あるカリスマ経営者のお話です。
その会社は右肩上がりに成長を続け、近年上場を果たしました。
崇高な理念を掲げ、メンバーは凄まじい行動量で成果を出し、業績の伸びに比例して待遇も悪くありません。
離職率は業界水準を下回り、外からは再現性の高いマネジメント手法として高く評価されています。
その経営者は、「当社は社員の幸福と人格的な成長を大切にしている。それを通じて、少しでも多く社会に貢献することが使命である」と力強く語りました。
さらに、「付加価値を生んで、顧客に貢献して、雇用を増やして、株主に適切に配当する。たくさんの税金を納めている事業家こそが、最も社会に貢献している」と言い切りました。
それ自体は、素晴らしいことですし、たしかに、そういった側面もあると思います。
それでも、私にはうまく言葉にできない違和感が残りました。
圧倒的な成果は出ている――。
しかし、本当に社員は幸せなのだろうか?
本当に社員は人として成長しているのだろうか?
本当に未来の社会にとって必要な付加価値を生んでいるのだろうか?
けれど、成果が出ている以上、こうした問いは不毛なものとして切り捨てられます。
そんな問いは、成果を出していない者の戯言である――と。
では、こうしたマネジメント手法に頼り続けて、組織として本当に健全な状態なのか。
そのことを慎重に検討する必要があります。
そこで今回の記事では、圧倒的成果をあげるカリスマリーダーのダークサイドを掘り下げます。
なぜカリスマリーダーの成功法則が圧倒的な成果を生むのか
まず、カリスマリーダーのマネジメント手法が、なぜこれほど機能するのかを整理します。
理屈は単純で、カリスマリーダーのマネジメントは基本的に次の3ステップで進みます。
①実績の提示
はじめに、カリスマリーダーが自分の成し遂げてきた実績を誇り高く語ります。
ここは抽象論ではなく、例えば以下の内容に関して、具体的なデータで語ることが重要です。
- 右肩上がりに成果を上げてきた
- 右肩上がりに仲間を増やしてきた
- 多様な事業をつくってきた
- 絶体絶命のピンチを乗り越えてきた
- 優れた実績を表彰された
②成功法則の提示
次に、なぜこれほど成功を収めることができたのか、その理由として大事にしてきた価値観を明示します。
例えば、以下のような観点が挙げられ、これが成功法則としての拠り所となります。
- 高い志を掲げる
- 約束は絶対に守る
- 何よりもスピードが命
- 絶対に目標達成を諦めない
- お役に立つことが喜び
- 仕事の報酬は仕事
- 人生の勝者になる
- ブレない信念を持つ
- 素直な人間になる
- なんでも断らずに引き受ける
- 圧倒的な行動量をこなす
- 批判者ではなく、実行者であれ
③成功法則を理念にして浸透させる
そして、上記の成功法則を毎日社員に唱和させ、それがどれほど実現できたかを週次で振り返らせ、リーダーにレポートさせる仕組みをつくります。
実際に成功した人には高い報酬で報いて、ドーパミンの分泌を刺激します。
成功しない人には、なぜ成功できないかを成功法則に照らして反省させ、改善させるように促します。
このようにして、圧倒的な成果を生む「ドーピング組織」ができあがります。
もし、楽をしよう、さぼろうとする社員がいれば、「高い志を掲げる」「約束は絶対に守る」「何よりもスピードが命」「絶対に目標達成を諦めない」をもとに問いただします。
もし、エンゲージメントが下がっている社員がいれば、「お役に立つことが喜び」「仕事の報酬は仕事」「人生の勝者になる」「ブレない信念を持つ」をもとに奮起させます。
反論したり異を唱えたりする異分子がいれば、「素直な人間になる」「なんでも断らずに引き受ける」「圧倒的な仕事量をこなす」「批判者ではなく、実行者であれ」をもとに異論を退けます。
これにより、成功法則を根拠にしながら社員のマインドをコントロールし、「思考を止めて全力で走り続ける社員」が育成され、組織として優れた成果を生み続けることが可能になるのです。
疑似変革型リーダーシップという補助線
この手法の問題点をより深く理解するために、リーダーシップ研究における疑似変革型リーダーシップ(pseudo-transformational leadership)という概念を用いて考えてみます。
本来の変革型リーダーシップは、道徳的ビジョンを掲げてメンバーを鼓舞し、メンバーの自律的な思考や成長を促すことで、組織をより良い方向へ導くマネジメントスタイルです。
しかし「疑似」変革型リーダーシップは、表面上は本物の変革型リーダーシップと非常によく似ていながら、まったく異なるメカニズムで動いています。
