現代社会は、技術革新、グローバリゼーション、多様性の拡大など、急速に変化を遂げています。
この激動の時代において、既存の枠組みにとらわれず、新しい視点を獲得するために、社会学、経営学、倫理学、政治学、歴史学といった幅広い学問分野を取り入れ、複雑な世界をより深く理解することが求められます。
社会を変えていく第一歩は、「当たり前」とされるものに対して疑問を持つことであり、ポストモダニズムは、既存の権力構造や社会的な価値観を批判し、私たちが無意識に抱えている偏見や固定観念を解きほぐしてきました。
しかし、そうした批判的な姿勢が社会の分断を招き、対立を深めている面も否めません。
複雑な社会問題に対処するためには、異なる視点や価値観を理解して統合する姿勢が重要であり、それこそが「器の思想」の根幹にあります。
これからの時代における自己、組織、そして社会のあり方とは何なのでしょうか?
今回の記事では、約5万年前に開花したアニミズムの思想に始まり、ファウスト、ポストファウスト、モダニズム、ポストモダニズムという思想の流れを概観します(図1)。
それぞれの思想は、種子→成長→開花→成熟というライフサイクルによって進化し、成熟してもなお、次の時代に残り続けていくという特徴があります。
そして、ポストモダニズムに続く新たな思想として注目されている「メタモダニズム」の考え方を基に、これからの時代に求められる「器の思想」についての考察を深めていきたいと思います。
アニミズム(精霊の思想)
約20万年前に人類(ホモ・サピエンス)が誕生し、その後、絵画や彫刻などの芸術作品のような造形物が今から約5万年前の狩猟採集時代に一気に現れ始めたとされます。
この時代の中心的な思想がアニミズムです。
アニミズムとは、自然界のそれぞれの対象に精霊が宿る(=人間らしい意図と感情が込められて自然が擬人化される)という信仰で、これによって狩猟採集民を結びつける祖先崇拝の思想が形作られます。
アニミズム(精霊の思想)の特徴は以下のとおりです。
- 自己:自分の考えや他者との関わりは、非常に直接的であり、身体的な関係を基盤にしている。
- イデオロギー:自分の最も近いグループの人々(しばしばペットを含む)を重視し、社会的なタブーが侵害されていないことを特に心配する。多くの先住民文化では、「自然」のものすべてを彼らの関心の内側に収めて、グループ内でしか意味を持たない独特の言葉を用いるようになる。
- オントロジー:意味の世界(言葉の世界)は自然界と区別されないがゆえに、言葉は物体そのものと同じだと考える。したがって、自然界の物体は、音が似ていたり、数値(量)を共有しているという理由だけで、互いに関連させるようになる(例えば、占星術のように)。自然界と人間界の区別がないので、すべてのものには精霊がいて、動物には人間のような内的な生活や動機があると信じている。また、これらの精霊と人間は通じ合うことができる考え、例えば、魔法を使ったり、雨乞いのダンスをしたりする。
ファウスト(権力の思想)
今から約1万年前の農業革命によって、ファウストと呼ばれる価値観が開花します。この時代は、日本では縄文時代の終わりから弥生時代に該当します。
農業革命によって、自然という対象は、未知なる霊的なものから支配・管理する対象に変わりました。
農耕に適した土地を求めることで争いが生じ、激化する争いを統治するために王の存在が必要になり、同時に社会的な強さを示す名誉(階級)制度が生まれることになります。
ファウスト(権力の思想)の特徴は以下のとおりです。
- 自己:自己が社会階層の中でどの位置にいるのか、ある種の「運命(定め)」を見つけなければならない。社会の中で権力を得ることに向かって努力することができる。自己は、もはや自然と一体ではない。自己は、より大きな存在として、日常の生活をさらに向上させることができる。
- イデオロギー:所属する一族(共同体)の力と利益が倫理的基盤となる。生き残るためには、自然や他者を威嚇してコントロールする必要がある。それゆえに神(および人間の役割・役職など他のシンボル)は精霊よりも優先される。この段階で「目には目を」という道徳的な価値観が出てくる。
- オントロジー:人々は神、モンスター、ヒーローに関する物語を持ち、これらの物語は多くの規範をもたらす。ただし、これらの物語は世界について具体的な内容を記述するにとどまり、世界を支配する抽象的な原則や哲学について、実際には何も語っていないと言える。
ポスト・ファウスト(秩序の思想)
紀元前800年頃から、キリスト教、イスラム教、仏教のような偉大な宗教が形作られていきます。
すべての主要な宗教はポスト・ファウストの価値観の現れで、これを通じて戦争や権力の恣意的な行使などに反対し、より民族中心的な秩序を再確立しようとしました。
