2026年のワールドカップ。惜しくも決勝トーナメント1回戦で日本代表は敗れましたが、その戦いぶりを見ながら、森保一監督の「器」について考えてみました。
森保監督については、これまでさまざまな評価がなされ、監督就任当初から「選手任せで戦術がないのではないか」「リーダーシップがなく、前に出ていないのではないか」「もっと細かく指示すべきではないか」といった声も少なくありませんでした。
しかし、選手たちの声を聴くと、かつてないほど、チームワークがいいと口々に語ります。
もちろん、強くなった要因として、個人のレベルが上がった点もありますが、明らかにチームの雰囲気がいいのが特徴です。
今回、その秘訣を探ろうと、森保監督に関する3冊の書籍(『日本のために!』『逆転監督 森保一』『プロサッカー監督の仕事』)を読み込み、森保監督の考えやチームづくりに関する記述を分析することにしました。
なお、このうち『プロサッカー監督の仕事』は、まだサンフレッチェ広島を率いていた頃の自著で、日本代表監督になる前の記述ですが、当時の考え方は立場の変わった今もほとんど揺らいでいないように思えました。
分析を通じて、森保監督の「器」の核にあるものとして見えてきたのは、批判の的になりがちな「指示を出さない」「リーダーシップがない」「前に出ない」「選手に任せる」という姿が、むしろ器の大きさの表れなのではないか、という見方です。
以下では、チームづくりの基本機能である「①信念」「②採用」「③組織づくり」「④人材育成」「⑤日常の関わり」に沿って、森保監督の「器」のポイントをひも解いていきます。
① 信念:「自分」を後ろに置くリーダー
まず土台となるのが、森保監督自身が何を大切にしているかという「信念」です。
森保監督の意識は、「自分」よりも「チーム全体」へと、一貫して向けられています。
たとえば、リーダーとしての「自己」について、次のように語っています。
「大きな目標があって組織がどう向かっていくかを考えれば、自然にリーダー自身の『自己』はどこかへ飛んで行くのかなと。最終的にリーダーの『自己』はなくなると思います」(『逆転監督』p114)。
また別の場面では、こうも語っています。
「私は日本代表の勝利と日本サッカーの発展のために監督をやっていて、それがひいては日本のためになると思ってやっています。その原理原則を持っていれば、自分のプライドはどうでもいい」(『逆転監督』p98)。
「リーダーの自己はなくなる」「自分のプライドはどうでもいい」といった言葉から、森保監督の価値観の根幹には、自分を中心に置かず、より大きなもののために動かされているように見受けられます。
なぜ、このような形で「自己」を前面に出さずに、自然と背景に置けるのでしょうか。
その手がかりは、若い頃の経験にあるのではないかと考えられます。
森保監督は、選手としては決して「天才」と呼ばれる存在ではありませんでした。
高校卒業後、マツダ(現サンフレッチェ広島)に入団したのは、長崎日大高校時代の監督とマツダの今西和男総監督に繋がりがあったことがきっかけで、新人5人枠のうちの特例の6人目の選手、すなわち「ビリ」だったという回想が語られています。
それゆえに、こだわるべき自己流もなく、当時のオランダ人指導者だったオフト氏の言うことを素直に受け入れ、すべて吸収しようとしたという原体験がありました(『逆転監督』p46)。
プライドが邪魔をして助言を受け入れられない選手が少なくないなかで、当時の森保氏にはそれがなく、当時の関係者は、彼を「吸収の天才」と評していたと言います(『逆転監督』p47)。
自分を「空」にして、素直に人から学ぶ姿勢。
この習慣づけが、「自己」を後ろに置ける現在の姿につながっているのではないかと考えられます。
② 採用:「チームのために」を基準に選ぶ
『逆転監督』の中では、中学時代の森保氏は、仲間を大事にしていて、常に周りに人が集まっていたというエピソードが語られています(『逆転監督』p20)。
中学2年生だった森保氏の仲間のひとりが、3年生のグループに暴力を振るわれたとき、森保氏は燃え上がり、仲間を集めて殴り込みを決意するほど、仲間想いで正義感が強かったとのことです。
そして、「仲間のために動けるかどうか」という自身が大切にしてきた価値観を、選手を迎えるときの採用基準にも置いているように考えられます。
クラブ監督時代の森保監督が求めていたのは、「チームの一員として献身的にプレーできる人間性を持った選手」でした(『監督の仕事』p65)。
突出した個の力よりも、チームのために戦い、その輪に溶け込める人。
いわゆる「チームのために(for the team)」という姿勢を重視しています。
代表監督としても「チーム一丸」を大切なスローガンに掲げ、一人ひとりが個を出しながらも、利他の姿勢を持つことこそがチームを強くするのだと語っています(『日本のために!』p26, p63)。
しっかりした個がありながら、驕らず他者の違いを尊重できる。そのうえで「和」を大事にするといった考えが、採用基準にも反映されているのです。
