優秀な社員が管理職に昇進した途端、以前とは態度がまるで変わり、どこか横暴になってしまう――。多くの組織で、こうした声を耳にします。
実際、昇進前は高いパフォーマンスを発揮し、周囲にも気を配れる人が、管理職になった瞬間、“悪人”のように変わってしまうケースもあります。
本記事では、この現象を「人としての器」という観点から解説していきたいと思います。
器のメタファーを用いた解説
一般社員時代に高いパフォーマンスを発揮できるのは、注がれる「水」(=仕事の量や複雑さ、プレッシャー、責任など)に対して器が十分に大きいからと考えられます。
一般社員の頃は、水量が適度であれば“器”からあふれることなく、余裕をもって受け止められます。
しかし、管理職になると業務範囲や責任が一気に広がり、注がれる水量が急増します。
それまでと同じ器のサイズ(キャパシティ)のままでいると、やがてあふれそうになるギリギリの状態に達するでしょう。
そして注がれる水が増え続けた結果、器から水がこぼれ始めます。
この“こぼれ”として表面化するのが、横暴な態度やパワハラ的言動、焦り・苛立ち・不安などの問題行動と捉えられます。
さらに、もし器を酷使する中で壊れてしまえば、必死に水をかき出す必要が生じ、その影響で周囲が被害を受けることにもあります。
結果として、水(中身)ばかりに目が行くようになり、どこか自分の器の範囲内で対処しようとし、自己中心的で多様な他者と向き合えなくなってしまうのです。
このとき、周囲からは「器が小さくなった」と見えるでしょう。
しかし実際には、管理職になったことで水(負荷)が急に増えたにもかかわらず、“これまでと同じ器”でなんとか対処しようとしていることが原因といえます。
つまり、水量に応じた器のアップデートが追いつかないため、大きなギャップが生じてしまっているのです。
管理職昇進後に問題行動が生じる心理的・組織的要因
このように管理職になったことで生じる問題は、以下のような要因が複合的に働くからと考えられます。
本人が自身の限界を自覚して器づくりに向き合えれば理想的ですが、現実としてはそう簡単ではありません。
(1) 優秀であるほど、バイアスにとらわれやすい
管理職になると、「自分は有能だ」という自信が強まる傾向にあります。適度な自信は必要ですが、過度になると周囲の意見を聞かなくなったりすることがあります。
また、優秀な人ほど「自分の努力と能力の結果」で昇進できたと考えがちで、自信が過剰になり他者を見下すような態度を取るケースも少なくありません。成功体験が強いバイアスを生み、「自分のやり方こそ正しい」という思い込みが生じやすい状況に陥ります。
さらに、権限を持つことで「情報の取捨選択」が自己流になり、ステレオタイプや先入観によって部下を判断し、結果的に多様な部下を受け止められなくなることもあります。
(2) 余裕のなさが、さらに視野を狭くする
昇進すると、自分のことだけを考えればいいわけではなく、チーム全体の業績やメンバーの育成責任まで背負うようになります。
そのようにして水量が増えたにもかかわらず器の大きさが一般社員時代と同じままだと、いずれ対応しきれず精神的に追い込まれやすくなるでしょう。
そのような状況で、「管理職としての威厳を保たなければ」「早く結果を出さなければ」と焦るあまり視野も狭まり、部下に対して強い態度を取ってしまうケースも珍しくありません。
(3) 実力重視の組織風土の影響
実力主義でトップダウン的な組織風土では、管理職になった途端に権力を振りかざすことが“当然”とみなされます。その結果、態度の変化が加速しやすいでしょう。
また「数字さえ達成すればよい」という、器よりも中身(水への対処)ばかりを重視する評価制度がある場合、管理職は短期成果を優先し部下を追い込みがちです。
その結果、結果を求めてパワハラ的な行動や倫理的逸脱に陥るリスクが高まります。
「器を大きくする」ための個人的・組織的アプローチ
では、器の小さい管理職の問題をどのように解決すればよいのでしょうか。ポイントは以下の3つです。
(1) 自己認識を高めるリーダーシップ研修
一般的なリーダーシップ研修では、マネジメントのスキルやテクニック、フレームワークを学ぶことが中心になりがちです。
しかし、器を広げて謙虚さを失わない“自分の在り方”を見つめ直すトレーニングを実施することが重要です。
そのうえで、管理職が自分の言動を客観視できるよう、上司や同僚、部下から定期的にフィードバックを受ける機会を設けることも有効です。
360度評価を通じて「自分のリーダーシップはどのように見られているのか」を把握し、器を拡張するきっかけを得る必要があります。
(2) 「器を大きくする」視点の習慣化やコーチング
器のARCTモデルや四象限モデルを活用し、部下や同僚と接する場面で「自分の器の成長はどのフェーズか」「どの観点で器をつくっていきたいか」という振り返りを習慣化するとよいでしょう。
特に忙しいときほど視点は狭まりがちです。しかし、そうしたときこそ器づくりのチャンスであり、意図的に振り返りの時間を設けることで、器を大きくする努力を継続できます。
昇進はゴールではなく新たなスタートラインです。
管理職自身が常に学び、器を作り続ける姿勢を示すことで、部下にも良い影響を与えることにつながります。
(3) 器を重視する組織風土と評価制度の見直し
トップダウン一辺倒や合理主義に陥らず、オープンなコミュニケーションと「器づくり」を評価する組織風土を育むことも大切です。
「目標達成=偉い」だけではなく、いかに自分の器が広がったか、また部下の器づくりにどれだけ寄与できたかといった定性的な評価も加味する姿勢も重要になります。
まとめ
優秀な社員が管理職に昇進すると、責任やプレッシャーが増えて“器”の許容量を超えやすい状況になります。
その結果、横暴な態度や短気な振る舞いなど「器が小さくなった」と見える問題行動が起こりやすくなります。
しかし、これは本人の素質だけが原因ではなく、権力がもたらす心理的影響や組織風土などが複合的に作用していると考えられます。
重要なのは、器を大きくするためのサポートを個人と組織の両面に施すことです。
リーダーシップ研修や器づくりの習慣化、そして組織風土づくりを通じて、管理職が健全に力を発揮できる環境を整えていくことが求められます。
こうした取り組みを地道に続けることで、管理職に昇進しても器を拡張し続けられるようになり、優秀な社員が管理職としても長く活躍できる組織へと成長していくことにつながるでしょう。