第29話「はじめての『戻れなさ』」
秋風が冷たくなり、山あいの〈ひとがま〉の周りには、赤い葉が舞っていた。
その日、誰も約束していないのに、また三人は陶房に集まっていた。
けれど、前とは違った。
ただそこにいるだけで安心だった頃とは違う空気が流れていた。
◆ゆのみん――『共有できない日常』を持ったことに気づく
ゆのみんは、ぽてぽて歩きながら言った。
「今日ね、あの子が『ゆのみんの湯気の匂い好き』って言ってくれて……すごく嬉しかったんだ」
そう言いながらも、その目はふたりを探っていた。
この話……ふたりは、どう思うのかな?
わたしの『家庭の時間』って、ふたりにはもうない世界かもしれない……
言いながら、胸が少しだけきゅっと縮んだ。
◆つぎっぴー ――『話しても伝わらない景色』を持ったことに気づく
つぎっぴーは勢いよく話し出した。
「ぼく、海の向こうでさ! 知らない国の市場行ったんだ。光がね、日本と全然違うんだよ!」
しかし、話しながら気づいた。
ゆのみんも、つぼるんも、その光を見たことがない……
こんなに興奮してるのに、ふたりには『伝わらない』景色なんだ……
金継ぎの線が、少しだけ曇った。
◆つぼるん――『重さの違う責任』を持ったことに気づく
つぼるんは静かに言った。
「ぼくは今日、外国から来た方の相談に乗った。言葉は通じにくかったけれど……『伝わる形』を探すのが、とても大切で……」
言いながら、胸の奥がずしんとした。
……この話、ふたりには『重たすぎる』かもしれない。
自分が語る世界の重さが、ふたりの世界とは違ってしまった気がした。
◆三つの会話が、微妙に噛み合わない
ゆのみんの話に、つぎっぴーは共感したいのに、海外の記憶がチラチラして落ち着かない。
つぎっぴーの話に、つぼるんは「すごいね」としか言えず、心の中で距離を感じた。
つぼるんの話に、ゆのみんは「難しそうだね」としか返せず、自分には理解できない『重さ』を感じた。
会話は続いているのに、三人の気持ちは別々の場所を歩いていた。
まるで、同じテーブルにいても違う窓の外を見ているようだった。
◆陶じいの言葉が、静かに落ちる
陶じいが、いつの間にか土間の端に座っていた。
「……みんな、遠くまで行ったのう」
三人は驚いて振り向いた。
陶じいは土をつまんで言った。
「よいことじゃ。遠くへ行ったら、帰ってくる場所の温度がわかる」
三人は黙って聞いていた。
「けどな……同じ土間におっても、同じ気持ちにはもう戻れん夜もある」
その言葉は優しいのに、胸の奥にひびのように残った。
ゆのみんが、声にならない声でつぶやいた。
「……戻れないんだね」
つぎっぴーは、金線を見つめながら言った。
「でも……『別々』ってことじゃないんだよね」
つぼるんはゆっくり頷いた。
「……違う道を歩いても、同じ火を持っているなら……戻らなくても、つながるのかな」
陶じいはふっと笑った。
「そうじゃ。戻るんじゃない。進んで、また出会えばええ。それが『生きる』っちゅうことじゃ」
三人は初めて知った――。
『元の距離に戻る』のではなく、『今の距離でつながり直す』ことが必要だということを。
ゆのみんは湯気を少し強くし、つぎっぴーは金線を光らせ、つぼるんは陶肌をそっと温めた。
同じ場所にいたけれど、同じじゃない三人。
その夜、三人ははじめて『戻れなさ』を受け止め、それでも『つながりたい』という想いを確かめた。
外では、湿っぽい秋の風が静かに吹いていた。