第71話「器が呼ぶ未来」
久しぶりの訪問者たちが去ったあと、〈ひとがま〉には、これまでとは違う『風』が流れていた。
名のない器は、土間の中央で静かに光を宿していた。
「……なんか……この器、ちょっと嬉しそうじゃない?」
「うん……ぼくには、少しふくらんで見えるよ」
「外の人と触れたことで……器が『未来』に向かって動き始めたのかもしれない」
◆1.湯気が『役割』として戻り始める
窓を開けると、春の光が差し込み、風がそっとひとがまを撫でた。
ゆのみんの湯気が、光と混ざりながらゆっくりと外に流れていく。
「ゆのみんの湯気……今日は昨日より広がっている」
「人をあたためたい気持ちが……ふくらんでるのかも」
「外の人たちに届くのかもしれないよ!」
「だったら……うれしいな」
その瞬間、外から鳥のさえずりが聞こえ、ゆのみんの湯気と重なるように響いた。
わたしの湯気……ひとがまの外とつながり始めた。
◆2.金線に『新しい揺らぎ』
つぎっぴーは名のない器の横に座り、自分の金線をそっと見つめた。
金線は、昨日よりわずかに太く、そして柔らかい光を放っている。
「……なんか、線が……『呼吸』してるみたい」
「昨日、子どもに触れられたからかな?」
「ぼく……ずっと、『治す線』じゃないとダメだと思ってた。元の自分に戻る、いや元の自分よりも強くて美しくなることが必要なんじゃないかって」
「でも今は……『つながる線』に変わってきたように見えるよ」
「そうか……ぼくは『治す』じゃなくて『つながる』ために……線を持ってたのかもしれない」
光は弱いが、確かにあった。
しかし同時に――つぎっぴーの表面の一部が以前より冷たく、固くなっているのを、つぼるんは見逃さなかった。
(つぎっぴーの病気……進んでる? けれど今は……言わないでおこう)
◆3.決められない自分を許し始める
つぼるんは名のない器を前に、深くため息を吐いた。
「……ぼくは、やっぱり決められないままだ」
「それでもいいんじゃない?」
「いや……本当は、決断できない自分がずっと嫌だった。すえじいがいた頃から」
「でも、すえじいはいつも言ってたよね。『焦るとヒビが入る』って」
「……うん、そうだな」
「焼くか焼かないか、『まだ決められない』ってことは、逆に、この器がまだ成長できるってことじゃない?」
「変わり続ける自由があるってことだよ」
つぼるんはしばらく目を閉じた。
そして、静かに呟いた。
「……決められないまま、生きていいのかもしれない。だとしたら、決めないことを、決めればいいのか」
その言葉を口にすると、名のない器がわずかにふくらんだ。
これだ……この器は完成しないから味がある。ずっと『途中のまま』でいるための器だ。
◆4.外の世界と〈ひとがま〉のあいだに橋がかかる
ふと、外から小さな音がした。
コン……コン……
「誰か……?」
扉を開けると、昨日の子どもがおり、父と母が後ろに立っていた。
「また来ちゃった。今日、ぼく……この器、会いたかった」
「ようこそ!」
「昨日、帰ってから……器のことが頭から離れなくて」
「この器に……なんというか……『呼ばれている』気がしたんです」
やっぱり……ゆのみんの湯気が呼んでるんだ。
「もしかすると……器は本当に『呼んで』いるのかもしれませんね」
家族は静かに頷いた。
◆5.名のない器が未来を示す
子どもが器に近づいた瞬間――器の奥で光がふわりと回った。
「……これは……過去と未来がまじりあったような光ですね」
「焼く/焼かないではなく……『いつでも焼けるように』準備をしている光」
「まだ名前はないけど……これから何度も形を変える……過去と未来を織り込んだ器」
「……過去と未来……?」
「ぼくたち三人も、まだ『途中』なんだよね」
「ああ……この器と同じだ」
名のない器は、三人と家族の視線を集めながら、静かに光を宿していた。
可能性にあふれる今が、この器の中に少しずつ積り始めていた。