なお、日本における仏教伝来が6世紀半ばで、古事記が7世紀前半とされており、ポスト・ファウストの思想は紀元後500年以降に完全に開花したと考えられます。
ポスト・ファウスト(秩序の思想)の特徴は以下のとおりです。
- 自己:自分のスキルや能力を超えた道徳的秩序への信念がある。自分は善にも悪にもなれる(=天国にも地獄にも行ける)という考えがあり、そこには真理(=経典によって説かれる大切な教え)に関係する本質があると考える。その真理を守ることは、社会秩序の中で自分の居場所を見つけて維持することとも同義である。
- イデオロギー:一般化された「道徳」の存在がある。この時点までは、集団や部族の利益が道徳の基礎となっていたが、ポスト・ファウストの価値観では、真の信仰に仕えるすべての人々の魂が救済されると考える。奴隷制、不当な侵略、搾取は非倫理的とみなされる。すべての権力は、自分の人格の道徳的資質と美徳によって獲得されなければならない。
- オントロジー:人間は不完全であるが、完璧なもの、絶対的なものに近づくことができる。普遍的なものへの接続は、肉体を経由するのではなく、抽象化された魂(来世で救われる)とその倫理的本質によって行われる。神という究極的な存在は、すべての神話の基盤となる抽象化された議論の中に現れるため、経典・神学を学び、それについての深い理解を獲得する必要がある。
モダニズム(合理の思想)
モダニズム(合理の思想)は、19~20世紀の産業革命を通じてようやく開花しました。
機械化を通じて、農業から工業への生産活動の転換が、社会に大きな変化をもたらします。
合理主義的かつ科学的な思考が発達し、個人としての意識の確立と物質的成長の追求、そして宗教的で政治的な支配からの解放を目指す必然性が高まりました。
また、人間の利益につながるのであれば、生態系を乱開発し、地球上の多くの生命を破壊する場合もあるなど、個人にって自由で合理的な社会秩序を形作ることになります。
モダニズム(合理の思想)の特徴は以下のとおりです。
- 自己:人間は「個人」であり、来世(道徳的な魂)だけでなく、現世でも個人の考えを表現する権利を持ち、それゆえに社会秩序の中で自分が得をする場所に合理的に移動していくことが正当化される。
- イデオロギー:民主主義を正当化する。すべての人間の物質的なニーズを満足させるために、科学を利用し、経済成長を生み出し、価値のある市民の間での利益を公正に分配する。実力主義やスポーツのように、人生はゲームだと捉える。ルールを知り、相手に勝つ必要がある。最高の個人とは、世界の真実を最もよく知っているエリートである。
- オントロジー:宇宙(すなわち全体性)は、その物質的構成要素とその間の空間から構成されていると考える。それらは絶対的な真実を提示し、人々は理性と科学的手続きによって、この真実を知ることができる。
ポストモダニズム(個性の思想)
20世紀になってポストモダニズム(個性の思想)が出現し、それはまさに現在進行形で開花の最中にあると考えられます。
ポストモダニズムでは、合理主義的思考や確立された権力関係に対する批判、環境問題や社会問題へのより大きな関心が特徴とされます。
情報革命を通じて、誰もが主義主張を情報発信して自己表現できるようになり、人々は一般的に当たり前とされている規範や常識に疑問を持ちはじめると同時に、個性的であることを誇りに感じて自分らしさを追求する傾向が顕著になっています。
ポストモダニズム(個性の思想)の特徴は以下のとおりです。
- 自己:現代社会の規範・カテゴリーに疑問を抱き、それに対抗して、いかにユニークな個人になるか、どのように異なっていて例外であるかについて関心を持つ。社会に反対しない限り、私たちは「個人」として確立できない。唯一無二の存在であるという証明が非常に重要である。
- イデオロギー:現代社会はひどく間違っているとして、多元性、ニュアンスの違い、例外であること、標準に対する批判をことさらに強調する。少数派文化への抑圧に対抗するために、文化的相対主義に傾く。社会的に排除された人々の視点を意図的に土俵に出そうとする。権力構造と戦い、現代社会の構造を超えたところに本質があると考える。ポスト唯物論、相対主義、すべての生き物との連帯、環境主義、包摂的(インクルージョン)であることへの努力を志向する。
- オントロジー:シンボル・構造・文化は、限定合理的な目的を有しており、それ枠組みを超えなければならない。そのために、宇宙は社会的で相互作用的であると考える。すなわち、すべての知識は文脈に基づく。自然科学でさえ、科学的な共同体・文化・慣習に基づいた視点の一つにすぎない。私たちは究極的な真実にアクセスすることは決してできないと考える(解釈主義の台頭)。
