組織の器=多様な人々を受け入れる組織のあり方

総論

私たち研究チームでは、ミクロ的な視点から「人」に焦点を当て、「人としての器」という概念を検討してきました。

「人としての器」の概念は奥が深く、まだ探究の途上ですが、同時にマクロ的な集合の視点へとスコープを広げていく必要性も感じています。

そこで、今回から「組織の器」という概念についても、深めていきたいと思います。

筆者は以前、人事部向けの専門誌の編集者をしており、組織について強い問題意識を持っています。

実のところ、単に個人としての「人」が器を広げても、その集合である「組織」が器を広げていかないと、個人は苦しむ一方だと考えています。

これをビジュアルで表すと、組織の器の中に、多様な個人が押し込められて、可能性が発揮できないイメージです。

ここから、組織の器とは、多様な個性を持つ人々を受け入れる組織のあり方であると定義できます。

そこで、今回は三つのイメージに基づいて、「組織の器」という概念を掘り下げて考えてみたいと思います。


最低限の規律を守れる人だけで構成する組織の器

多くの企業では、「最低限の規律を守れる人材」を求める傾向にあります。

筆者がかつて関わりのあった企業の人事担当者が、次のような言葉をつぶやいていたことが印象に残っています。

「うちの会社の仕事は単純だから、あまりに優秀すぎる人はすぐに辞めてしまうんだよ」

この言葉の背後には、最低限の規律さえ守れば良いという人事担当者の信念が透けて見えます。

確かに、基本的なルールや規範を遵守することは重要です。

しかし、これだけを重視しすぎると画一的な組織風土が形成され、せっかくの可能性を持つ異端な才能を逃してしまうことになります。

ある企業では、規律重視の採用方針を長年続けた結果、社内の雰囲気が硬直化し、新たなアイデアや挑戦が生まれづらい状況に陥りました。

確かに、変化が少なく安定した社会環境では、秩序を守る他者依存的な集団が大きな成果を上げることができます。

しかし、VUCAと呼ばれ、若者の価値観も多様化している現代では、最低限の規律を守ることだけを重視する組織は、次第に魅力を失っていくことになりかねません。


価値観に合う人だけを求める組織の器

同様に、組織が掲げるビジョンやパーパスなど固定化した価値観に合致する人材のみを求めることにも問題があります。

このアプローチは短期的には力強く調和のとれた職場環境を作り出すかもしれません。

しかし、長期的にはその純度を高めて宗教化し、組織の成長を阻害する可能性があります。

あるベンチャー企業では、「社風に合う人材」のみを採用する方針を取っていました。

そのことで、当初は会社の一体感をもたらす活力となりましたが、自社に「合う合わない」という基準で選別し続けた結果、規模の拡大がうまくできず、次第に競争力を失っていくことになりました。

立ち上げて間もない時期は、少数精鋭で価値観を一致させることが推進力につながります。

しかし、規模を拡大して関わる関係者が多くなると、多様な価値観を持つ人材を受け入れる方策が必要になります。

同質性は限られたクローズドシステムの中では成り立ちますが、現実社会はオープンシステムであり、異なる視点からの提案や革新的なアイデアを活かさなければ、企業の発展は望めません。


多様な人々を活かして新たな可能性を見出すことの重要性

そもそも、組織とは、多様な人が有機的に関わる集団です。

したがって、多様な価値観を持つ人々が共存し、それぞれの視点や能力を最大限に発揮できる環境をつくってこそ、組織の強さが発揮されます。

これは単に表面的な属性の多様性だけでなく、思考様式や価値観の多様性を含みます。

つまり、組織の器の大きさは、多様な背景を持つ従業員を積極的に採用し、それぞれの個性や強みを活かす組織文化を築けるかどうかなのです。

ときには、病気を抱えていたり、障がいを持っている人と関わり、彼らは最低限の規律すら守れないかもしれません。

ときには、組織の持つ価値観とは異なり、受け入れがたい文化的な背景で育った人と関わることになるかもしれません。

彼らのような存在をどこまで組織の構成員として受け入れて活かしていけるか、その範囲を少しずつ広げていくことが、組織の器の拡大を意味します。


まとめ:経営者・管理職・人事部が組織の器をつくる

「組織の器」は、そこに属するすべての人々によって形づくられます。

しかし、特に重要な役割を果たすのが、権限や影響力を持つ経営者、管理職、そして人事部です。

彼らの姿勢や行動が、組織全体の雰囲気や文化を大きく左右します。

この点、筆者は、特に人事部の役割が重要と考えています。

日本企業の人事部は、経営層の代理人として従業員とコミュニケーションを取ると同時に、広範囲な権限を有しており、多様な人材の採用だけでなく、その育成や評価の観点でも、働くうえでのインフラをつくっていると言えます。

多様な人々を受け入れることは、よくダイバーシティの文脈で語られがちですが、単なる社会的責任として捉えてはいけないと思います。

それは、組織の持続的な成長と競争力強化のための戦略的な取り組みなのです。

しかし、一方で「器」を広げる過程は容易ではありません。

人としての器の成長プロセスで見てきたように、そこでは軋轢や葛藤が生じることになります。

それでも、多様性がもたらす創造性や革新性、そして組織の柔軟性は、これらの困難を乗り越えるだけの価値があります。

ポイントなのは、多様性それ自体がすぐに成果に結びつくわけではなく、「限界の認識」という重大な課題に真摯に向き合うことで、初めて器を一回り大きくすることができるのです。

これまでの日本の企業文化において、調和や同質性が重視されてきた歴史がありました。

しかし、急速に変化する社会において、この従来の価値観だけでは立ち行かなくなっています。

多様な価値観を受け入れることは、日本企業が直面する重要な課題であり、同時に「組織の器」を広げるための大きな契機とも言えます。

その際、「組織の器」には、「ダイバーシティ」というカタカナ言葉のスローガンでは捉えきれない深遠さが含まれています。

今、経営者、管理職、そして人事部の皆様が、自社の「組織の器」の現状を見つめ直し、どのように拡大していくべきか、真剣に考える時が来ているのではないでしょうか。

組織の未来を左右する重要な取り組みについて、「組織の器」という切り口で、私たちと一緒に探究いただければ嬉しく思います。

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