この概念を4つの要素として整理した Christie et al. (2011) は、疑似変革型リーダーが、変革型リーダーシップを構成する要素のすべてを、利己的な方向に反転させて使っていると説明します。
1. ビジョンを自己利益のために使う(理想化された影響力の歪み)
本物のリーダーが全体の利益を最優先するのに対し、疑似変革型リーダーは自己利益と支配欲に突き動かされています。
リーダーが語るビジョンは、実際はリーダー個人の目的(絶対的な権力の誇示や自分の取り分の確保など)を達成するという裏の目的を隠しながら美化されており、最終的にメンバーの個人的な利益(自分らしい幸福の享受)を犠牲にする結果を招く懸念があります。
2. 欺瞞によって動機づける(鼓舞的動機づけの悪用)
本物のリーダーも偽物のリーダーも、未来の目標に向けて部下を熱狂させる力が高い点では共通しています。
しかし、疑似変革型リーダーのカリスマ性には「欺瞞」が伴います。
道徳的なビジョンを伴った成功法則は、実際は部下を啓発・成長させるためではなく、部下の認識を巧みに操作し、自分の代わりとなるように思い通りに動かすためのツールとして使われています。
3. 自律的な思考を抑圧する(知的刺激の反転)
本物のリーダーはメンバーに「自ら考えること」を求めます。
一方、疑似変革型リーダーにとって、メンバーが独自の思考を持ち、自分のビジョンに異を唱えることは邪魔でしかないと考えます。
そのため「素直であれ」「批判者になるな」といった成功法則を盾に、反対意見を封じ込めます。
この点は特に重要なポイントで、単なる放任型リーダーであれば、部下が自分で考えようが考えまいが関心を持ちませんが、疑似変革型リーダーは、部下が自分で考えはじめたり、自分のやり方に疑問を持ったりすると困るため、それを積極的に潰しにかかるという特徴があります。
4. メンバーを道具として搾取する(個別的配慮の反転)
本物のリーダーは一人ひとりの自分らしさに沿った成長の形に配慮しますが、疑似変革型リーダーはメンバーを「目的を達成するための道具」として利用できる範囲においてのみ、その成長を高く評価します。
さらに、メンバーの目標未達やモチベーションの低下は、すべて「成功法則からの逸脱」という自己責任にすり替えられ、徹底的に矯正すべき対象となります。
こうしたマネジメントの結果として、メンバーはリーダーに対して強い「恐怖」「服従」を抱くようになります。
次第にリーダーの意思決定に疑問を持たなくなり、異議を唱えた場合の否定的な反応を恐れて、盲目的に従うようになります。
「あのカリスマリーダーの言うことに従えば、私も人間的に成長し、成功できて、社会における立派な人間になれる…!」といった結果を招きます。
冒頭で書いた「本当に社員は幸せなのか、成長しているのか」という違和感の正体は、ここにあります。
メンバーは「自分が成長している」と感じていても、実際にはリーダーが求める成長の形に「依存」し、ルールから外れることへの「恐怖」に駆り立てられているだけ、という状況に陥っているかもしれません。
ただし、注意が必要なのは、上記の疑似変革型リーダーシップの理論では、リーダーが利己的に自己利益を優先していることを前提に置いています。
けれども現実には、リーダー本人が、まっすぐに「社員の幸せ」や「社会への貢献」を願っていて、必ずしも自己利益を優先しているとは言えないものの、その信念が強すぎて問題を生じさせているケースも多々あります。
ただ、そのようなケースであっても、なお、上記と似た構造(メンバーのリーダーに対する恐怖と服従)が生まれることがあります。
いや、むしろ厄介なのは、そうしたケースのほうかもしれません。
悪意は簡単に疑えますが、善意は疑いにくいからです。
「あなたの成長や幸福のため」「社会への貢献や利他のため」という純粋な大義名分は、それが善意であるほど、反論しようとするメンバーに強い罪悪感を抱かせて、「反論するほうがおかしいのではないか」という自責へと追い込みます。
同時に、リーダー自身からも「自分が間違っているかもしれない」という自省の機会を無意識に奪ってしまいがちです。
善意によって確立された成功法則は、いったん組織の理念として掲げられると、異論を選別する機能を持ち始めるようになります。
仮にリーダーが心の底から社員の幸福を願っていたとしても、「素直な人間であれ」「批判者ではなく、実行者であれ」という言葉は、それを受け取る部下にとっては、等しく反論を封じる圧力として作用していきます。
つまり異論をふるいにかけているのは、リーダーの善意でも悪意でもなく、成功法則というルールの構造そのものなのです。
