第1話「うつわの誕生」
まだ名前のない土のかたまりが、陶じいの掌の上でゆっくりと回っていた。
手のひらのしわに土が入り込み、湿った音がぽつぽつと響く。
窯の奥では、炎がまだ眠っている。
「ほう……今日はええ土じゃ。やわらかくて、でも芯がある」
陶じいは指先で土を押し広げた。
その指の動きに合わせて、土は丸く、ふっくらと息づくように形を変えていく。
まるで、生まれたばかりの心が初めて鼓動を打つみたいだ。
「おまえは、『ひとをあたためる器』になってくれ」
その言葉が静かに響いたとき、まだ眠っていた火がぱちっと音を立てた。
窯の中に置かれた小さな器は、赤い光に包まれ、少しずつ目を覚ます。
熱と、音と、光。
世界のすべてがゆっくりと自分の中に流れ込んでくる。
(あたたかい……これが、生きるってこと?)
器はまだ言葉を知らない。
けれど、心のどこかで、そんな問いがふと生まれた。
それに答えるように、陶じいの声が聞こえる。
「焦るでない。焼き上がりには、時間がいるんじゃ」
時間が通り過ぎる。火の色は橙から紅へ、紅から金へと変わっていく。
そして——朝。
窯の扉が開かれると、そこには、ほんのりと湯気をのぼらせる小さな湯呑があった。
「おお……ええ顔をしておる」
陶じいは微笑む。
湯呑の内側から、かすかに声がした。
「……うん、まずは一息いれたい…」
その瞬間、陶じいは驚いたように目を丸くして、次の瞬間、ゆっくりと笑った。
湯気がふわりと立ちのぼり、窯の天井で光に溶けていく。
それが、ゆのみんの最初の呼吸だった。
その隣では、まだ冷たい土が二つ、眠っていた。
一つは、深い藍色を秘める重たい壺の形。
(考えるって……どういうことだろう?)
まだ焼かれてもいないのに、どこか遠くを見つめていた。
もう一つは、欠けた口縁を持つ茶碗。
(あ、いたっ……でも、なんか、これでいい気がする!)
と、欠けたまま笑っていた。
陶じいは静かにうなずき、三つの器を同じ窯に入れた。
「情の子、知の子、意の子——三つの火を、いま、ひとつの炎で包む」
火がゆらめき、三つの影が壁に映る。
ゆのみん、つぼるん、つぎっぴー。
それぞれの器の中で、まだ見ぬ「物語の心」が小さく息をした。