ゆのみんと仲間たちー第82話「遠い海からの最後の灯り」

第82話「遠い海からの最後の灯り」

ひとがまの裏山では、秋の木々が乾いた音を立てて揺れていた。

風の吹くたび、紅葉した葉がゆっくりと空を舞い、縁側の木の床にひとつ、またひとつ降り積もっていく。

ゆのみんは縁側の端に座り、ぽてぽてとした足をぶらぶら揺らしながら、風の動きを湯気で感じ取っていた。

「……最近ね、すぐに湯気が薄くなっちゃうの。昔は、一日中あったかかったのになぁ」

つぼるんは、古びた眼鏡をかけたまま、陶芸雑誌を閉じて、ゆっくりうなずいた。

「老いとは……『前と同じようにできない自分』を、静かに受け入れる過程だ。でも……悪いことばかりではない」

「うん。些細なことにも『あぁ、きれいだな』って思えるようになったよ。紅葉も、こんなに毎日、違う顔してるなんて知らなかった」

つぼるんは、足元に落ちてきた葉を指で拾い上げ、その葉脈をじっと見つめた。

「老いは……『急がなくていい生き方』を思い出させてくれる。若い頃には見えなかった景色が、いまようやく見えるようになってきた」

ふたりはしばらく黙った。

この沈黙は、若い頃とは違う。

会話がなくても、寂しくはない静寂だった。

ただ、そこには、お互いの呼吸のような安心があった。

しばらくして、ゆのみんの湯気が、ふっと弱く揺れた。

「……つぎっぴー、どうしてるかな」

つぼるんは、遠くに広がる空を眺めた。

海の向こうにいる、金継ぎの器を思い浮かべる。

「志を抱えたまま、あいつは海を渡ってしまったからな。身体が弱っているのは間違いない。だが……『心だけは元気だ』と、あいつは最後まで言い続けるだろう」

「うん……元気な声、もう一度、聞きたいね……」

そう言ったときだった。

『コトン……』

玄関から、小さな器が転がったような音がした。

ゆのみんの湯気がすっと伸びる。

「あっ、だれか来た……?」

「郵便受けだな。あの音は、器が触れたときの音だ」

ゆのみんは急いでぽてぽて駆け、郵便受けをそっとのぞき込んだ。

そして小さく息をのんだ。

「……見て! つぎっぴーからだよ!」

封筒の表には、たどたどしいけれど丁寧な字でこう書かれていた。

『ゆのみん・つぼるんへ

つぎっぴーより』

ゆのみんは、少し震える湯気で封を開けた。

中には折り目のついた便箋が入っている。

「読むね……」

深呼吸して、そっと文章を追った。

――

『ぼくね、最近、体がほんとにギシギシいうんだ。

昔は『ギシギシ』がかわいかったけど、今はちょっと……本気で痛い。

でも、不思議とこわくない。

みんなの顔が浮かぶからかな』

――

ゆのみんの湯気が、ふわりと震えた。

つぼるんは、読み進める前から、胸の奥に重い予感が沈んでいくのを感じていた。

ゆのみんは続きを読んだ。

――

『この前ね、海沿いの小さな教会で、『心の金継ぎ会』を開いたよ。

ぼくの欠け目を見せて、『ぼくはね、弱いから光ってるんだよ』って話した。

そしたらね、一人の男の人が泣きながら言ったんだ。

『あなたは、生きる希望そのものです』って。

そんなふうに言われて、とてもうれしかったよ』

――

「つぎっぴー……そんなこと言われて……よかったね……」

「……つぎっぴーの『志』が……あの地で光り続けていたんだ」

そして、さらに深い文章が続いていた。

――

『もしかしたら、ぼくの旅はもうすぐ終わるのかもしれない。

でもね、心はほんとうに穏やかなんだ。

ゆのみんのあったかさも、つぼるんの深い知恵も、ぼくの中でちゃんと金線になって光ってる。

それだけで、ぼくはじゅうぶん幸せ者だよ。

今まで、ほんとうに、ほんとうに、ありがとう』

――

ゆのみんは両手で便箋を支えたまま、湯気を波のように揺らした。

「……つぎっぴー……そんな、言い方……ずるいよ……」

つぼるんは、ゆっくりと息を吸い、ゆのみんに向けて言った。

「ゆのみん。つぎっぴーは……『いまを生き切っている』んだ」

「……でも……いやだ……いなくなっちゃうの……」

つぼるんは静かに、しかし力強く首を振った。

「死は『消える』ことではない。つぎっぴーの金線は、これからも誰かの心で光るだろう。我々の中にも、深く刻まれる」

ゆのみんは便箋を胸に抱き、泣き声に近い湯気でつぶやいた。

「……つぎっぴー……会いたい……ありがとうって、言いたいよ……」

秋の風が、縁側で泣くゆのみんの湯気を優しく撫でた。

その風には、海の匂いがほんの微かに混ざっていた。

つぎっぴーの灯りが静かに揺らぎ始めている――。

ふたりは、確かにその気配を感じ取っていた。


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