第30話「それでも、また会いたい」
秋の空気がすっかり冷たくなった頃。
〈ひとがま〉の周りを包む風は、土と釉薬の香りをやわらかく運んでいた。
あの夜、三人は『戻れない距離』を知った。
それでも不思議と――心は離れていなかった。
◆ゆのみん――距離をこえて、あたたかさは届くのか
家庭の台所で、ゆのみんは湯気をゆらした。
子どもが駆け寄ってくる。
「ゆのみん、今日いい匂い~!」
「ふふっ、ありがとう」
その瞬間、ふと胸がしんとした。
……ふたりにも、この『あたたかさ』を届けたいな。
でも、ふたりは今、まったく違う世界にいる。
届かないかもしれない。
でも……それでも、会いたいんだ。
湯気はやさしく揺れ、窓のほうへ伸びていった。
遠くにいるふたりに触れたそうに。
◆つぎっぴー ――走りながら、ふたりの顔を思い出す
つぎっぴーは、海外の市場の片隅で知らない言葉が飛び交う中、果物を運んでいた。
うわー、これ重いな……!
でも、心のどこかでふたりのことを考えていた。
この匂い……ゆのみん、好きかな。
この色……つぼるん、どう分析するかな。
ふと手を止めた。
……会いたい。でも、心の中に、二人が一緒にいてくれる気がする。ぼく、離れたつもりはないから。
金継ぎの線が、夕陽を受けて小さく光った。
◆つぼるん――重さの中で感じた『欠けた場所』
つぼるんは、地域学習センターの会議室で市民の相談記録をまとめていた。
静かな作業だった。
責任って……やっぱり重いな。
資料を閉じると、胸の奥で、ぽつんと何かが空いた。
こんなとき……ゆのみんの湯気を浴びたいな。
つぎっぴーの勢いで笑わせてほしいな。
思わず、窓の外の山の方向を見た。
……『戻れなくても』、会いたい。
陶肌の奥で、土の温度がわずかに上がった。
◆三人は別々の場所で『同じ風』を感じた
その日の夜。
偶然にも、三人とも窓の外から吹いてきた同じ種類の風を感じた。
山あいから流れる、小さくて冷たい秋風。
三人の胸の中に、同じ言葉が浮かんでいた。
――また会いたいなあ。
誰も言葉にしていない。
でも、風がそれを運んでいた。
◆陶じいは火を焚きながらつぶやく
その頃、〈ひとがま〉ではひとりで火を整えていた陶じいがいた。
パチ、パチ、と火がはぜた。
「……あの三人、遠くに行けば行くほど、よう似た風を感じるようになるもんじゃ」
火が赤く揺れた。
「せやから……『また会いたい』っちゅう気持ちはな、距離とは無関係なんじゃ」
陶じいは火箸を置き、夜空を見上げた。
「焦らんでええ。何事も大器晩成じゃ。風が、そのうち連れてくる」
◆そして、三人は同じ夜に胸の中で決めた
――どれだけ距離が変わっても、また会いに行こう。
小さな決意。
でも、それは、人生の風向きをそっと変える、たしかな決意だった。
それぞれの夜、それぞれの世界の片隅で、三つの器が静かに輝きを放っていた。