第12話「透明なひび」
朝の山に、薄い霧がかかっていた。
霧のせいか、〈ひとがま〉全体がしんと静まっている。
「ゆのみん、今日なんか湯気、いつもより少なくない?」
つぎっぴーが心配そうに顔をのぞきこむ。
ゆのみんは、ほんの少しだけ湯気を上げて微笑んだ。
「だいじょうぶだよ。ちょっと、胸のあたりが重いだけ」
「重いなら走ろうよ! ぼくといっしょに坂、転がらない?」
つぎっぴーは元気を出させたくて、いつもの調子で言う。
すると、後ろからつぼるんが声をかけた。
「いや、走るのは逆効果だと思う。原因を探したほうがいい。たぶん、この間の学校で何かあったんじゃない?」
つぎっぴーがむっとする。
「つぼるんはすぐ理由を探そうとするけど、元気がないときは『動いたほうがいい』んだよ!」
「いや、それは短絡的だ。状況に応じて対処法は――」
そのときだった。
「……ねぇ、どっちでもいいよ」
ゆのみんの声は、薄い霧よりも静かだった。
つぎっぴーとつぼるんは同時に動きを止めた。
ゆのみんは、胸のあたりをぎゅっと抱えるようにして、小さく続ける。
「ふたりとも……優しいのはわかってるよ。でもね……今日は、ただ『そばにいてほしい』だけなんだ」
三人の間に、長い沈黙が落ちた。
つぎっぴーは、自分の金の線がきゅっと冷えたのを感じた。
(元気づけようと思ってたのに……だめだった……?)
つぼるんは、自分の言葉がどこか刺さってしまったことを理解した。
(分析じゃなくて……寄り添うって、どうすればいいんだ……?)
ゆのみんは、小さく震えながら言う。
「どっちも『まちがい』じゃないのに……なんでこんなに遠く感じるんだろう……」
霧の中で、三つの影がゆっくり揺れた。
その揺れは、まるで器の表面に走る、『透明なひび』のようだった。
つぎっぴーが先に動いた。
恐る恐る、ゆのみんの横にぽてっと座る。
「……ここにいても、いい?」
ゆのみんは弱く頷いた。
少し間を置いて、つぼるんも静かに隣へ。
「……そばにいることの意味を、今考えてる。考えてるけど、うまく言葉にならない。でも……ここにいたい」
三人の影が少しだけ近づいた。
ゆのみんの胸の重さは、すぐには消えなかった。
でも、冷たかった霧の中に、うっすらと、ほんの小さな湯気の輪が浮かびはじめた。
「……ありがとう、ふたりとも」
その湯気は弱くて、すぐに霧に溶けて消えた。
けれど、確かにそこに『温度の種』が生まれていた。
三人はまだぎこちないまま、誰も何も言わずに、山の朝を眺め続けた。
すれ違いの痛みは、静かに、しかし確かに、彼らの器のどこかに刻まれていった。