だからこそ、リーダー個人がどれほど善意で行っていたとしても、このマネジメントスタイルに頼った構造は、本人の意図を離れて自動的に負の側面が動き続けてしまうことになります。
カリスマ神話の崩壊:「魔法」が解けた人から、去っていく
では、この「ドーピング組織」は、いつまで機能し続けるのでしょうか。
事実、短期的には、リーダーの目が届く範囲において、きわめて有効に機能することのほうが多いと言えます。
しかし、その効き目は、ある条件を境に消えることになります。
Lin et al. (2017) の研究によれば、本物の変革型リーダーも疑似変革型リーダーも、似たような行動をとることから客観的に見分けることは難しいものの、部下側がそこに「操作的意図(manipulative intention)」――結局はリーダーの独善的なエゴではないか、という匂い――を嗅ぎ取ったときに、カリスマリーダーの神話が崩壊すると指摘します。
どれほど「社会貢献」や「社員の幸せ」という大義名分で綺麗に包み込んでも、日常のふとした意思決定や、業績が悪化したときの振る舞いのなかに、その独善的な匂いが漏れ出ることがあります。
そう感じられた瞬間、メンバーのなかで魔法が解けていきます。
上記の研究では、操作的意図を強く感じている部下ほど、リーダーの働きかけが組織への一体感につながらなくなり、「この会社のために自発的に頑張ろう」という、求められた以上の貢献も引き出されなくなることが示されました。
さらに、部下はリーダーの利己的な姿勢そのものを学習する、とも指摘されています。
崇高な理念はいつしか建前になり、社内には「いかにカリスマリーダーに従順なふりをして、自分の身を守るか」という空気が広がっていく懸念があります。
そうした空気が蔓延すれば、「このやり方は、どこかおかしいのではないか」と声を上げることは構造的に困難となります。
短期の指標では成果が出ている以上、そうした異を唱える主張は、個人の人格の問題(成功法則を体現していない問題児)として処理されます。
「あいつは否定的だ」「覚悟が足りない」「評論家だ」など、成功法則に背く発言として、片づけられてしまうのです。
このようにして、徐々に、異なる意見や問いを立てること自体にリスクやコストが発生するようになります。
そして、リスクを取って、そのコストを払えるような、健全な思考・判断ができる人から順に、組織を離れていくことになります。
結果として、残るのは、この手法と相性のよい共依存的な人たちだけです。
彼らにとって組織は本当に居心地がよく、自らの価値観と重なっている限り、異論など生まれるはずがありません。
つまり、離職率の低さは、それだけでは健全さの証明になりません。
異議を唱える人が先に抜けたあとの、同質的な価値観が凝縮された結果かもしれないからです。
異論が届かなければ、徐々に組織の器は凝り固まっていく
成果が何よりも優先されるというフェーズがあることは、事実です。
そもそもカリスマリーダーは、当初は、必要に迫られてこの手法を採ったのかもしれません。
問題は、この依存的に成果を生み出すマネジメント手法からの降り方です。
この手法は、成果が出なくなるまで、やめる理由が生じません。
そして環境変化に伴い、成果が上がらなくなったとき、誰の目にも明らかに失敗だったと気づく頃には、たいてい手遅れになってしまいます。
なぜ「手遅れ」になるのでしょうか。
それは業績という結果に表れた時点で、立て直しに必要な組織の基礎体力がすでに喪失しているからです。
危機を救うはずの「自律的に考え異論を唱える人材」はすでに組織を去り、長年の同調圧力によって残されたメンバーで自律的な思考や率直な対話を行う筋肉は退化しています。
さらに、成功法則が道徳として深く刷り込まれているため、過去の成功体験を手放す「アンラーン(学習棄却)」ができず、焦ったリーダーが「まだまだ理念の浸透が足りない」とさらにアクセルを踏み間違え続けることで、組織崩壊への進行は免れなくなります。
だとすれば、この手法への依存を抜け出すためには、たえず外からの異論に耳を傾けるしかありません。
すなわち、「このやり方は、もう必要ないのではないか」「異論を封じ込めて、社員を思考停止させるのは、よくないのではないか」というフィードバックへの開放性です。
ところが、それはまさに前提そのものを問い直すような発言にほかなりません。
そして、この手法の拠り所となる成功法則では、その種のフィードバックを綺麗に濾過するようにできています。
この手法から抜け出すための唯一の理由となる異論が、構造上、リーダーのもとには届かないのです。
