創発を日常に活かすには?――エンパワーメント・リーダーシップ・対話の理論を踏まえて

総論

環境が複雑化し、変化のスピードが加速する今日、注目されているのが「創発(Emergence)」という概念です。

イノベーションの種は、しばしば予期せぬ形のぶつかり合いから生まれます。

それは、個々のアイデアや能力の単純な足し算を超えた、非連続的な価値の創出を意味します。

この記事では、他者への態度における「創発」という現象を理解し、それを日常の人間関係の中で意図的に促進するための実践的アプローチを探ります。


創発とは何か — 鍵となる3つの概念

創発とは「要素間の相互作用を通じて、予測不能な新しい秩序や性質が全体として現れる現象」です。

日常では、多様な個性を持つ他者との創造的な相互作用から、予期しなかった革新的なアイデアや解決策、新たな関係性が生まれることがあります。

最新の研究を踏まえ、創発を促進する上で特に重要な3つの理論的視点を整理します。

① エンパワーメントによって主体性を引き出す

創発は、個人間の相互作用によって生まれるものですが、その原点は一人ひとりの主体的な関与にあります。

この主体性を引き出すには、日常の関わりの中で心理的エンパワーメントを育むことが重要です。

心理的エンパワーメントとは、「仕事に対するコントロールの感覚と、自分の役割に対する能動的な志向性を反映する内発的動機づけ」と定義され、以下の4つの要素で構成されます(Seibert et al., 2011)。

  • 意味(Meaning): 行動の目的や価値への共感や整合性
  • 有能感(Competence): やり遂げられるという能力に対する信念
  • 自己決定感(Self-determination): 行動における自律性や自己決定の実感
  • 影響力(Impact): 自分の行動が成果に影響を与えるという確信

これらの感覚が満たされると、人は主体的に関与し、創造的なアイデアを生み出して貢献しようとする意欲が高まります (Seibert et al., 2011; Lee et al., 2018)。


② 多様なリーダーシップスタイル

エンパワーメントを高めるための働きかけは、本人のストレスの状況や期待、リーダーとの関係性など様々な要因が影響する可能性があります(Cheong et al., 2019)。

ただし、標準的な方法で一概にエンパワーメントを促進できるわけではありません。

そこで既存のリーダーシップ理論の視点から、主体性を高めて創発の可能性を生じさせるポイントを見ていきます。

  • 変革型リーダーシップ: 変革型リーダーシップの様々な側面のうち、特に「理想化された影響」「知的な刺激」「インスピレーションを与える動機づけ」が創造性を促進する上で重要であることが示されています (Shafi et al., 2020)。魅力的なビジョンで人々を共通の方向へ導き、「なぜ?」「他に可能性は?」といった知的刺激を高めるような前提を問いかけ、個々の関心に応じて動機づける働きかけが大切です。
  • インクルーシブリーダーシップ: インクルーシブ・リーダーは、まず「相手を個人として支援」することで独自性発揮の土台を築き、次に「エンパワーメント」によって多様なメンバーに奨励感を与え、さらに「学習と能力開発への貢献」を通じて相手のユニークな特性を強化します (Korkmaz et al., 2022)。こうした独自性を育むプロセスが、創発的な協働を進める際の土壌となります。
  • エンパワーメント・リーダーシップ: エンパワーメント・リーダーシップとは、メンバーに権限委譲したうえで自己主導的かつ自律的な意思決定を促進する働きかけで、コーチングを行い、情報を共有し、意見を求めるリーダーの行動と定義されます(Lee et al., 2018)。メンバーの有能感や自律性を尊重し、それを通じて内発的動機づけを引き出すことで創造性を促進します(Kim et al., 2018)。

上記をまとめると、①個々の独自性を認め、それを強みとして活かし、②自己決定を奨励して、挑戦を後押しし、③前提を問い直したり、新しい視点を含めた知的刺激を与え、④主体的に動こうとする内発的な動機を引き出すことが、創発を生む態度として重要と考えられます。


