第52話「割れた食卓」
ゆのみんは、夜の食卓の真ん中にちょこんと置かれていた。
いつものはずの場所なのに、今日は『温度の流れ』が違っていた。
左側――母の席。
右側――父の席。
ふだんはふわっと混ざり合うはずの温度が、今夜は左右で、まるで別の季節になっていた。
母の方からは冷たい秋風のような温度。
父の方からは、沈黙した冬の温度。
……あれ?いつもの『家族の湯気』じゃない……
ふつふつと湯気が揺れ、ゆのみん自身の温度が少しだけ震えた。
◆目を合わせない夕食
「……食べてください」
「ああ」
それだけ。
声には湯気がない。
言葉が空を滑っていく。
ゆのみんは、これまで何度も『温度が合わない』家族をそっとつないできたことを思い出した。
30代にも40代にも、こんな夜が少しだけあった。
そのたびにゆのみんは頑張って湯気を強くして、家族の真ん中を温め続けてきた。
そのたびに、関係性は結び直されたように見えたが、どこかで、お互いは我慢をしていたのかもしれない。
そして、この日は、ゆのみんの湯気は、いくら頑張っても届かなかった。
どうしよう……わたし、温度……合わせられない……
◆たしかなヒビの音
『カチャ』
母の箸が皿に触れる音が妙に鋭く響いた。
「あなた、この前の件……どうするつもり?」
「今はやめよう」
「『今は』って何? もうずっとよ? 子どもも大学生になって独り暮らしを始めたんだから、いい加減、決断してほしいわ」
「……」
沈黙。
父の側の温度がさらに下がった。
ゆのみんの湯気は、左右が違いすぎてどちらにも溶け込めず、『ゆらり、ゆらり』と不安定に揺れた。
こんなに温度が違うの……初めてかもしれない……
その瞬間だった。
母のスプーンが、テーブルの端に少し当たった。
『パリッ』
小さな音。
しかし、ゆのみんにはその音が『関係が割れた音』に聞こえた。
父も母も、その音に反応しない。
でも確かに――何かが崩れた。
◆ついに告げられる
食事が終わると、母が深く深く息を吐いた。
「……私たち、もう無理だと思うの」
父は少しだけ目を閉じた。
「……ああ、おまえがそう言うなら」
「いつもそうやって責任を放棄するのね。子どもの親権は私が預かるわ。この家も出ていきます」
「わかった」
ゆのみんの体が震えた。
湯気がふっと弱くなった。
……家族の温度が……本当に、割れちゃった……?
◆その夜、ゆのみんはひとりで目を覚ます
夜更け、食卓の上で、ゆのみんはひとりだった。
家全体が冷えきっていた。
父の寝室からも、母の寝室からも湯気は出ていなかった。
静けさの中で、ゆのみんは小さく呟いた。
「……わたし、この家……これからどうなるんだろう……?」
そのとき、ふと頭の中に〈ひとがま〉の窯の音がよみがえった。
――『ボウッ……パチッ……』
陶じいの声も。
「器はな、割れるときがいちばん静かなんじゃ」
ゆのみんは、なぜ今その言葉を思い出したのかわからなかった。
ただ、その静かな言葉が胸の奥に残っていた。