第39話「立つんじゃなく、焼き直す」
朝の光が市場に差し始めるころ、つぎっぴーはゆっくりと立ち上がった。
夜風に晒された体は重く、金継ぎの線はところどころ曇っていた。
……一度、帰ろう。ふたりのところに……
つぎっぴーは、荷物もほとんど持たず、市場の道を歩き出した。
歩くたびに、陶肌から小さな欠片が落ちた。
でも、その音は『あきらめ』の音ではなく、『戻る決意の震え』に近かった。
◆〈ひとがま〉に近づくと、匂いが変わった
思い立って帰国し、山のふもとまで来ると、土の匂いが濃くなった。
……帰ってきた。
足取りは重いけれど、胸の奥だけは静かに熱くなっていた。
石段をぽて、ぽて、と上がった。
そして――〈ひとがま〉の戸が見えた。
つぎっぴーの喉がきゅっと鳴った。
◆ゆのみんが先に気づいた
『ガラリ。』と戸を開けた瞬間。
「……つぎっぴー?」
ゆのみんが土間の隅に座っていた。
湯気はまだ控えめだけれど、その温度は優しかった。
つぎっぴーの金線が、一瞬だけぱっと明るく光った。
「ゆ……ゆのみん……」
次の瞬間、つぎっぴーは堪えきれずに駆け寄った。
「ゆのみん……!ぼく……ぼく……!」
ゆのみんはすぐに両手を広げた。
「うん……こっちに来て」
つぎっぴーはその胸に飛び込んだ。
ゆのみんはつぎっぴーのひび割れた金線に手を当て、そっと言った。
「……よく、帰ってきたね」
その『帰ってきた』の一言が、つぎっぴーの全身を震わせた。
◆つぼるんが静かに近づく
「つぎっぴー」
低い声が響いた。
振り向くと、つぼるんが立っていた。
陶肌には相変わらず深い陰影。
けれど、その瞳の奥は柔らかかった。
「……痛そうだね」
つぎっぴーは唇をかんだ。
「うん……いっぱい、割れちゃった……あっちでも……迷惑かけて……」
つぼるんはゆっくり近づき、割れた部分に指をそっと添えた。
「これ全部、『生きてきた証拠』だよ」
つぎっぴーの肩が揺れた。
「……でも……恥ずかしいよ……いっぱい欠けてて……いっぱい……失敗して……」
つぼるんは、その言葉を最後まで聞いた。
そして静かに言った。
「欠けたところにしか、光は宿らないよ」
それは、ゆのみんの『情』とも、つぎっぴー自身の『意志』とも違う、深い『知』の言葉だった。
◆陶じいが火の前でただ一言
奥の窯から、陶じいが火箸を持ったままやってきて、つぶやいた。
「よう帰った」
たったそれだけ。
でも、それ以外のすべてがそこに含まれていた。
つぎっぴーは涙をこらえきれず、うつむいたまま言った。
「……ぼく、もう一度……立てるかな……?」
陶じいは火をかき混ぜながら言った。
「立たんでええ。また『焼き直せばええ』んじゃ」
「器は何度でも焼き直せる。人も、そうじゃ」
つぎっぴーの胸が熱くなった。
……焼き直せばいいんだ……ぼく、もう一度……
◆夜、三人は火を囲んで座った
ゆのみんは、つぎっぴーの背中をぽんぽんと撫でた。
つぼるんは、静かに火の音を聴いていた。
つぎっぴーは、まだ金線は暗いままだけれど、胸にほんの小さな火が戻りつつあった。
ここが……ぼくの……帰る場所なんだ……
火が『パチン。』と弾けた。
それは、つぎっぴーの『意志』が再び火を取り戻し始めた音のようだった。