③ 創発を生むための「対話」の設計

さらに、創発を生むためには、個人の主体性や内発的な動機だけでなく、個人間の交流としての「相互作用の質」に目を向けることも重要です。

その際に重要な概念が「対話(Dialogue)」です。

  • 対話の定義: 社交性を目的とした会話や、既存の立場を主張し合う議論とは異なり、対話は「共に学ぶ相互作用のプロセス」です(Ballantyne, 2004)。対話の目的は個人の理解を超え、普段は隠れている洞察を表面化させることにあります。対話の中では、参加者は自らの前提を一旦保留し、相互理解を通じて集合的に新しい意味や理解を生み出そうとします 。
  • 解放的な対話: 固定的な役割や先入観から一時的に解放され、対等な立場で、自由かつ批判的に思考を交換できる場では、個人の知見を超えた洞察やアイデアが創発しやすくなります (Raelin, 2012)。解放的な対話を促進する基盤として、「安心・信頼」「自由な意見」「平等な機会」「誠実さ」「新しい発見」という5原則を意識することが大切です。
  • 対話型フィードバック:解釈や意味が共有され、期待が明確化されるインタラクティブなやり取り――フィードバックが必要です。対象者がフィードバックを理解し、内省し、学習を深めていくには、「(a)感情や関係性のサポート」「(b)対話の継続」「(c)対象者が自身を表現する機会」「(d)対象者の成長に対する貢献」という4つの観点が重要です(Steen-Utheim & Wittek, 2017)。

「相互作用の質」を高める対話のプロセスを整えることによって、意図的に創発を育むことができます。

支援的な姿勢でお互いをエンパワーし、質の高い対話を促進することが、日常生活における創発力を高める鍵となります。


創発を日常にする3つの実践

上記の理論を踏まえ、創発を促すための具体的な実践アプローチを3つの観点から紹介します。

実践1:エンパワーメントを通じた創発の土壌づくり

心理的エンパワーメントの4要素を日常の関係性に組み込むことで、創発の土壌をつくります。

  • 意味の創出:「なぜこれが重要か」という目的や価値観を共有し、個々の貢献がどのように全体の意義に繋がるかを明確にします。相手の価値観や関心に耳を傾け、その人自身が意味を見出せる接点を一緒に探ります。
  • 有能感を育む:相手の強みを認識し、それを活かせる機会を意識的に創出します。適切な挑戦レベルの課題を提供し、必要なサポートとフィードバックを行いながら成長を促します。
  • 自己決定感の尊重:「何を目指すか(目標)」「なぜそれが大切か(目的)」を共有しながらも、「どうやるか(方法)」に関する自律性・自己決定は相手を尊重します。意思決定においては、選択肢と必要な情報を提供し、相手自身による判断を支援します。
  • 影響力の可視化:相手の行動が他者や全体にどのような影響を与えたのかを具体的に伝え、貢献実感を高めます。意思決定や問題解決において、相手のアイデアや意見がどのように取り入れられたかを明示します。


実践2:多様なリーダーシップアプローチによる創発の触媒

状況や相手に応じて、創発を促進する多様なリーダーシップ行動を柔軟に活用します。

  • 変革型リーダーシップの実践:魅力的なビジョンを描き、共有し、「今とは異なる可能性」への想像力を刺激します。「もし〜だったら?」「なぜそうなのか?」といった問いで、前提を問い直す知的刺激を提供します。
  • インクルーシブリーダーシップの展開:個々の独自性を認め、多様な視点や能力を積極的に引き出す関わりを心がけます。発言の少ない人や少数派の意見にも耳を傾け、全員が安心して参加できる環境を整えます。異なる分野や視点からの学びを意識的に取り入れ、新たな発想を促します。
  • エンパワーメント・リーダーシップの実行:情報やリソースへのアクセスを確保し、相手(当人)による効果的な意思決定を支援します。成長の機会となる挑戦的な役割を提供し、必要に応じてコーチングを行います。その際、「ただの放任」ではなく、明確な期待と支援のバランスを取りながら自律性を促進します。


