第87話「老いの夜、三人で見た夢る」
つぎっぴーが旅立ってから、季節はゆっくりと進み、気がつけばすっかり冬が沈んでいた。
ひとがまの夜は冷え込み、庭の木々は霜をまとい、月だけが澄んだ光を落としていた。
つぼるんは書庫で、ゆのみんは『湯気のひろば』の準備を終え、ふたりはそれぞれの場所で灯りを消して眠りについた。
その夜――ふたりはまったく同じ『夢』を見た。
◆1.夢の中の『ひとがま』
夢の中には、あの懐かしい『若い頃のひとがま』があった。
木の家はまだ新しく、庭には緑があふれ、窯の火は元気に赤く燃えている。
「……ここ……昔のひとがま……?」
「これは……夢、か?」
ふたりはゆっくり縁側へ歩いた。
そのとき――「とりあえずやってみよう!」
明るく響く声が、まるで時を逆走して届いたように聞こえた。
「……つぎっぴー?」
振り向くと、そこには若き日のつぎっぴーが立っていた。
欠け目は小さく、金線は細く、まだあどけない笑みを浮かべている。
「ひさしぶり! えへへ……ふたりとも、元気そうでよかった〜!」
ゆのみんの湯気が一気に広がった。
「つぎっぴー……つぎっぴー……っ……!」
つぼるんは静かに息をのんだ。
言葉が出ない。
ただ、あまりに自然な姿で立っているつぎっぴーを信じられない気持ちで見つめていた。
つぎっぴーは、勢いよく走り寄ると、ふたりの手を取った。
「泣かないで〜。ぼくはね、どこにも行ってないよ」
「でも……あなた……」
「うん。もう体はないよ。でも、光がある。ぼくの金線はね、ふたりの中で今も生きてるんだよ」
「……あぁ、そうか……だから、こうして君に会えたのか」
つぎっぴーは嬉しそうに笑った。
「そうそう! ぼく、呼ばれたんだよ。『もう一度会いたい』って声がね、ひとがまに響いたんだ」
ゆのみんは、堪えきれず抱きしめるようにつぎっぴーを包んだ。
「会いたかった……すごく……すごく……会いたかったよ……!」
「えへへ……ぼくもだよ」
◆2.若い三人が語り合う、最後の夜
縁側に三人が並んで座ると、空には星があふれていた。
「ねぇ、つぎっぴー。あれから……痛くなかった?」
「ううん。少し痛かったけどね……。でも、最後のほうは、この痛みすらも『ありがとう』という気持ちが大きかったんだ」
つぼるんは目を閉じた。
「……君は本当に……美しい器だったよ。最後まで、本当に美しかった」
「つぼるん、やめてよぉ。ぼく、照れちゃう」
三人で笑った。
その笑い声は、昔のままだった。
「ねぇ、つぎっぴー。あなたの光……これからも、きっと広がっていくよ」
「うん、知ってるよ。だってふたりが広めてくれるんだもん」
◆3.つぎっぴー、最後の言葉
やがて、夢の空がゆっくり明るんできた。
「……そろそろ、時間だね。元の場所に戻らなきゃ」
「もう行っちゃうの……?」
つぼるんも静かに問うた。
「行かないでくれ。一体、どこへ行くというんだ?」
つぎっぴーは金線をほのかに光らせ、柔らかい声で答えた。
「ぼくはね……『空(くう)の世界』へ行くよ。そこは何も無いんだけど、何もないからこそ、見たことのない光にも出会えて、欠けた器でも安心して並んでいられる場所なんだ」
ゆのみんの湯気が震えた。
「でもね……ふたりのこと、ずっと見てるから。だから安心してね」
「……ありがとう、つぎっぴー」
つぎっぴーは跳ねるように笑った。
「ゆのみん、つぼるん。だいすきだよ!」
金線が強く光り――その光は空へと還っていった。
ふたりの目の前で、つぎっぴーは柔らかい光の粒になって、空へ舞い上がり、消えていった。
「……またね……つぎっぴー……」
「……また会おう」
◆4.夢から覚めて
朝。
ゆのみんは畳の上で小さく丸くなって眠っていた。
ゆっくり目を開け、窓から差し込む光を見てつぶやいた。
「……つぎっぴー……ほんとうに……ありがとう」
同じ頃、書庫で目覚めたつぼるんも、夢の光景を思い出していた。
「……夢、か。いや……あれは確かに現実の『再会』だった」
ふたりは同じ明け方の空を見て、同じ記憶を胸に抱え、静かに微笑んだ。
つぎっぴーの光は、確かにふたりの中で瞬いていた。