第51話「沈んだ場所から持ち帰る光」
翌朝。つぼるんは、昨日のショックを抱えたまま職場へ向かった。
窓口前の空気は重い。
朝早くから列が伸び、職員のため息と市民の苛立ちが混ざっていた。
……今日も、重いな。
陶肌がじんわりと冷えた。
しかし、今日は違っていた。
胸の奥に、昨日陶じいから聞いた言葉が灯っていた。
――迷いを捨てんことじゃ。
迷っている……でも、それでいいんだ。
つぼるんは、自分の『揺らぎ』を無理に押さえつけるのをやめた。
◆若手職員の『声』
昼ごろ、若手職員がそっと近づいてきた。
「あの……つぼるんさん。最近、ぼく……仕事が怖くて」
「……怖い?」
「市民にも怒られるし……上司にも注意されるし……何が正しいのか……分からなくなってきて」
その言葉は、まるでつぼるん自身の胸の底に降りていくようだった。
……この子も、迷っている。
つぼるんは深くうなずいた。
「分からなくなるのは……きっとおかしいことじゃない」
「え……?」
「『正しいもの』は一つじゃない。だから迷う。迷うのは……正しさに真剣な証拠だから」
若手の表情が揺れた。
あ……これが……ぼくが沈んだからこそ言える言葉……
胸の奥で、かすかに光が生まれた。
◆市民の怒りに、違う対応をする
午後、再び窓口で怒声が上がった。
「どうしてこんなにややこしいんだ!」
「せ、制度が……」
つぼるんはゆっくり前に出た。
「……ご不便をおかけしています」
「あなたたちは、なにも分かってない!」
「ええ、分かっていないところも……あると思います」
静けさが落ちた。
市民の怒りは消えなかったが、苛立ちはほんの少しだけ落ち着いた。
「ですが……『分からないまま向き合うこと』も、わたしたちの仕事なんです」
ぼく……今、答えを出していない。でも、向き合えた。
それだけで、胸の奥がじんと温かくなった。
◆帰りのバス――昨日の『ヒビ』が、別の意味を持ち始める
夕方、つぼるんは再びバスに揺られていた。
外の景色は昨日と同じなのに、胸の重さは違っていた。
昨日入ったヒビ……あれは、壊れた証じゃなくて……
『揺らいだ知』の印なんだ。
深く沈んだからこそ……あのヒビを通って何かが入ってくる……そんな気がする……
バスの窓に映る自分は、昨日より澄んだ色に見えた。
◆〈ひとがま〉に帰り、陶じいに言う『ひとこと』
夜、〈ひとがま〉に着くと、陶じいが火の前で土をこねていた。
「すえじい……今日、ようやく気づいたんです」
「おう」
「迷いながら向き合うって……重くて、苦しいけど……でもそれが……ぼくの知なんです」
陶じいの手が止まった。
「……ほぉ」
「沈んだ場所から……ちゃんと光を持ち帰れそうです」
陶じいは、目を細めて笑った。
「持ち帰れたらええ。本物の光はな……沈まんと見えん場所にある」
沈んだ先にあるは、闇ではなく、誰も見たことがない『本物の光』なのかもしれない。
つぼるんの陶肌が、静かに輝いた。