実践3:創発を生む質の高い対話の設計

単なる情報交換や議論を超えた、創発的な対話の機会をつくります。

  • 対話の場づくりと基盤形成:対話の機会(場)と心理的な空間をデザインします。そこでは、「批判より理解を優先する」「結論を急がない」「相手の発言を深く聴く」といった対話の原則を共有します。心理的安全性を確保し、誰もが自由に意見や疑問を表明できるような関係性を育みます。
  • 解放的な対話の促進:階層や役割、専門性に基づく先入観を一時的に保留し、対等な立場での探究を奨励します。「安心・信頼」「自由な意見」「平等な機会」「誠実さ」「新しい発見」という5原則を意識した対話を実践し、対立する意見を否定せず、異なる視点が交わることで生まれる新たな可能性に注目します。
  • 対話型フィードバックの活用:フィードバックの場面では、一方的な評価ではなく、相互理解と成長を目的とした対話を心がけます。そこでは、「感情や関係性のサポート」「対話の継続」「自己表現の機会」「成長への貢献」を意識し、相手の内省と学びを促す問いかけを通じて、自己理解の促進と主体的な改善を支援します。
  • 実践・文化への橋渡し:対話で生まれた洞察やアイデアを、具体的な行動や実践に変換するプロセスを設計します。対話の内容だけでなく、対話のプロセス自体も振り返り、より質の高い相互作用へと進化させます。小さな実践と振り返りのサイクルを継続的に繰り返し、組織全体としての創発的な学びの文化づくりにつなげていきます。


まとめ:創発的関係性が生み出す持続的な価値

創発は一過性のイベントではなく、日常的な関わり方として育むべき継続的なプロセスです。

本記事で紹介した理論的視点(エンパワーメント、リーダーシップ、対話)を通じて、相互に作用し合い、予期せぬ価値を生み出す創発的な関係づくりの重要性をご理解いただけたかと思います。

相手の主体性を尊重し引き出すエンパワーメント、状況に応じた多様なリーダーシップの発揮、そして創発を生む質の高い対話――これらを意識的に実践することで、日常の関係性の中に「創発」を根付かせることができるでしょう。

複雑性と変化が加速する時代において、予測不能な未来に向かって革新を生み出し続ける創発的な関係性は、個人にとっても組織にとっても、とても大切な資産になるでしょう。


参考文献

  • Ballantyne, D. (2004). Dialogue and its role in the development of relationship specific knowledge. Journal of Business & Industrial Marketing, 19(2), 114-123.
  • Cheong, M., Yammarino, F. J., Dionne, S. D., Spain, S. M., & Tsai, C. Y. (2019). A review of the effectiveness of empowering leadership. The Leadership Quarterly, 30(1), 34-58.
  • Kim, M., Beehr, T. A., & Prewett, M. S. (2018). Employee Responses to Empowering Leadership: A Meta-Analysis. Journal of Leadership & Organizational Studies, 25(3), 257-276.
  • Korkmaz, A. V., van Engen, M. L., Knappert, L., & Schalk, R. (2022). About and beyond leading uniqueness and belongingness: A systematic review of inclusive leadership research. Human Resource Management Review, 32(4), 100894.
  • Lee, A., Willis, S., & Tian, A. W. (2018). Empowering leadership: A meta-analytic examination of incremental contribution, mediation, and moderation. Journal of Organizational Behavior, 39(3), 306-325.
  • Raelin, J. A. (2012). The manager as facilitator of dialogue. Organization, 20(6), 818-839.
  • Seibert, S. E., Wang, G., & Courtright, S. H. (2011). Antecedents and consequences of psychological and team empowerment in organizations: A meta-analytic review. Journal of Applied Psychology, 96(5), 981–1003.
  • Shafi, M., Zoya, Lei, Z., Song, X., & Sarker, M. N. I. (2020). The effects of transformational leadership on employee creativity: Moderating role of intrinsic motivation. Asia Pacific Management Review, 25(3), 166-176.
  • Steen-Utheim, A., & Wittek, A. L. (2017). Dialogic feedback and potentialities for student learning. Learning, Culture and Social Interaction, 15, 18-30.

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