第70話「新たな訪問者たち」
ひとがまの扉を開けると、春の風に揺れる草の匂いとともに、若い夫婦と、その間に立つ子どもが現れた。
子どもは大きな瞳で、〈ひとがま〉の奥をのぞきこんだ。
「なんか……あったかいところ!」
「こんにちは。道を歩いていたら、ふわっと湯気みたいな香りがして……気になって来てしまいました」
ゆのみんは胸がふわりと動いた。
わたしの湯気……誰かの心に、届いたんだ。
◆1.『器たちが見える人』だった
父親は窯の前を見て、首をかしげた。
「ここ……不思議ですね。まるで、器たちが息をしているみたいだ」
「……え?」
「いや、すみません。変なことを言ってしまいましたね。でも……なんとなく、見える気がするんです。器が『生きている』感じ」
あ……この人たち……すえじいと同じ『見える人』だ。
母親もゆっくり頷いた。
「わたしたち……夫婦で陶芸を趣味にしていて。うまく言えないんですけど……時々、『器の声』が聞こえるんです」
ゆのみんの湯気が、ふわっと明るく揺れた。
「……すえじいが呼んだんだ」
◆2.子どもが名のない器に触れた瞬間
子どもはふらりと歩み寄り、名のない器を前に立ち止まった。
「あっ、だめよ。まだ――」
止めるより早く、子どもは両手で器の縁に触れた。
その瞬間、器の表面に淡い光が走った。
「え……!」
「ぼくの金線と同じように……反応してる……?」
そして、名のない器の『丸み』が、ほんのすこし膨らんだ。
それはまるで子どもの鼓動に応えるようだった。
「この器……まだ決まってないから、きっと何にでもなれる!」
すごい……この子には、ちゃんと見えてるんだ、とつぼるんは思った。
◆3.『焼く/焼かない』の新しい視点
夫婦は器を見つめ、しばらくして静かに口を開いた。
「この器……焼かなくても完成しているようにも見えるし、焼いたら全然違う姿になりそうでもある」
「名もない器……ですね。でも……それでいい」
「それで……いい?」
「『焼かないこと』は、まだ変化し続ける自由を残すこと。『焼くこと』は、今の姿を確かに刻むこと」
「どちらが正しいというわけではなくて……器が『どう生きたいか』なんですよね」
「器が……生きたい形……」
「ぼくたち……器に『生き方』を問い返されてるのかも」
「人生は……『固定』ではなく『選択の連続』かもしれない」
◆4.ゆのみんの湯気が、外の世界へと橋をかけた
母親が、ゆのみんをじっと見た。
「あなた……あたたかい湯気を出しているのね」
「えっ……見えるんですか?」
「ええ。とても優しい湯気。この子が導かれた理由が、分かりました」
「この湯気……ぼくの胸、ぽかぽかになる」
ゆのみんは思わず胸をおさえた。
わたしの湯気は……三人だけのものじゃないんだ……
◆5.外の世界との『つながり』が生まれた
「もしよければ……また、ここに来て器を見てもいいですか?」
「もちろん!」
「ようこそ、ひとがまへ」
「ぼくら……まだ『焼くかどうか』の答えは出ていないけど……あなたたちが来てくれたことで……外の世界とつながることができました」
「ええ。器は、人と出会うたびに変わりますから」
子どもは名のない器に向かって小さく手を振った。
「またね、なまえのない器くん!」
――そして三人は、器の表面に、反射する光が増えていたことに気づいた。
それは『外の世界とのつながり』がひとつ刻まれた証だった。