第69話「焼くか、焼かないか」
名もない器が、〈ひとがま〉の土間の真ん中に佇んでいた。
まだ柔らかい土のまま。乾けば割れるかもしれない。
けれど、焼けばもう二度と形を変えられない。
その『選択』が、三人に静かな揺れをもたらしていた。
◆1.ゆのみん:焼きたい。でも、焼くのがこわい。
ゆのみんは器の前に座り、ふわりと湯気を落とした。
「……焼いたら、強くなるよね」
「そうだね。土の器は焼かないと……形が持たない」
「でも……すえじいが残した最後の土、焼いちゃったら……もう戻れなくなるのかな」
その声は、どこか震えていた。
「焼いた器は、わたしの湯気なんかじゃ変わらないくらいに、強くなる」
変わらなくなるとは、決定づけられるということ。
それは……陶じいがもう戻らなかった時と似てる。
その思いが胸の奥で少し痛んだ。
◆2.つぎっぴー:焼きたくない理由がある
つぎっぴーは、器の上に落ちた自分の金線の粒を見つめていた。
「ぼくは……焼かなくてもいいかなって、ちょっと思ってる」
「え……どうして?」
「焼いたら……ぼくの金線、土に閉じ込められちゃう。いまみたいに……光、動かせなくなるから」
ゆのみんとつぼるんは顔を見合わせた。
つぎっぴーは続けた。
「ぼくの金線は……『つなぎ直す線』じゃなくても……まだ、形を変えて動き回りたい」
その言葉の奥に『身体が固くなっていく恐怖』がうっすら滲んでいた。
◆3.つぼるん:決められない。でも、それが鍵。
つぼるんは器を前にして、何度も息を整えながら、考え込みそうになる頭を抑えていた。
「ぼくは……これを焼くべきか……焼かずにおくべきか……どうしても……判断できない」
「つぼるんが決めちゃえばいいんだよ?」
「いや……これは三人の器。ぼくだけで決めたら、何かを壊してしまう気がする」
「……つぼるんらしいね」
「『決められなさ』が、実は……この器の『形』なのかもしれない」
名のない器は、壺でも皿でもない。焼くべきかどうかも決まらない――それこそが、三人の生きている『途中』を表していた。
◆4.外から誰かの声がする
その時、〈ひとがま〉の外からふわりと声がした。
「……あれ? ここ……煙が出てるのかしら?」
ゆのみんの湯気が、風に流されて外へ漏れていたのだ。
「誰か来た……!」
「えっ……誰?お客さん?」
「誰か呼んでたっけ……?」
三人がそっと扉を開けた。
そこには――若い夫婦と、小さな子どもが立っていた。
「ここ……あったかいにおいがする!」
「湯気……? 誰か……いるの?」
ゆのみんは胸の奥がふっとひらくのを感じた。
あ……わたしの湯気が……誰かを連れてきたんだ。
「……すえじいが言ってた。『器は、人を連れてくる』って」
「名のない器も……もう、『ここだけの器』じゃなくなるのかも」
火がやさしく揺れた。
名のない器の表面が、小さく光った。
三人は、新しい訪問者を前に静かに息を飲んだ。