第45話「選ぶ勇気」
次の朝、ゆのみんはまた棚の上に置かれていた。
昨日と同じ場所。
昨日と同じ温度。
父は忙しそうにスーツのボタンを留め、母は眠そうにお弁当を詰め、子どもは小さくあくびをしていた。
ゆのみんの湯気は、『ふわり……』と立ち上がったが――すぐに揺れて消えかけた。
また……わたし……ここなのか……
◆家族の『静かなズレ』を感じる朝食
食卓を見つめるゆのみん。
「今日は遅くなる」
「わかった」
短い。
短すぎる。
「今日のテスト……やだなぁ……」
「がんばれ」
「無理しすぎないでね」
三人が話している。
ちゃんと行動している。
喧嘩もしていない。
でも――温度が……バラバラだ……
ゆのみんは、湯気を出そうと、体中の熱を集めた。
父さんが冷えてる……母さんも……子どもも……みんなを温めなきゃ……
『ふわ……』
一瞬だけ湯気が大きく広がった。
しかし、すぐに細くなった。
あれ……? 全員に温度を向けると……湯気がもたない……
前より……疲れやすくなってる……?
ゆのみんは気づき始めた。
わたし……全部を温めようとして……逆に誰も温められてないのかも……
◆日中、母の静かな『変化』
家族が出ていったあと、母が少しだけテーブルに残った。
母は、ゆのみんを棚から手に取り、手の中でしばらく眺めた。
……あ。久しぶりに……わたしのこと見てくれてる……
母は小さく笑い、ぽつりとつぶやいた。
「……なんか、最近……あなたに頼りすぎてたかもしれないね」
ゆのみんの湯気が、『ふっと』柔らかくふくらんだ。
「あなたが……ただ『そこにいてくれるだけ』で……ずいぶん助けられたわ……」
その声は、誰にも聞かれないような小さな声だった。
けれどゆのみんは、はっきりとその温度を感じた。
わたし……無力じゃなかったんだ……
湯気が、少しだけ温かく戻ってきた。
◆そして、夕方
父がひとりで帰ってきた。
いつもより少し早い帰宅だった。
「……今日は……なんだか、家に帰りたかったんだ」
父はゆのみんを棚の上から取り、テーブルに置いた。
湯を注ぐ。
『ふわっ。』
あ……あったかい……わたし……まだ……ここにいていいんだ……
父の手が、ゆのみんの縁にそっと触れた。
「……いつもありがとう」
それは、父なりの精一杯の感謝だった。
ゆのみんの胸が、じんわりと熱くなった。
わたし……ここの家族を……温められているんだ……ほんの少しだけ……
でも、その一方で――家庭の空気の揺らぎは、ゆのみん一人では支えきれないとわかった。
……全部は無理なんだ。
温める相手は……選ばなきゃいけないんだ。
その気づきが、胸に灯った。
◆深夜、〈ひとがま〉へ戻る道での気づき
ゆのみんは、静かな夜道をぽてぽて歩いた。
父さんも……母さんも……子どもも……全部温めたいけど……
わたしには……『限界』があるんだ……
わたしが湯気を出せる相手は……一度に一人だけなんだ……
『ぽて、ぽて』
月の光がゆのみんを照らしていた。
じゃあ……『本当に湯気を出したい相手』は……誰なんだろう……
家族。
つぎっぴー。
つぼるん。
陶じい。
全員、温めたい。
でも――湯気は有限。
ゆのみんは小さく息を吐いた。
わたし……温めたい相手を選ぶ勇気を……持たないと。……たぶん……四十って……そういう時期なんだね……
湯気がふわりと一段大きくなった。
それは迷いの湯気ではなく、覚悟の湯気だった。
◆〈ひとがま〉に帰り、陶じいに一言
ゆのみんが土間に入ると、陶じいは火を見ていた。
「すえじい……」
「……湯気、戻ったかのう」
ゆのみんは頷いた。
「……全部を温めようとして……逆に、冷たくなっちゃったんだ」
陶じいは小さく笑った。
「器にはのう……、それぞれに個性がある。みんながみんな、『広さ』で勝負するもんやない」
ゆのみん
「え……?」
「おまえさんのような器は、『どこ』を温めるかが大事じゃ」
火が、ゆらりと揺れた。
ゆのみんの湯気が、その火に呼応するようにふくらんだ。
わたしは……選んでも、いいんだ……
「うん……選んでみるよ」
「それでええ。四十の器は、『選べる器』になるんじゃ」
ゆのみんは静かに深呼吸した。
湯気が、しっかりとした太さに戻っていた。