メタモダニズム(器の思想)
現代の主流であるポストモダンの思想に限界が生じたとき、いよいよメタモダニズムの思想が開花することになります。
おそらく「知能革命」がそのきっかけとなるでしょう。
人間の知能と同程度の能力を持つ汎用人工知能(AGI:Artificial General Intelligence)は2040年前後の実現が予測され、さらに人工超知能(ASI: Artificial Superintelligence)の実現が想定されます。
すると、人工知能では代替できない「人として」の在り方が問われるようになります。
自分らしさをベースとした自己実現・自己表現を過剰強調する現代社会を通じて、異なる価値観に対する拒絶や分断が大きくなる一方で、その反作用として、人と人のつながりが重要な意味を持つような時代の価値観にシフトしていくと考えられます。
そのときにこそ、器の思想が求められます。
メタモダニズムの価値観では、心理的な成熟(=器づくり)をサポートしながら新しい社会の創造に取り組むなど、人間らしい質的な発達を重視するようになると想定されます。
そして、これまでの思想的基盤をすべて受け入れ、そこから新たな学びを獲得するために、その相互作用のプロセスに多くの人々を巻き込むことになるでしょう。
メタモダニズム(器の思想)の特徴は以下のとおりです。
- 自己:自己はトランスパーソナル(自分を超えたものを含む)な存在である。独りよがりな考えの限界を受け入れて、私が世界(あなた)を創造するように、世界(あなた)が私を創造していると考えるようになる。私たちは密閉された器の中にいるのではなく、お互いに透明であり、お互いに影響し合い、律し合って生きていく必要がある。そのとき、私たちの意識は変容可能であり、すべての器の物語(ナラティブ)は、あらゆる可能性に向けて発展・成長させることができる。
- イデオロギー:私たちの使命は、人類と他の生き物が調和のとれた持続可能な方法で発展・成長することに対する貢献であり、すべての存在とその視点との連帯・統合を目指す。つまり、自分の偏った意見で他人を裁かない。すべての生き物には、あるがままの自分になる権利があり、すべての生き物のために、より高次で長期的な変容が、可能な限り美しくて最も苦痛の少ない方法でサポートされるべきである。こうした「ゲームチェンジ」のために働き、人生の時間を費やす。
- オントロジー:事実や真実よりも、むしろ「可能性」が真のベースにあり、「より現実的な」現実を構成しようとする(=終わりのないプロセス志向である)。私たちが通常「現実」と呼ぶものは、無限に大きく、超複雑な全体の一切れに過ぎない。
「器の思想」の確立に向けて
各思想は、その限界を批判的に乗り越える形でを新たな思想として確立してきました。
その流れをまとめると次のようになります(図2)。
「精霊の思想」における不安定で再現性がないことへの批判として、「権力の思想」が確立されました。
「権力の思想」における権力格差や無慈悲な戦争への批判として、「秩序の思想」が確立されました。
「秩序の思想」における非合理で不自由なことへの批判として、「合理の思想」が確立されました。
「合理の思想」における精神疲弊や実力格差への批判として、「個性の思想」が確立されました。
そして、「個性の思想」における対立や分断、エゴの肥大化への批判として、今、「器の思想」の種子が蒔かれ始めたところです。
それが成長し、開花するには時間がかかり、現段階ではその必要性を認識することは、困難かもしれません。
しかし、転換期より前に新しい思想の種が蒔かれ、あるきっかけ(革命)によって成長して開花するという繰り返しによって歴史は進んできました。
その転機期となであろう知能革命(おそらく2040年前後)が起きたとき、「人間らしさ」とは何かという問い直しが起こり、分断された人と人のつながりを取り戻すための拠り所が必要になるはずです。
そのとき、器の思想という、私たちが他者(あるいはすべての生き物)とどのように向き合うかに関する哲学的基盤が求められます。
器の思想は、異なる価値観を包み込み統合しようとするプロセスそのものであり、私たち一人ひとりが自らの器を磨く努力を通じて実現されるものです。
まだまだ器は粘土のように柔らかい状態ですが、これからの時代における自己、組織、社会のあり方を考える手がかりとしての「器の思想」を、ぜひ皆さんと一緒に創り上げていければうれしく思います。
【参考文献】
Hanzi Freinacht(2017)The Listening Society
Lene Rachel Andersen(2019)Metamodernity: Meaning and hope in a complex world