくりうなずいた。
「それで、ええ。それが……灯を継ぐということじゃ」
火がふっと明るくなり、つぼるんの影がひとつ長く伸びた。
◆ゆのみんとつぎっぴーへの『呼びかけ』
夕方、つぼるんはひとがまの土間に座り、紙を三枚広げた。
久しぶりに、つぎっぴーの軽やかな金線を思い出し、ゆのみんの優しい湯気を思い出した。
ぼくは……ふたりにも、この火を見てもらいたい。
つぼるんは、ゆっくりと書き始めた。
「――ひとがまの火が、少し弱っています。ぼくは、火の前に座ることにしました。すえじいの影も、前より小さくなりました。きみたちの器の光とともに、また……一緒に、灯したい」
書き終わると、金線を思わせる淡い墨が紙に滲んだ。
ふたりにも……そろそろ戻ってきて欲しい。
夜風が窓を鳴らした。
◆ひとりの窯、三人の帰還前夜
つぼるんは、ひとがまの中央に置かれた窯の前で静かに火を見つめた。
……もう、ひとりじゃ背負えない。
でも……ここに座ることはできる。
それは、つぼるんの50代で得た深い『知の成熟』だった。
火が、まるで仲間を呼ぶかのように、あてもなく揺れた。
その揺らぎは、遠く離れたゆのみんの湯気、海の向こうのつぎっぴーの金線に届いていくようだった。