感情をコントロールするには? – 感情調整・マインドフルネス・レジリエンスの活用法

総論

「つい感情的になってしまう」「不安に苛まれて何も手がつかない」「衝動的な行動を抑えたい」——私たちは日常生活で、自分の感情をコントロールしたいと感じる場面に数多く出会います。

この「感情をコントロールする力」、すなわち自制心は、良好な人間関係や心の健康にとって非常に重要です。

自制心というと、単に「我慢する力」と考えがちですが、心理学では「自分をうまく扱う能力」として捉えられています。

怒りや不安、苛立ちといった荒波にただ耐えるのではなく、それに気づき、賢く対処し、乗りこなしていく方法を学ぶことが、自制心を育む鍵となります。


自制:三つの重要概念

自制とは、辞書的には「自分の感情や行動を自分で制すること。克己」と定義されます。

近年の研究では、自制心を理解し育むために重要な三つの概念が注目されています。

①感情調整(Emotion Regulation)

感情調整は「どの感情を、いつ、どのように経験し表現するかについて影響を与える試み」と定義されます(Gross, 2015)。

感情調整の「プロセスモデル」では、感情が生起する過程の異なる時点で介入する5つの戦略を分類しています(Gross, 2015):

  • 状況選択:感情的反応を引き起こす状況を選択・回避する
  • 状況修正:状況に働きかけて感情的影響を調整する
  • 注意配分:注意の向け方を変え、ときに注意をそらして対処する
  • 認知変化:出来事の意味づけを変える(認知的再評価)
  • 反応調整:感情反応が生じた後の表出を調整する

感情調整には、単一の「最良の」戦略を用いるよりも、状況に応じて適切な戦略を組み合わせたり、柔軟に使い分けたりすることが効果的です。


②マインドフルネス(Mindfulness)

マインドフルネスとは、「現在、この瞬間の経験に対する、判断や説明を伴わない、意図的で持続的な注意」を指します(Chambers et al., 2009)。

Five Facet Mindfulness Questionnaire (FFMQ) の観点で整理されたマインドフルネスの主要な5つの特徴は以下の通りです(Carpenter et al., 2019):

  • 観察:内的・外的経験に注意を向ける
  • 描写:経験を言葉で表現する
  • 気づき:今この瞬間の行動に注意を向ける
  • 非判断:経験に対して「良い・悪い」という評価を加えない
  • 非反応:内的経験に対して即座に反応しない

マインドフルネスは、従来の感情調整アプローチと異なり、思考や感情を「変えようとする」のではなく「ありのままに受け入れる」ことを重視します。

この過程では「認知的脱フュージョン(思考をだたの思考として捉えること)」といったプロセスが起こります。


③レジリエンス(Resilience)

レジリエンスはストレスや逆境に適応する能力と定義されます(Liu et al., 2017)。

レジリエンスは「多層的なシステム」であり、個人内要因、対人関係や経験で獲得される個人間要因、社会生態学的な外部要因の相互作用で形成されます(Liu et al., 2017)

つまり、個人のしなやかさや自己効力感といった個人の内的特性、対人関係でのやり取り、社会とのつながりといった外的要因を含む、複雑な概念です。

また、レジリエンスとは、「時間の経過とともに進化するダイナミックなプロセス」であり、個人が逆境に直面しても生き残り、あるいは成長するプロセスとも定義されます。

これを踏まえて、Sisto et al.(2019)では、レジリエンスの主要な特徴を以下の5つにまとめています。

  • 回復力: 逆境やトラウマから回復する能力。個人特性や社会的資源に支えられた動的な適応プロセスを通じて回復する。
  • 個人の特性的機能: 困難な状況下でのしなやかさなどの個人特性がレジリエンスの要因となり、ストレス後も心理的健康を維持できる。
  • 立ち直る能力: 困難に直面しながらも自己資源を発展的に変容させる能力。逆境から立ち直り、個人の成長を促進する効果的な対処戦略を採る姿勢。
  • 進化する動的プロセス: 個人特性と環境要因の相互作用による適応プロセス。内的・外的要因の相互作用を通じて逆境に対応する。
  • 積極的適応: ストレス状況への適応能力。認知的評価プロセスを通じて、困難な状況に適応するための意思決定と行動を生み出す。

つまり、レジリエンスとは、単に逆境から「跳ね返って回復する」だけでなく、困難な状況に積極的に適応し、時には肯定的な変化や成長を遂げる複雑な能力と考えられます。


感情をコントロールするにはどうしたらいいか?

それでは、具体的にどうすれば「自分をうまく扱う力」である自制心を育むことができるのでしょうか?

