これまで研究を通じて、私たちは器の理論構築を進めてきました。
器の構成概念には「感情」「他者への態度」「自我統合」「世界の認知」があり、それぞれの領域を念頭に自分自身の器の形を見つめながら、自分らしく器をつくっていく必要があります。
その理論を説明する際に、「どうやったら器を広げていけるか、もっと具体的なレベルで教えてほしい」という質問を受けることが多々あります。
前回の記事でも触れたように、器とは目に見えない抽象的な領域を対象としているため、知識・スキルのように標準的な訓練方法で高められるわけではありません。
また、ただ知識やスキルを増やすだけで、本当の意味で“人としての器”が大きくなるとは限らないのです。
それにもかかわらず、私たちは具体的なハウツーを求めがちで、そこにとらわれ続けてしまいます。
その結果、器の理論を知識として獲得して「わかった気」になり、そこで学習を止めてしまうことが起こりがちになってしまいます。
器の思想は、表面的な「中身」とは対照的で、もっと深いところにあります。
表層的な学習で停滞する罠を回避するためにも、器を育てるステップをもう少し踏み込んで体系化する必要を感じるようになりました。
そこで今回の記事では、「わかる→やる→できる→つくりこむ→かえりみる→わかちあう→たちもどる」という7つのステップを軸に、私たち自身がどのように変容し、器を広げていけるのかを考えてみたいと思います。
1.わかる ——「知識の壁」
最初のステップは「わかる」ことです。
これは新しい知識を得て、自分なりに理解する段階を指します。
講義を受けたり、文献を読んだりすることで、頭の中に“知識”として情報が蓄積されていきます。
したがって、まずは、器に関する理論をわかるという「知識の壁」を乗り越えることが必要です。
しかし、知識を得るだけでは「中身」ばかりが増えていき、“在り方”への変化にはなかなか結びつきません。
2.やる ——「実践の壁」
「わかる」段階を経たら、次は実際に「やってみる」段階に入ります。
ここでは、理解した知識を行動や実践を通じて活かそうとします。
たとえば学んだことを仕事で試す、私生活の中で取り入れるなどです。
ところが、私たちは往々にして面倒くさがり、行動に移すことを避けがちで、「実践の壁」を超えられない場合があります。
したがって、頭の中のイメージと現実のギャップを埋めるために、何度も試行錯誤を重ねることが求められます。
3.できる ——「技術の壁」
行動に慣れ、ある程度繰り返し練習をしていくうちに「できる」ようになる瞬間が訪れます。
器を広げることは、連続的成長ではなく、ある瞬間、非連続的に成長することがあるため、粘り強く実践し続ける心構えが重要です。
その結果、これまでできなかった感情コントロールが働くようになったり、自然と他者の気持ちに寄り添えるようになったりと、いわば技術を完全に自分のものにする段階に至ります。
したがって、型どおりに動くことができるようになるまで絶えず繰り返す努力を重ねて、「技術の壁」に立ち向かう必要があります。
4.つくりこむ ——「独創の壁」
スキルや技術を自分なりのやり方に“再構築”する段階が「つくりこむ」です。
このとき、単なる技術の模倣を卒業し、自分の思考や価値観を反映させることで、新しいアイデアや独自のやり方を生み出そうとします。
ここで立ちはだかるのが独創の壁です。
既存の型を守るだけでは限界があるため、標準的な方法論を「破る」勇気が不可欠になります。
周囲と違うやり方を試すのはリスクも伴いますが、その分、より深い学びにつながります。
そしてこの段階から、初めて目に見える「中身」ではなく、目に見えない「器」に意識が向かうようになります。
5.かえりみる ——「内省の壁」
自分なりに技術をつくりこんだ先には、もう一段深い「自己理解」が必要になります。
自分がどんな動機や価値観で行動しているのか、仲間とどう協調しているのか、あるいは自分が抱えている限界や思い込みは何なのか――。
ここで直面するのが「内省の壁」です。
自分と徹底的に向き合うのは簡単ではありませんが、他者との対話を通じて、これまで気づかなかった自己概念の境界に気づき、それを少しずつ広げていくことで、「人として」の土台が厚くなります。
6.わかちあう ——「協働の壁」
より深い内省を経て、次の段階では他者と“わかちあう”フェーズに入ります。
自らの器に関する根源的な課題や独自のらしさに関して、自分一人で抱え込まず、仲間やチームにオープンに共有することで、仲間と共により大きな器づくりに取り組めるようになるでしょう。
ここで待ち受けるのが「協働の壁」です。
限界や課題を共有し合い、うまく協力するに至るまでに、様々な抵抗や困難を経験することになります。
人によって背景や価値観が違うからこそ、摩擦を乗り越えて互いの強みを引き出すには、自己受容と他者受容の両面を常に意識しなければなりません。
7.たちもどる ——「変容の壁」
最後のステップは「たちもどる」です。
これは、常に未熟さや初心を受け入れ、学び直し続けることを意味します。
一度スキルや内省を深めたとしても、世界は絶えず変化しているため、何度でも「初心にかえって新しく学び直す」必要があるのです。
ここでぶつかるのが「変容の壁」です。
これまで培ってきた自分なりの価値観やプライドを手放すのは大きな抵抗を伴います。
しかし、他者との深い協働活動を経験することができたなら、決して孤独ではありません。
自分は他者にとっての背景であり、同時に他者は自分にとっての背景であり、やがて自分と他者の境界が溶けて、“私たち”という場(器)の一部に統合化されていきます。
そうした視点を得ることで、一歩下がり、再び謙虚に学び始められるようになると、人としての器がさらに大きくなっていくことでしょう。
型守り(中身)から型破り(器)へ
最初の「わかる→やる→できる」あたりまでは、いわゆる“型守り”の段階といえます。
知識やスキルはすぐに成果が出やすく、短期的な成長を実感しやすい点でも魅力的です。
しかし、その先にある「つくりこむ→かえりみる→わかちあう→たちもどる」のプロセスは“型破り”へと進むフェーズとなり、深い学びと大きな変容が求められます。
「人としての器」とは、こうした“型破り”の過程で培われる自我統合や世界認識、感情や他者への態度などを総合的に含んだ“在り方”です。
そこには技術だけでは説明しきれない目に見えない領域があり、そこに真摯に向き合うことで人間力の本質ともいえる柔軟性や包容力が育っていきます。
まとめ
私たちはしばしば「スキルアップ」や「成果」を追い求めますが、その先には「人としての器」を育むための道が続いています。
型どおりの標準的な成果に留まるのではなく、自分なりに技術をつくりこみ、内省を深め、他者とわかちあい、繰り返し初心にたちもどる――。
このプロセスを重ねることで、私たちの在り方は少しずつ変わっていくのです。
変化の激しい時代だからこそ、何度でも「変容の壁」に向き合い、再び器を柔らかくして新たに作り続ける姿勢が大切になります。
ぜひ皆さんも、自分の“わかる”“やる”“できる”を超えた先にある「器」への成長を意識しながら、日々を過ごしてみてはいかがでしょうか。
たとえ遠回りに感じても、その歩みこそが人としての深みと可能性を育てる大切なプロセスになります。