第43話「テーブルから棚へ」
ゆのみんは、いつも通り朝のテーブルの上に置かれていた。
家族の食卓。父、母、思春期の子どもの三人。
いつもの光景――のはずだった。
でも今日は少し違った。
父のコップの置かれ方が雑だった。
母の箸の持ち方が重かった。
子どもは、目を合わせず、スマホを見つめていた。
ゆのみんの湯気が、『ふわ……』と揺れた。
なんだろ……みんな、ちょっと冷えてる……?
父がつぶやいた。
「今日、早く出る。忙しいんだ。会議も詰まってる」
母が短く返した。
「はい」
会話は続かなかった。
子どもは、ため息をつくようにゆのみんの隣に教科書を置いた。
あ……テーブルの温度が……全然違うよ……
ゆのみんの体が、少しずつ冷えていった。
◆夜、テーブルに置かれた『さみしい湯気』
その日の夜、ゆのみんは同じテーブルの上にいた。
父がコートを脱いで座った。
母は台所で何かを煮ていた。
子どもは宿題をしていた。
みんな同じ空間にいるのに、別々の温度をまとっていた。
「……疲れた。今日はひどい一日だった」
「そう……お疲れさまです」
それ以上続かなかった。
ゆのみんの湯気は迷っていた。
どこを温めればいいの……? 父さん? 母さん? それとも……子ども?
『ぽてん……』と跳ねるようにして、湯気が小さく震えた。
みんな疲れてる……だったらわたしが――わたしが温めなくちゃ……!
ゆのみんは、自分の全ての熱を広げようとした。
けれど――どこか湯気が弱く、細くなった。
あれ……?
全部同時に温めるの……こんなに……疲れるんだ……
◆深夜、父がひとりで戻ってくる
家族が寝静まったころ、父がひとりでテーブルに戻ってきた。
ゆのみんにお湯を注いだ。
湯気がふわりと立った。
「……ゆのみん。今日は……本当にダメだったよ……」
仕事の悩み。
言いづらいこと。
誰にも言えない弱さ。
ゆのみんには、全部『温度』で伝わっていた。
父さん……そんなに……冷えてるの……?
ゆのみんの湯気が、父の指先をやわらかく包んだ。
「ああ……あったかい……お前はいつも……助けてくれるな……」
ゆのみんは、小さな声でつぶやいた。
「……わたし……全部温めたいんだけど……どうしたらいいのかな……?」
父には、その声は聞こえなかった。
でも、父の疲れた指の重さが、ゆのみんの体にそっと触れた。
その温度だけで、涙が出そうになった。
わたし……もっと……強くならなきゃ……
もっと……みんなを温めなきゃ……
そう思った瞬間――ゆのみんの湯気が、すっと細くなった。
◆翌朝、〈ひとがま〉への帰り道
ゆのみんは、家族が寝静まった後、そっとテーブルの端からぽてぽて歩き、気分転換に、陶房へ帰ることにした。
早朝の山道は、うっすら冷たい。
父さんも……母さんも……子どもも……みんな冷えてて……
わたし、どうしたらいいんだろ……
『ぽて、ぽて』と歩きながら、ゆのみんの湯気はほとんど見えなくなっていた。
でも、〈ひとがま〉の灯りが見えた瞬間、湯気がほんの少しだけふくらんだ。
……ここは……ちゃんと……温かい……
ゆのみんは、静かに深呼吸した。
そして、小さくつぶやいた。
「……誰を温めるべきか、ちゃんと考えなきゃ……」
湯気はまだ細かった。
でも、まだ、頑張れる気がしていた。
ゆっくりと、ゆっくりと温度を取り戻し始めていた。