上述した概念を参考に、効果が期待されるアプローチを見ていきましょう。

1.自分の「心の動き」に気づく練習をする【マインドフルネスの活用】

第一歩としては、自分がどのような感情、思考、衝動に動かされやすいのかに気づくことが重要です。

だれしも気づかないうちに感情的な反応や自動的な行動パターンに陥ってしまうことが多くあります。そこで、まずは「今、ここ」の自分の状態を客観的に観察する練習が有効です。

  • 短時間の瞑想: 毎日数分でも良いので、静かな場所で座り、自分の呼吸や体の感覚に意識を向けてみましょう。ふいに思考や感情が浮かんできても、「良い・悪い」と判断せず、「そういう考えが浮かんでいるな」「こんな感覚があるな」と、ただ観察します(非判断)。
  • 日常の中での意識: 食事をしている時、歩いている時、人の話を聞いている時など、日常の活動中に、自分の感覚や心の動きに意識的に注意を向ける瞬間を作りましょう。例えば、お茶を一口飲む時も、その味わい、温かさ、香りに全身全霊で注意を向けてみるだけで「今、ここ」に戻る貴重な瞬間となります。
  • 内受容感覚への注意: 体の内側からの感覚(心拍、呼吸、筋肉の緊張など)に注意を向ける練習をします。研究によれば、この「内受容感覚への注意(interoceptive attention)」を高めることが、認知の範囲を広げ、逆境への対処能力を向上させ一助となります。例えば、緊張を感じたとき、まず「肩が上がっている」「呼吸が浅くなっている」といった体の感覚に注目することから始めてみましょう。

こうした練習は、感情や衝動が起こり始める初期段階でそれに気づき、自動的な反応に飲み込まれる前に一歩立ち止まるための「心のスペース」を作るのに役立ちます(認知的脱フュージョン)。

自分の感情を悪いものとして否定せず、ただ「今、ここにある」ものとして受け入れる態度が、心の静けさをもたらします。


2.感情や思考との「距離のとり方」を学ぶ【マインドフルネスと感情調整】

不快な感情やネガティブな思考に直面したとき、私たちはしばしばそれらを無理に抑え込もうとしたり、戦おうとしたりして、かえって苦しくなってしまいます。

自制心を養う上では、これらの内的な経験と健全な距離をとる方法を学ぶことが重要です。

  • 思考や感情を「現象」として捉える: 湧き上がってきた思考や感情を、「自分自身」と同一視するのではなく、「一時的に心に現れた現象」として観察します(認知的脱フュージョン)。例えば、「私はダメな人間だ」という思考が浮かんだとき、「『私はダメな人間だ』という思考が浮かんでいるな」と言い換えてみるだけで、その思考と自分との間に小さな空間が生まれます。
  • 受容の練習: 不快な感情や思考が存在することを認め、無理に変えようとせず、一時的にそれと共にいる練習をします(非判断)。例えば、不安を感じたとき、「不安なんか感じるべきではない」と抑え込むのではなく、「今、不安を感じているんだな。それも自然なことだ」と認めてみましょう。抵抗をやめると、かえって感情の波が穏やかになっていくことに気づくかもしれません。
  • 反応を保留する: 強い感情や衝動を感じても、すぐに行動に移さず、一呼吸置いて観察する時間を作ります(非反応)。例えば、怒りを感じてすぐにメールを送るのではなく、「今夜眠ってから考えよう」と決めてみる。あるいは、甘いものを食べたい衝動に駆られたとき、「10分だけ待ってみよう、その後で本当に必要なら食べよう」と自分と約束してみる。この小さな「間」が、衝動的な行動を減らし、より意識的な選択をする余地を作ります。

これらの実践は、感情的な波にすぐに飲み込まれず、より冷静で建設的な対応を選択する能力を高めます。感情に振り回されることが減り、衝動的な行動の抑制にも繋がります。

考えてみれば不思議なことですが、感情を抑え込もうとすればするほど、かえってその力は強くなりがちです。一方、感情を「ただそこにあるもの」として受け入れると、その強さは自然と和らいでいくことが多いのです。


3.状況や考え方を「調整する」技術を身につける【感情調整】

感情は、状況の捉え方や注意の向け方によって大きく変化します。

  • 状況の選択・修正: ストレスを感じやすい状況を事前に避ける、あるいは環境を調整するなどの状況への働きかけが重要です。例えば、人混みが苦手なら時間をずらす、集中したい時はスマホを別の部屋に置くなど、感情が生じる前の先制的な戦略を採ります。「自分がどのような状況で感情的になりやすいか?」を理解したうえで、小さな工夫によって感情的な失敗を防ぐ習慣をつくりましょう。
  • 注意のコントロール: ネガティブなことから注意をそらし、別のこと(気分転換になる活動や、ニュートラルな対象)に意図的に注意を向ける――これは感情生成プロセスの早い段階での介入になります。例えば、心配事で頭がいっぱいのとき、「今日は30分だけ散歩に集中しよう」と決めて、道端の花や空の色など、周囲の美しさに意識的に注意を向けてみましょう。
  • 認知的再評価: 出来事の捉え方を変えてみることは、非常に強力な感情調整スキルです。例えば、「難しい課題」を「成長のチャンス」と捉え直したり、「他者の批判」を「別の視点を与えてくれる機会」と考えたりすることで、同じ状況でも生じる感情が大きく変わります。計画が狂ったとき、「すべてが台無しだ」と考えるか「予想外の展開から新たな発見があるかもしれない」と考えるか――こうした視点の転換は、単なるポジティブシンキングではなく、困難の中にも意味を見出す深い心の働きと言えます。
  • 反応の調整: 感情が湧き上がった後で、その表出(表情、行動)や生理的な反応を調整する技術も大切です。例えば、怒りを感じた時に深呼吸をする、衝動的な発言を抑えるなど。ただし、単に無理に感情を抑圧する「表出抑制」は、短期的には有効でも長期的には心身に負担をかける可能性があります。重要なのは、状況に応じて適切な方法を柔軟に選べることです。