③ 組織づくり:相反するものをあわせて抱える
森保監督の組織づくりに関する記述を読んでいて興味深く感じたのは、相反することを、どちらか一方に振り切らずに成り立たせている点でした。
ひとつ目は、「任せること」と「責任を負うこと」の関係です。
森保監督は、クラブ時代から、練習メニューを専門家であるコーチに信頼して任せて、できるだけ口を挟まない、というスタイルを貫いてきました(『監督の仕事』p39)。
この権限委譲の姿勢は代表監督でも変わらず、練習は基本的にコーチ陣に委ね、自分は一歩引いた場所から全体を見る、スタンスを取っているとのことです(『逆転監督』p131, p138)。
一方で、コーチには「最後の責任は僕がとるので、自由にやってください」(『監督の仕事』p40)と言い、選手がコーチのやり方に反発したときには、選手に「コーチの考えはオレの考えと同じだから」と伝えているようです。
コーチの言葉の責任を、すべて自分が引き受ける。
そうすることで、コーチが自信をもって思い切り仕事をできる体制を整えているのです。
目指すべき大きな方針だけは示し、具体的な進め方に関する権限は手放すけれども、最終的な責任は手放さない。これが、いわゆる「丸投げ」とは異なる任せ方として実践されています。
ふたつ目は、「自由」と「規律」の関係です。
森保監督が目指すのは選手が過度に萎縮しないチームであり、細い道を神経質に歩かせるのではなく、一定の許容範囲があって、自由にリラックスして動けるチームでありたい、と語っています(『日本のために!』p37)。
しかし、一方で、挨拶、時間を守ること、礼儀、SNSでの振る舞いなど、厳しくルールや規律を求めることもあります。
特に『チームを批判する人間』と『チームの輪を乱す人間』は厳として許さず(『監督の仕事』p57)、「内輪の問題は内輪で解決しよう」といった規律については、はっきりと線を引いています(『日本のために!』p60)。
自由にさせながらも、譲れない一線は守る。緩めるところと締めるところ、任せる部分と引き受ける部分を、どちらか一方に寄せるのではなく、バランスを見ながら、両方の矛盾をあわせて抱えようとしているのです。
みっつ目は、「グループありき」と「個性ありき」の関係です。
森保監督は「チーム一丸」というコンセプトを大切にしつつも、「最初からグループありきでチームづくりをしない。個性があって、その個性が融合してひとつのチームになる」と語っています(『逆転監督』p106)。
この「個性の融合」こそが、日本らしいサッカーの良さでもあり、型にはめてまとめるのではなく、余白を残しておき、そのなかで個性が混ざり合っていくことを大事にする点が、森保監督が理想とする組織観であると推察されます。
④ 人材育成:成長に向けた「問い」を渡す
森保監督の育成スタイルを一言で表すなら、「答えを教えず、自分で考えて判断させる」という点にあります。
選手にもスタッフにも「どうしたらいいと思う?」「どうだった?」と質問をし、仮に投げかけられた側に多少のストレスがかかったとしても、自分で考えてやった分は必ず身になる、という考え方を大切にしています(『逆転監督』p114)。
答えを与えれば、その場は早く解決します。しかしそれでは、選手が自分の頭で考えて判断する力を養うことには結び付きません。
特に試合中は、監督の指示を待っていたら判断が遅れてしまうため、自分自身で考えて状況に対応する必要が生じます。
だからこそ、答えではなく「問い」を渡して、考えてもらうことを重視しているのです。
この姿勢は、モチベーションの捉え方にも通じており、森保監督は、怒鳴ったりプレッシャーをかけたりして選手を奮い立たせることはほとんどしないそうです。
それは「モチベーションは自分で上げるものだ」と考えているからです(『監督の仕事』p79)。
檄を飛ばすような強い声がけがなくても選手自身が自分でやる気を高められる、そうした自己動機付けのできる「自律した集団」を、日々のトレーニングからつくろうとしているのです。
また、育成における森保監督の考え方がよく表れているのが、「失敗の扱い方」です。
森保監督は、挑戦には失敗がつきものだと述べています。
挑戦してうまくいけば最高だが、必ずしも成功をノルマにはしない。それどころか、成長のために「あえて失敗してもらう」というケースさえあると語っています(『逆転監督』p114)。
若手を起用してミスが出ても、それが成長の糧になるのなら構わない。もちろん、試合後に「お前のせいで流れが悪くなった」と厳しく指摘することもあるそうですが、そこには必ず「それはお前を使ったオレの責任でもある」という一言が添えられます(『監督の仕事』p122)。
たとえ失敗をしても、相手だけを責めるためではなく、自分にも非があるということを引き取ったうえで、その後の成長につなげるためのきっかけにつなげているのです。
成長につなげるうえでは、「怒る」と「指摘」の区別も大切になります。怒るというのは、伝える側の視点から感情やストレスを相手にぶつけてしまうことで、一方、指摘とはその人の成長のために良し悪しを伝えることです(『逆転監督』p119)。
