第22話「陶じい最後の授業」
春の朝。
まだ桜は咲いていないのに、山の空気だけがやけに澄んでいた。
〈ひとがま〉の陶房には、不思議な静けさが漂っていた。
今日は――陶じいが『先生』である、最後の日。
三人は、少し早めに陶房へ向かっていた。
◆ゆのみん
いつもより湯気が繊細に揺れていた。
今日で、終わっちゃうんだ……
陶じいの授業。
胸の奥が締めつけられるような、でもどこか懐かしいような、複雑な温度がゆっくり満ちていく。
ちゃんと……ありがとう、言えるかな。
でも、言葉にしようとすると、喉がきゅっとつまった。
◆つぼるん
陶房の前に立ち、深く呼吸していた。
ぼくは……先生から一番『思索の火』をもらったのに。
恩返しもできていない。
まともに礼も言えない。
これからの進路も『わかりすぎてこわい』。
進路の悩みが、卒業の日の胸にさらに影を落とした。
最後くらい、言葉にできるかな……
◆つぎっぴー
坂道をゆっくり登りながら、金継ぎの線を指でなぞっていた。
陶じい、いつもさ……ぼくが欠けるたびに直してくれたよね。
金継ぎの線は、それぞれの『直された場所』だった。
その一つ一つが、陶じいとの思い出そのもの。
ちゃんと……言わなくちゃ。
でも、どうやって言えばいいのかな……
いつもの「とりあえずやってみよう!」が今日は出てこない。
◆最後の授業
陶房の中には、大きな板と、小さなチョークが置かれていた。
陶じいは、いつもの割烹着のまま、黒板のような土壁の前に立っていた。
「さて……今日は、最後の授業じゃ」
三人は思わず息を呑んだ。
陶じいは、土壁にゆっくり、ゆっくり、指で線を描いた。
線は、三つ。
「知」
「情」
「意」
三つの線が、中心でひとつに重なるように描かれた。
「これが……おまえさんたちに持っていてほしい『道しるべ』じゃ」
つぎっぴーの金の線が震えた。
つぼるんは、額の奥が熱くなるのを感じた。
ゆのみんの湯気がふっと大きく揺れた。
陶じいは続けた。
「どんな道を選んでもええ。どんな形に焼き上がってもええ。ただ――自分の火がどこから来て、どこを向いとるかだけ、忘れんでくれ」
三人の胸に、何かが深く落ちていった。
◆別れのとき
授業が終わると、陶じいは土間に腰を下ろした。
「わしは今日をもって、先生ではない。これからは……ただの陶じいじゃ」
ゆのみんが思わず声を上げた。
「もう、授業してくれないの……?」
陶じいは微笑んだ。
「授業はおしまい。でも、人としての『焼き直し』のときは、いつでもくるがええ」
つぼるんの目に影が落ちた。
「ぼく……まだ学びたいことがあるのに」
陶じいは首を振った。
「学びはな、誰かと向き合うためにあるんじゃなくて、自分をつくるためにある」
その言葉に、つぼるんは胸を貫かれたような感覚を覚えた。
つぎっぴーは、うずくまってしまいそうな寂しさを、太陽のような笑顔で必死に隠した。
「陶じい……ぼく、これからも欠けるよ? そのたびに……どうすればいい?」
陶じいは、つぎっぴーの金継ぎにそっと触れた。
「欠けるたびに戻ってくる必要はない。自分で継げるようになったら、それが成長じゃ。どうしても継げん時だけ……来い」
つぎっぴーの目の奥が、潤んだ。
◆言えない『ありがとう』
別れの時間になっても、三人は誰ひとりとして『ありがとう』が言えなかった。
そのかわり――ゆのみんは湯気をふわりと大きくし、つぼるんは土壁に深い目で線を刻み、つぎっぴーは金の線をそっと撫でた。
それを察した陶じいが、やさしく言葉をこぼした。
「言葉にならん『ありがとう』も、ちゃんと届いとる。気持ちってのは……声の前に、態度で出るもんじゃ」
三人の胸に、静かに熱が宿った。
そして、最後に、陶じいは、土壁の三つの線の交点に指を重ねて言った。
「これから、おまえさんらの人生は大きく変わる。迷ったら――ここへ返ってくるとええ」
「帰る場所は、いつでもここにある。一人でがんばらんでええ」
三人はその言葉を、胸の奥にしっかり刻んだ。