しかも、受け取る側のリーダーからすれば、異論がないことと、異論が言えない雰囲気ができていることの区別がつきません。
反対意見の出ない会議は、合意の取れた会議と見分けがつきません。
組織の頂点にいるリーダーほど、届く情報は、リーダーに届く前にすべて都合よく濾過されています。
だからこそ、トップに立つリーダーこそが、日々「器」を磨いていくことが重要になります。
自分の判断がどこまで適切なのか、視野狭窄に陥っていないか――自らの器の限界は、他者との摩擦によってしか気づくことができません。
とりわけ、自分とは異なる前提に立つ他者からのフィードバックが、自らの器の輪郭を教えてくれます。
強烈な成功法則が異論を綺麗に濾過してしまえば、器の限界をたしかめる術(すべ)も失われます。
かつては見えていた自分の限界が、成功を重ねるたびに、少しずつ見えなくなっていく。
そして最終的に、自らの成功体験から降りるという判断が、取り返しのつかないタイミングがくるまで、できなくなってしまうのです。
おわりに
正しいこと(大義名分)を武器にして人を動かす手法は、事業を急拡大させるフェーズでは特効薬になります。
問題は、それが効きすぎてしまうくらいに効いてしまい、気づかぬうちに依存的にのめり込んでしまうことです。
効くからやめられず、やめないから、やめどきを教えてくれる異論の声もかき消されていきます。
リーダーの器を閉ざすのは、失敗ではなく、むしろ成功のときかもしれません。
失敗は、自分の限界を教えてくれますが、成功は、自分に課題などないかのように、盲目的に心地よくしてくれます。
そしてリーダーの器が閉じたとき、組織の器も、そこで止まります。
こうした組織では、成功法則をなぞる都合のいい兵隊/経営者のコピーは育っても、リーダーの思考の枠を超えて新しい価値や異論を生み出せる人材は育ちません。
次第に、異なる考えを持ったユニークなメンバーが次々と去り、大きな環境の変化に耐えきれず、新しい時代の流れに取り残されることになります。
だからこそ、リーダーは異論が届く経路を常に用意しておくことが必要です。
問題が起きてからでは、手遅れで、リスクマネジメントとして、組織の健全性や持続可能性を高めるためにも、リーダーには常に器を磨き続ける姿勢が必要です。
大がかりな制度でなくてもかまいません。
利害関係のない相手からの率直なフィードバック。
会社を辞めていこうとしている人からの正直な言葉。
まったく違う前提に立つ社外の人との本音の対話。
冒頭の経営者に本当に必要なのは、「社員の幸福を大切にしている」「税金を納めて誰よりも社会に貢献している」と言い切ることではなく、「私の言葉を、社員は反論できずにただ受け止めているだけではないか」「私のせいで異論が封じ込められてはいないか」と内省してみることかもしれません。
どれほど圧倒的な成果を上げていても、成果の量は器の大きさの証明にはなりません。
器の大きさを本当に証明するのは、成果を出してもなお、自分にとっての異分子を招き入れられるかどうかです。
だから、もしあなたが組織のリーダーなら、異論がないのは、本当の合意なのか、それとも言えないからなのか、を謙虚に問い直す必要があります。
もしあなたが組織のメンバーなら、リーダーに対して率直に異論を言うことができるかどうか、またリーダーに操作的意図が感じられないか、このリーダーの下でほかならぬ自分らしい幸福を追求できているか、を真剣に問い直す必要があります。
こうした問いを忘れずに抱えながら、目先の成果の裏で、いつの間にか失われている大切なものについて、今一度、立ち止まって考えてみる必要があるのではないでしょうか。
●参考文献
Christie, A., Barling, J., & Turner, N. (2011). Pseudo-transformational leadership: Model specification and outcomes. Journal of Applied Social Psychology, 41(12), 2943–2984.
Lin, C.-S., Huang, P.-C., Chen, S.-J., & Huang, L.-C. (2017). Pseudo-transformational leadership is in the eyes of the subordinates. Journal of Business Ethics, 141(1), 179–190.
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