感情をコントロールし、相手のために言葉を選ぶ姿勢は、逆境に立たされても取り乱さず、「前向きに倒れれば成長につながる」とどっしり構える点や(『逆転監督』p87)、連敗が続いても性急な判断に走らず、それまで「いい」と言ってきたことを急に「ダメ」とは言い出さない点(『監督の仕事』p16)にも表れています。
どちらも、その場の感情に支配されず、選手の成長に資するという一貫した軸から判断された関わりと言えます。
⑤ 日常の関わり:一人ひとりを観て、関わりを変える
日常における「個との関わり方」に関して、森保監督は選手を「観る」ことを重んじていると言います。
観てあげなければ、選手に何も言ってあげられない。だから、まずは何よりも個々人のプレーを観ることが大事だと語っています(『監督の仕事』p20)。
その際、自分ひとりの目だけでなく、コーチたちの目線を使って、レギュラー組・控え組という枠を設けずに、できるだけ多くのメンバーを観ようと心がけていします(『監督の仕事』p28)。
期間の限られた代表戦においても、個々の選手との対話に意識して時間をかけ、「関心を持って見ているよ」ということが伝わるよう、できるだけ一人ひとりに声をかける、と述べています(『日本のために!』p50)。
そして、観たうえで、一人ひとりの状況に合わせて関わり方を変えていきます。
たとえば、責任感が強すぎて力んでいた選手には「もう少し自然体で」と声をかけ、孤独を抱えていそうな選手には、早朝のジョギングにそっと付き合うといった感じです(『監督の仕事』p16, p18)。
「選手が置かれた状況やパーソナリティによって変わってくる。だから、誰ひとりとして同じ対応はありません」と語っています(『監督の仕事』p18)。
また、代表選手たちが海外のクラブへ戻るときには、たとえ深夜や早朝であっても、可能な限り見送りに行くといいます。
その理由は、日本のために戦ってくれた選手たちへの「感謝と敬意」を示したいからとのことです(『逆転監督』p112)。
ここまでの記述を踏まえれば、「指示を出さない」「選手に任せる」という一見すると、リーダーシップが弱いように見える森保監督のスタイルにも、明確な理由があることを理解できるのではないでしょうか。
トップである森保監督は、試合の流れやチーム全体を俯瞰して見ようとしており、だからこそ、その場で慌てて口を出すのではなく、冷静に気づきをノートに書きとめ、必要なところに後で伝えるようにしているのです。
指示が少ないのは、問題が見えていないからではありません。
むしろ、全体が見えているからこそ、余裕を持って問題に対処しようとしているのであり、最前線の選手たちの主体性を信頼し、選手が自分で判断する余地を残しているからこそ、あえて指示を出す必要がないと言えるのです。
まとめ:森保監督の「器の大きさ」とは何か
森保監督は、信念として「チーム一丸」を重視して「自己」を後ろに置き、採用では「チームに献身できる人」を選び、組織では「任せながらも、最終責任は自分で引き受け」、育成では「成長に向けた問いを渡し」、日常では「まず観て、一人ひとりの状況に寄り添う」ことを大切にしています。
そのいずれもが、「リーダーである自分が中心になって、チームを引っ張る」という強いリーダー像とは、反対の方向を向いています。
だからこそ、「指示が少ない」「前に出ない」と見えてしまうのかもしれませんが、それは器が小さいのではなく、むしろ器の大きさの表れではないか、とも感じられます。
選手ら一人ひとりが自分の頭で考え、自分の力で動けるように、あえて余白を残す。
リーダーである自分のエゴを引っ込めて、主役である選手たちが育つ場所を空けておく。
相反するものを切り捨てず、両方の矛盾を抱える。
その場で沸き起こる感情に流されず、相手のために言葉を選ぶ。
こうした「受け入れる力」や「待つ力」こそが、人を育てるリーダーの器の大きさなのだと思います。
そして同時に、森保監督の視座は、目の前の戦いの勝敗を超えた先にまで広がっています。
サッカーを通じて、関わっているすべての人への感謝の気持ちを深め、日本人らしさへの誇りを育み、日本に、ひいては世界平和に貢献したい、という想いが語られています(『逆転監督』p136)。
自分のチームを超えて、その先の大きなものを見据えているからこそ、勝っても負けても、その戦いのプロセスは多くの人を勇気づけるのだと思います。
森保監督が積み上げてきたチームづくりの考え方は、サッカーや日本という枠にとどまらず、組織を率いる多くの人にとってヒントになるのではないでしょうか。
●参考文献
- 森保一・山藤賢『日本のために!世界一に挑戦する日本人の「誇り」と「あり方」』(やまと出版)
- 木崎伸也 『逆転監督 森保一』(文藝春秋)
- 森保一『プロサッカー監督の仕事 非カリスマ型マネジメントの極意』(カンゼン)
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