感情は敵ではなく、人生を豊かにする重要な側面です。その際、自分に合った戦略を見つけ、状況に応じて使い分けることが、感情との健全な関係を築く鍵となるでしょう。

感情を過度に「制御する」のではなく、「上手に付き合い、時に導かれ、時に方向を調整する」――そんな関係を育むことが大切かもしれません。


4.長期的な視点を持つ – レジリエンスを育む

私たちの人生は、穏やかな晴れの日ばかりではありません。うまくいく日もあれば、感情の波に飲み込まれる日もあります。

そんな不確かな状況の中でこそ、レジリエンス(回復力・適応力)を獲得していくことが大切です。

先述したとおり、レジリエンスは個人内要因、対人関係や経験で獲得される個人間要因、社会生態学的外部要因の相互作用で形成されます。

  • 個人内要因:まずは、自らの内なる土壌を耕すことが大切です。これには心の安定のみならず、体を動かし、十分な睡眠をとり、栄養バランスの良い食事を心がけることも関連します。
  • 個人間要因:人とのつながりを深めることも大切です。心から理解し得る関係や、助けを求められる関係を構築しておくことで、レジリエンスは高まります。
  • 外部要因:環境との調和を見つけることも大切です。様々なコミュニティに属したり、自然の中で過ごすことで、自分と社会との確かなつながりを感じられるようになります。

感情の波に飲み込まれてしまった日があっても、翌日また新たに始める力がレジリエンスです。

感情調整の練習を繰り返すことで、レジリエンスは強化され、より強いレジリエンスがあれば、感情調整もより効果的になります。

人生は予測不可能なことの連続です。完璧な自制を目指すのではなく、どんな状態でもしなやかに乗り切れる術を身につけること――それが本当の意味での「自制心」なのかもしれません。

その際、他の人と自分を比べるのではなく、昨日の自分と今日の自分を比べてみてください。レジリエンスの形は十人十色で、あなただけの歩み方で大丈夫です。

そして、常に「強くあらねば」「乗り越えなければ」という考えは、かえって私たちを消耗させます。

疲れたときには休息を取り、自分を労わることも大切なレジリエンス・スキルです。

心と体のサインに耳を傾け、時には立ち止まる勇気も持ちましょう。


まとめ

私たちの心は器であり、自制心を育むということは、その器を丁寧に磨いて活用していくことを意味します。

感情という水を受け止め、その重さに耐え、その流れを適切に対処していくための器の状態を整えていくこと。

感情調整、マインドフルネス、レジリエンス──これら三つの知恵は、器を美しく手入れして、ときにヒビを補い、器の輪郭そのものを広げるための実践です。

完璧である必要はありません。どんな器にも傷があり、ゆがみがあります。

けれど、その器に真摯に向き合い、日々磨き続けることができれば、やがてそれは、自分だけのしなやかな器へと育っていきます。

自らの器にそっと手を当てて、磨き上げるような時間をつくることが、感情のコントロールそのものと言えるのです。


参考文献

  • Carpenter, J. K., Conroy, K., Gomez, A. F., Curren, L. C., & Hofmann, S. G. (2019). The relationship between trait mindfulness and affective symptoms: A meta-analysis of the Five Facet Mindfulness Questionnaire (FFMQ). Clinical Psychology Review, 74, 101785.
  • Chambers, R., Gullone, E., & Allen, N. B. (2009). Mindful emotion regulation: An integrative review. Clinical Psychology Review, 29, 560–572.
  • Gross, J. J. (2015). Emotion Regulation: Current Status and Future Prospects. Psychological Inquiry, 26, 1–26.
  • Liu, J. J. W., Reed, M., & Girard, T. A. (2017). Advancing resilience: An integrative, multi-system model of resilience. Personality and Individual Differences, 111, 111–118.
  • Sisto, A., Vicinanza, F., Campanozzi, L. L., Ricci, G., Tartaglini, D., & Tambone, V. (2019). Towards a Transversal Definition of Psychological Resilience: A Literature Review. Medicina, 55(11), 745.
  • Southwick, S. M., Bonanno, G. A., Masten, A. S., Panter-Brick, C., & Yehuda, R. (2016). Resilience definitions, theory, and challenges: Interdisciplinary perspectives. European Journal of Psychotraumatology, 5, 25338.
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