第100話「あたたかさは循環する」
朝霧が晴れ、ひとがまの瓦屋根に一筋の陽が差し込んだ。
その光は静かで、世界中とつながった祈りのようにやさしかった。
『湯気のひろば』は、ひとつの音もなく静まり返っていた。
その中央に――半透明になったゆのみんが、穏やかの表情で立っていた。
ゆるく湯気をまといながら、でも、その湯気は消える寸前のろうそくの火のように、ふらふらと揺れていた。
◆かすかな最期の湯気
ひとりの若い器が、震える声でつぶやいた。
「……ゆのみんさん……!?」
ゆのみんは、そっと微笑んだ。
「みんな……本当に、ありがとうね」
その声は細く、かすれていたけれど、どこまでも澄んでいた。
「いつか、どこかで、また会いましょう」
器たちに動揺が走る。
「いやです……ゆのみんさん……行かないで……!」
ゆのみんは首を振った。
残された器たちの、声にならない叫びは、静かな湖面に落ちる雫のようにひろば全体に広がった。
◆ゆのみんの中に響く声
そのときだった。
半透明になったゆのみんの体がふと、あたたかく揺れた。
まるで、誰かが寄り添ってくれているかのように。
――ゆのみん!だいじょうぶ、ぼくら待ってるからさ!
――ゆのみん。君はじゅうぶん自分らしく生きた。本当にすごいよ。
――よう温まったのう。そろそろ火を落とす頃じゃ。ようがんばった、ゆのみん。
ゆのみんは涙ではなく、湯気で微笑んだ。
「三人とも……、みんな、ありがとう……」
その言葉は、ひとがまの土壁まで響いた。
◆ゆのみんの最期の言葉
ゆのみんは、ひろばに集まった器たちをひとりひとり見つめた。
「わたしの人生は……わたしだけでできていたんじゃない」
「陶じいと、つぼるんと、つぎっぴーと……出会って、ぶつかって、笑って、泣いて……」
「その全部で、わたし、『ゆのみん』になれたんだ」
若い器たちは涙をこらえながら聞いていた。
「そして……わたしの器物語を聞いてくれた、みんなの人生の中で……わたしは、すこしだけ生かされていくと思う」
「これから誰かの話に耳を傾けたり、自分自身を深く許したり、大切な人をあったかくしたり……」
「その一瞬一瞬に、やさしい湯気が混じっていたらうれしいな」
「器はね……ただの入れ物じゃないんだよ」
「生きた証で、つながりで、想いの循環なんだ」
「欠けても、ひびが入っても……きっと、そこから光があふれだす」
「わたしたちの命も同じだよ」
ゆのみんは、最後の湯気をふわりと上げた。
「――わたしは、あなたが生きている限り、消えたりしない」
「あなたの中で、永遠に生き続ける」
「だから、どうか、これからも生きて、最後まで生き抜いてほしい。――わたしの分まで」
◆あたたかさの循環
ゆのみんの湯気は、ふわりと大きくふくらみ――次の瞬間、朝日と溶け合うようにゆっくり消えていった。
音もなく、痛みもなく、ただ、静かに。
そして、最後に、やさしく、一瞬、辺りを金色に照らして、すぐに消えていった。
それは、ゆのみんが生涯でつないだすべての『あたたかさ』の軌跡だった。
器たちは静かに囲んだ。
誰も声を出さなかったし、出せなかった。
その場には――泣き声よりもずっと深い、ひとつの『あたたかさ』が満ちていた。
◆ゆのみんが遺したもの
後日、『ひとがま』では、ゆのみんの話を聞きたいという器たちが毎日のように訪れるようになった。
花柄のお皿がそっと言う。
「ゆのみんさんから受け取ったあたたかさを、わたしたちが……次の世代にもつないでいきます」
灰色のマグも、静かに頷いた。
「ゆのみんさんの声は、ぼくらの中にも、たしかに残ってます。だって、私の中で、ゆのみんさんは生きていますから」
若い器たちは、ゆのみんの最後の姿を胸に刻んだ。
――器は循環する。
――あたたかさは受け継がれる。
それが『ひとがま』の新しい教えになった。
◆最後に、読者である「あなた」へ
あなたが、誰かの話を聞いたり、大切な人の言葉を思い出したり、過去の傷を抱えながらも今日という一日を生きているとしたら。
きっと、あなたの中にも、ゆのみんのあたたかさが受け継がれていることでしょう。
どうか、その感覚を忘れないで。
そして、願わくば、次の100年も、あなたという器が、受け継がれていきますように。
(完)