第75話「ふたり、もう一度」
その三日後。
ひとがまの前に、ひとつの影が落ちた。
ゆのみんは湯気を揺らしながら外をのぞいた。
「……お父さん?」
そこには、かつて自分を大切に使ってくれていたあの『お父さん』が立っていた。
以前よりも背が丸く、目の下には深いしわが刻まれていた。
でもその目は――間違いなく、ゆのみんを見つけて震えていた。
「……本当に……ゆのみん、なのか……?」
◆1.『失った時間』の重さが、顔に刻まれていた
父はゆっくり近づき、ゆのみんの縁にそっと触れようとした。
手が震えている。
「すまなかった……あのとき、家族のことばかりで……お前を守ってやれなかった……」
ゆのみんは、小さな声で言った。
「……お父さんは……お母さんと家族を守ろうとしていたんだよね?」
父は胸を押さえ、うつむいた。
「守れなかったんだ……誰も。妻も、子どもも……お前まで……」
その言葉には、長い年月が削ったような疲れがにじんでいた。
ゆのみんがそっと近づいて言った。
「人はね……『全部守る』って思うと、壊れてしまうものなんだよ」
父は、はっとしてゆのみんを見た。
温かで優しい湯気を伸ばしながら、ゆっくり語った。
「守りたい思いが強い人ほど、自分を後回しにして、大切なものが見えなくなるんだ」
父は唇を噛みしながら、頷いた。
◆2.母が現れ、風がすれ違いを運ぶ
その時、ひとがまの裏の坂道から、母が歩いてきた。
「あなた……?」
「……来てくれたのか」
母は立ち止まり、少し迷ったあと、近づいてきた。
「わたし……ゆのみんに会って……あなたと話さなきゃって、思ったの」
「俺もだ……やっと、向き合える気がしたんだ」
その距離は、たった数歩なのに途方もなく長く感じた。
ゆのみんの湯気が、そのあいだにふわりと流れ込んだ。
「ここはね、お喋りがゆっくりできる場所だから」
◆3.二人の胸の奥がほどけていく
母は静かに口を開いた。
「あなたとすれ違っていた頃……わたし、ずっと怖かったの。家族が壊れてしまうんじゃないかって」
「俺もだ……どうしていいかわからなくて……仕事に逃げて……お前の気持ちを受け止められなかった」
「わたしたち……『家族を守る方法』を知らなかったのね」
「……ああ。でも、もう一度……勉強し直してもいいだろうか」
つぎっぴーがそっと前に出た。
「ねえ……欠けたところから、またつながることってあるよ」
つぎっぴーの金線が、春の光を受けてやさしく輝いた。
父も母も、その線を見つめた。
「……俺たちも……金継ぎ、できるだろうか」
「少しずつ……でいいなら」
ゆのみんの湯気が、二人の手の上であったかい膜を作った。
「うん……急がなくていいよ。家族はね、守るんじゃない、『育つ』んだよ」
母の目から涙が落ち、父はそっとその手を握った。
◆4.ひとがまの前で、再び並ぶふたり
夕方、ふたりは並んで、ひとがまの前に座っていた。
「久しぶりね……こんな風に座るの」
「……ああ。あの頃の食卓を思い出すな」
ゆのみんはぽてぽて近づいて、ふたりの間にそっと座った。
「ねえ……また三人でお茶飲んでくれる?」
「もちろんよ」
「ああ。また一緒に飲もう」
つぼるんは静かに微笑み、つぎっぴーは金線を揺らして嬉しそうに弾んだ。
その瞬間――名のない器が、コトンと明るい音を立てた。
まるで、ずっと待っていた『家族の金継ぎ』がようやく始まったことを祝福するように。