第73話「小さな教室、開きます」
翌朝、ひとがまは春の光に満ちていた。
夜の冷えがまだ残っているのに、どこか温かい。
ゆのみんが、ぽてぽて歩きながらつぶやいた。
「……なんかわくわくするね」
「教室なんて、ぼくらやったことないけど……まあ、とりあえずやってみよう!だよね」
つぼるんは静かに笑った。
「『わからないこと』を始めるのに、年齢は関係ない……ってことか」
◆1.若者がひとがまに集まり始める
午前になると、昨日の若者たちが、数人ずつ現れた。
「あ、今日も来ちゃいました」
「ここ、なんか落ち着くんですよね」
「お茶みたいな匂いがする……」
ゆのみんの湯気が、ほのかに風に混ざっていた。
「じゃあ……小さな教室、開こうか」
名のない器が、中央で小さくコト、と響いた。
◆2.ゆのみんの『あたたかさの教室』
ひとりの若い女性がゆのみんに話しかけた。
「なんて言うんだろ……ここにいると胸がふわふわと軽くなるんです」
ゆのみんは照れながら笑った。
「わたし、何か特別なことはできないけど……『今、ここにいるあなた』をあたためることならできそう」
湯気がふんわり広がり、女性の肩の力が少し抜けた。
「仕事でずっと張り詰めてて……なんだか涙が出てきた……」
「泣いてもいいですよ。湯気は、そうやって人をほどくためにあるから」
女性は目を伏せ、静かに涙を落とした。
ゆのみんはそっと寄り添った。
◆3.つぎっぴーの『希望の教室』
別の若者が、つぎっぴーの金線を見て言った。
「その線……すごくきれいですね。なんで光ってるんですか?」
「えへへ……欠けてるからだよ」
「欠けてるのに……きれいなんですか?」
「うん。欠けたからこそ、『どうつながるか』ってことを考えられたんだ」
「……ぼく、最近仕事で失敗して……もう終わりだと思ってました」
「終わりじゃないよ! むしろ、『ここからどうつながるか』って、一番面白いところだよ。欠けたら、また線を見つければいいんだ」
男子はつぎっぴーの金線を見つめた。
「ぼくにも……金線って出るのかな……?」
「もちろん、出るよ。どんな線になるかは、あなた次第さ!」
◆4.つぼるんの『問いの教室』
つぼるんの周りには、なぜか自然と数人の若者が輪になった。
「……最近、自分が何をしたいのかわからなくて」
「そうか。じゃあ、一つ聞いてもいい?」
「はい……」
「『何がしたいか分からない自分』に、どんな言葉をかけてあげたい?」
若者は驚いた顔をした。
「……そんなこと、考えたことないです」
「『問い』はね、答えよりもその人をやわらかくすることがあるんだ」
若者はゆっくり目を閉じた。
「……焦らなくていい、周りと比べなくていい、って言葉が浮かびます」
つぼるんは深く頷いた。
「それは、あなた自身に向けた最初の『やさしさ』かもしれない」
若者の表情が、少しだけ明るくなった。
それを見たつぼるんも、うれしくなり、自然と優しい目に変わっていた。
◆5.名のない器の中心で、光がひとつ生まれた
教室の終わりごろ、名のない器が静かに光を放った。
「……名のない器、光ったね」
「今日の『学び』が……器の中に入ったのかも!」
「人が来て、心が動いて、その光が器に宿る……」
名のない器の表面には、新しい小さな光が増えていた。
それは、若者たち一人ひとりの『感謝』の跡だった。
若者たちが帰ったあと、三人は窯の前で静かに座った。
「……教えるって、こんなにあったかいんだね」
「うん。ぼくたち、老いてきたけれど……まだまだ光ってるね」
「教えることは……自分も学び直すことなんだ。学び直している限り、知識はいつまでも光り続ける」
夜風がひとがまを通り抜け、名のない器がまた小さく鳴った。
三人の春が、確かに始まっていた。